もしかしたら、あの人は自分かもしれない



薄暮 -成-

僕が数年前から好んで視聴している"ASIAN BOSS(アジア人のボス)"というメディアがある。

創設者がメディア名にBOSSと分かりやすく権威性のある言葉を用いたのは、アジア人が世界から抱かれている「寡黙な優等生」などのステレオタイプから解放される事を願い、さらにはアジア人が世界を牽引出来るよう、今らしく言えば多様性に満ちた社会を次世代の同胞たち(アジア人)に繋げたいという思いからだ。

彼らは時に政界からスラムに到るまで深刻な問題を扱う。
しかし、いずれもカジュアルな着眼点や編集にまとまっているから、主にアジアの国々に住む人々が何を考え、僕らと何が同じで違うかを俯瞰するための入り口として易しい。

ほとんどの動画には日本語の字幕も付いているし、「国際情勢」と堅苦しい4文字に気圧されて窓の外を眺めるのが億劫な人にもオススメしたい。

彼らの活動で最も意義深い点として、刷新された(或いはされるべき)「アジア人」という共通認識の形成を試みている点だと僕は思っている。

日本人もアジア人の一員のはずなのだが、「アジア人」という言葉はただのカテゴリーで、共通意識や所属意識の実体が掴めないままうやむやになっている。僕も外国に行き、長期間滞在するまではそうだったからよく分かるのだ。

ASIAN BOSSが最近アップロードした動画を見て、新しい気づきがあったので共有したい。

動画の内容は一時的に、或いは移住してからそのまま中国に住んでいる中国系アメリカ人(中華系に起源を持つ"アメリカ人")がアメリカで巻き起こっているアジア人差別に対してどう感じているかをインタビューした記録である。

まずは手始めに、移住前(アメリカ)と移住後(中国)で環境や心理面でどのような変化があったかという質問から始まる。

中国に対するポジティブな意見としては、中国にいる時の方が圧倒的に治安が良いと感じることや、外見的に差異がないために交友関係の構築も難しくない事が挙げられた。

反対に、ネガティブな意見として"文化的に許容された"と感じる機会が少ないことや、"アメリカにいる時は自分がより中国人であると感じるし、中国にいる時はよりアメリカ人であるような気がする"など、自身のアイデンティティの拠り所が定まらないと受け取れるような回答が続いた。

本題であるアジア人差別については、未曾有の事態を作り出したCovid-19に対してやり場の無い怒りや悲しみを発散させる為のスケープゴートにされていると推測する人や、そもそも差別はずっと前からあるし、何も変わっていないと嘆く人もいて様々だ。

その中で、教育から変えていかなければならないという真っ直ぐな強い主張があった。
例えば、義務教育でアジア各国の歴史や文化について学ぶ科目を作る。

"アジア人というカテゴリーの中に何ヶ国あって、それぞれどのように違うか見当がつきますか?” 
僕自身ハッとさせられたし、正直全く検討もつかなかった。

つまり間違いなくこれが現時点での僕とアジア人差別との距離なのだと思うし、僕はこの問題に対してここから始めていくしかないのだ。

これまでの話に少し付け加えたいのだが、自分と異なる人に対して無意識の偏見や無理解、差別心が含まれた言動を取り、相手を傷つけてしまうことをマイクロアグレッションという。

言動をした側は「相手は考えすぎだ」と安易に非難する傾向にあるらしく、マジョリティに属する側は根本にある、多数であるからこそ軽視出来るという構造的不公平にも気付き辛いとの事だ。

思えば、僕の基本的なスタンスとして持っている「なるべく裁かない」は、無意識な差別や暴力を極力防ぐ為のものだったのかもしれない。

但し、このマイクロアグレッションという考え方に対して批判的な見方もあり、読者が盲信しないようそちらも書いておきたい。

マイクロアグレッションは、「被害者意識(何か問題が起こった時に、即座に自分はその被害者だと思う事)」を助長させ、当人の問題解決能力を低下させる事に繋がり、被害者・加害者といった二者の道徳的対立を生み出す」とある。

詮ずる所、マイクロアグレッションを盾にした被害者が加害者側を一方的に成敗することや、自分の正当性を押し通したり、相手を非難する為に被害者という役割を恣意的に利用しかねないという懸念がある。

自ら普遍的な権利である人権を無意識で侵したり、侵されたいと思う人はいない。
きっとそれは世界のほとんどで浸透した普遍的な道徳観だろう。それはマイクロアグレッション的言動を取っている人も同じなのだ。

