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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 8

人に影響を与える
おカネ以外の貨幣

2024年が明けた。気がつけば休みの半分が過ぎて、あと2週間も経たないうちに次のセメスターがスタートする。その前にもう一つ事業創造に向けて学びになったことを書いて残しておこうと思う。

最初のセメスターはどのビジネススクールでも扱うようなMBA必修科目を学んだが、その一つにマネジメントがあった。人をどうマネジメントしていくかというテーマで、日本で販売されているビジネス書でよく見るような内容を一通り学んだ。興味深かったものが、権力を使わずにどう相手に影響を与えていけるかを考える授業。Allan R. Cohen氏とDavid L. Bradford氏によって書かれた『Influence Without Authority』という書籍が引用された。初版は結構昔に発売されていたようで日本語訳も出ているようだが、私は読んだことがなかった。

内容としては、人に影響を与えるには5つのアプローチがあり、それをアプローチではなくLeadership Currency(貨幣)と呼び、どの人にどの貨幣を渡すことが有効かを考え、影響を与えていく方法が紹介された。例えばInspiration-related Currency(インスピレーションに関わる貨幣)として、ビジョンやモラル、エクセレンスがある。ビジョンは分かりやすい。ソフトバンクの孫さんは、創業当時2名の従業員に向けて毎朝ダンボールの上に立ってビジョンを語っていたという。もしかしたらできるかもしれないと思わせる「現実歪曲フィールド」を使うスタートアップの創業者は多い。スティーブ・ジョブズ氏もその1人。モラルについては『海賊とよばれた男』の主人公、国岡鐵造を挙げてみたい。モデルは出光興産の創業者出光佐三さん。兵役で出兵した自社の社員にいない間も給料を払い続けたり、日本に石油をもたらすために政府や欧米の巨大企業に媚びることなくやりあったりと、正しいことをする姿勢が小説で紹介された。エクセレンスは職人の世界が当てはまるだろう。師匠の凄い技術を学びたい。そうした思いでたとえ給与がなくても、少なくても、門をくぐる人はいる。

2つ目のTask-related Currency(タスクに関する貨幣)に、ようやくおカネが登場。しかしおカネはリソースの1つにしかすぎない。場所や人員の提供もリソースになり得る。他にもスキルや能力を伸ばすことができるチャレンジや学習の機会の提供、手助けすること、いち早く反応すること、情報を提供することといったものもある。メールや電話をしてすぐに返事があるのは有り難いし、情報についても自分だけ先に「ここだけの話」を教えてもらうことに喜びを感じる人はたしかにいる。

他にもPosition-related Currency(立場に関する貨幣)として、がんばりを認めることや皆の前で称賛すること、Relationship-related Currency(人間関係に関する貨幣)として相手の悩みや相談を聞くこと、Personal-related Currency(個人的な貨幣)として感謝することや個人として尊重することなどが紹介された。ありがとうと言う。それすらも貨幣になるという。たしかに一流のセールスパーソンは顧客だけでなく、社内の事務スタッフによく感謝を述べるという話は聞く。

貨幣の紹介後、これから自分が交渉したい相手のことを考え、どの貨幣を渡すことで承諾してもらうのかを考えるワークがあった。おカネではないどんな貨幣を渡せば、自分の要望に応えてくれるだろうか。こうした発想で交渉を考えるのは、相手のメリットを考えろと言われる以上に、リアルに相手の喜ぶことは何かを考えることができた。

大体知っていること
でもストレス環境下でできるか

Leadership Currencyを含め、他にも授業で紹介された例えば心理的安全の必要性などは、特に新しい概念でもないし、みんなすでに知っていることだと思うと教授は話す。ただストレス環境下で時間に追われている中、本当に実行できるかは別問題。それを私たちはこれから経験することになると言われる。

既に紹介しているが、バブソンでは授業とは別に新規事業提案に取り組む。ランダムに振り分けられた5~6人で、新規事業の方向性を定め、顧客の声を拾い、ペインを発見し、解決策を検討し、プロトタイプを作り、フィードバックを受けて作り直し、財務データを揃えるところまでをまず最初の7週間で行う。この活動中には当然必修科目の授業がある。授業によっては毎回英文で20、30ページのケースの事前の読み込みがあり、個人宿題の提出、グループでの提出課題などが次々に降ってくる。それに加えてコンサルティングファームに就職したい人にとってはMBA入学と同時もしくは入学前から就活に取り組んでいる。来夏のインターンシップセミナーにも足を運ぶ。1人分のスケジュールだけでも混乱しそうだが、これが5~6人分になり、人によって優先順位も異なる。課題に追われて睡眠不足も溜まっていく。人それぞれ時間の感覚も違う。日本人は開始時間には正確だが終了時間に疎い。別の国の人は開始時間には無頓着だが、終了時間はきっちりしている。こうした中で、新規事業立案というチームワークをどう実現するか。チームメイトの年齢や実務経験は違えど、立場は同じ。上司部下の関係はない。各自に振り分けたタスクが全員高いレベルで期限までに仕上げられてくる保証もない。自分がやっている時に他のチームメイトがサボっているように見える時もある。混沌とする中でどうやって新規事業提案を全員が同じ方向を向いて取り組むようにできるか。授業で紹介された心理的安全性をどうチーム内で担保したり、いつどんな風にLeadership Currencyをチームメイトに渡したりすることができるのか。教授は「相手を変えようと思うな。相手が変わる、もしくはあなたが望む方向に考えや行動を変えてくれるかもしれない条件を作り出せ」と話した。

痛恨のミスから
急遽渡すことになった貨幣

新規事業を提案するチームメイトに対して、9月~12月の4ヶ月間で計3回チーム内の貢献度を評価することができた。チームメイトのつけた点数は教授たちも見ることができ、成績にも影響する。教授たちは匿名で評価できることと、正直な評価をすることを念押ししていたので、私は正直に評価をつけた。ミーティングの時間に毎回遅れる人にはチームメイトへのリスペクトの項目を最低点にしたし、ミーティングに何回か来なかった人には主体性の項目で低い点をつけた。誠実なフィードバックを目的にしていたので、自由記入欄にはその点数にした理由と期待することを記載。40代のおっさんが余計なお世話満載の若者への期待を込めてのフィードバック。

初回は9月下旬でチームも形成されたばかりなこともあり、評価をつけるだけで終わらず、全員が匿名でつけられた自分の評価を見ながらチーム内で意見交換する時間が設けられた。チームで集まり、普段いつも時間通りにミーティングに参加するチームメイトから発言することになった。私は彼に高評価をつけていた。ただ彼は困惑した様子で、チームの誰か1名から低くつけられたと話す。私は意外だったので、彼のこれまでのチームでの貢献を述べる。他の全員も同じように彼のしてきたことを褒め合った。その後私を含めチーム全員の共有が一周する。私が最低点の評価をつけた本人からは特に不満の声は上がらず、むしろ今回のフィードバックに満足している様子。そして再び最初に発言したチームメイトが、やっぱり納得がいかないと言って自由記入欄に書かれた内容を読み上げてどう思うか教えてほしいと言い出す。彼が読み終えた時、どこかで聞いたことのある内容だった。待てよ。もしかして。

体から汗が流れる。私は急いでパソコンを開く。自分がつけたフィードバックを見直すのだ。

それからとても長い何秒かが過ぎた。そんなばかな。なんで彼に最低点が付いているんだ? 最も信頼を置いている1人であるチームメイトに、私はあろうことかチームへのリスペクトがないことをとうとうと自由記入欄に書き込んで、最低点をつけていたのだ。他のチームメイトは相変わらず彼のこれまでの貢献について言及して、きっと何かの間違いだよといったことを話していた。そうだ。間違いだ。しかし私の間違いだ。

さてどうするか。正直に言うか。いや、匿名だし、初回の評価だけは成績に影響しないから放っておくか。何分迷ったか覚えていない。もしかしたら30秒くらいだったかもしれない。気が付いたら口が動いていた。「ごめん、俺が間違えてつけた」

間違えてつけただと?どういう意味だ?と全員が思ったに違いない。「この評価は君にではなく、この人へのフィードバックだ」と言わざるを得なかった。するとこの低評価は私からこの人に向けて?という空気になる。匿名もへったくれもない。

間違えて低評価をつけた彼をかばえばかばうほど、本当に低評価をつけた人を責めることになる。ここはもう1人ずつ話すしかない。そしてここで貨幣の話が生きた。私は今この一瞬の間に、いったいどのくらい多くの貨幣をこの人に渡すことができるだろうか。

このチームメイトはミーティングには毎回遅刻するも、ミーティングでは建設的な意見を述べ、提出物の完成度を高める提案をしてくれていた。しかもファイナンスに強い。その知識が提案内容をより強固なものにしてくれた。こうした貢献に対する感謝と自分に足りない知識を補ってくれてきたことへのリスペクト(Personal-related Currency)、ミーティングでは必ず意義のある提案をしたりミーティング時間を過ぎても完成度を高めようとする頑張りを認める(Position-related Currency)、しかしあなたが遅刻してくることをあなたがいないところで悪くいう人がいるという情報をここだけの話として伝えたいこと(Task-related Currency)、その上でこうした状況を打破するために私はどう役立てるのか相談にのりたいと思っていること(Relationship-related Currency)、それは私のためではなく、チームとして高い成果を出したいと思っているから(Inspiration-related Currency)だと伝えた。

相手は「たった2回しか遅刻していないじゃないか」と言ってきた。「そう。たった2回だ。しかし4回中の2回だ」と返す。本当は毎回遅刻している。そして「たった2回遅刻するだけで、これまで4回とても建設的な意見をしていることがチームメイトの中でパーになってしまうのはあまりにもったいない。私はそんな理不尽を許せない」と伝えた。会話は5分だったか10分だったか覚えていない。しかし貨幣は役目を果たした。「正直に言ってくれてありがとう。これからは時間を守る」と約束してくれ、その後は許容範囲の遅刻でミーティング参加をしてくれることになった。

次に間違えて酷評してしまったチームメイトへのフォロー。こちらは比較的簡単だ。間違いだったこと、そして本当の高評価を伝えるだけ。会話はスムーズ。3分ほどで終わった。しかし最後の一言で背筋が凍る。

「間違いであることが分かってよかった。本当のフィードバックもちゃんと見せてくれたし。自由記入欄の英文を読んで、言い回しから誰がこの点数をつけたのか分かってたから、なぜなんだと思っていたんだ」

※TOP画像はFreepik.comのリソースを使用してデザインされています。
著作者:fanjianhua、出典:Freepik

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