無意識であるという点にこそ希望がある。建設的な対話から十分に改善の余地があるからだ。


先ほどの動画は、上述した被害者意識を完全に捨て去り、インタビューの一部始終でどこか達観したような男性の奮い立つようなメッセージと共にエンディングとなる。


"僕らが被害者である事を盾にするんじゃなくて、僕らは強いんだから堂々とここに在るという事を声高に証明するんだよ"


とある作家が、「そこにいる事(To be there)」は人生で最も大事なことの1つだと言った。

そしてそれは大抵年を取った後に気付くだろうと。

僕はその言葉に背中を押されるようにあちこちへ放蕩してきたが、この趨勢で、最早居たい場所にいる事が出来なくなった。

今は、この「疼き」をとにかく忘れないように。考える。熟成させる。

ここから何が出来るかを見つけて、最小単位から動いていきたい。

いや、動いて行かなきゃいけないんだ。

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夜半 -玉-

ロンドンのセントポール大聖堂、その近くに在る小さなユースホステルで、僕はフロントの壁を見ながら不思議に感じていた。

世界中からやってくるバックパッカー達を意識して、アメリカや日本など数ヶ国の現地時間を示す時計が並んでいるところまではよかったが、どうも世界地図がおかしい。幼い頃から何度も見た世界地図は、太平洋を囲むように大陸が配置されていて真ん中に日本があったが、壁に大きく貼り出されたその地図の真ん中にはヨーロッパがあった。

なんとなくの違和感を抱きながら、壁をぼうっと見つめる。初めての海外旅行ではさまざまな国を回って「日本ではない」という印象を強固にしていったが、どんな街並みよりも、この世界地図がいちばん饒舌だった。

おぼろげながら高校世界史で習った「中華思想」という言葉がよみがえる。古代の漢民族は、中国皇帝こそが世界の中心と考え、それ以外を蛮族とした。青年になりかけの少年は、なんと傲慢で愚かなことだろうと顔をしかめたが、果たしてそれは傲慢や愚かさという言葉で落ち着くようなものだったのだろうか。自分はどうだった?

当時の教室を思い出して、自分の机から周りを見渡してみる。

前の席には、毎朝へアアイロンを駆使しながら男子トイレの鏡を占拠しているあいつがいる。右側の席には、みんなより少しだけスカートの丈を長めにして、少し変わったワンポイントの靴下を履いている彼女がいる。

後ろの席は毒舌キャラで、普段はちゃらけているくせに授業中は静かでいるのだが、それがむしろ、誰かを刺す瞬間を今か今かと狙っているように見えてくる。左側にはあまり話したことがないがおそらくアニメを好きな女子がいて、こうして四方を見渡すだけでも、それぞれに個性が見て取れる。

その周囲にもまた個性たちがいて、それを意識しながら、僕は自分自身の個性についてよく考えていた。ゆとり世代だからか、思春期とはそういうものなのか、自分らしさというワードが幾度となく友人や教師の口から漏れ出して、ずっと教室の中を漂っていた。

僕は、客観的に自分を見つめようと気を張り続けた。つまり、個性とは前髪の仕上がりや制服の着こなしで決まるものではなく、より広い視野でこの環境を見渡したときに鋭く光って見える何かであると。

ところが、もっとズームアウトしていくと、教室に数十人の若者たちが法則的な配置で着席していることが分かる。ここまで行くと天然パーマなのかどうか、スカートの丈がどうかということはどうでもよくなって、光るどころか僕たちはただの人体の集合であるような気がしてきた。

あまりに焦点を広げすぎると、個性だなんだという話は全くの無意味である。そうなると、自分らしさを考えるときに、どうも客観的な視点というのは持つことが難しいという結論に至った。

では、どうやって自分というものを定義すればいいのか。

当時の僕は気づいていなかったが、個性とキャラクターとは別のものであると今は思う。前者はどうしようもなく滲み出る体液のようなものだが、後者はレッテルとほとんど同じである。

創作された物語に登場する人々のように、この世界は綺麗に役割分担されていて、それに見合ったキャラクターが点在するかのように世界を捉えていた。だから、他のキャラクターと自分のキャラクターの違いが、そのまま個性であると考えるのは自然なことだった。

ところが、そのキャラクターというのは常に僕の目がそう感じただけであり、そして悲しいことにそれを担保していたのはだいたい前髪、制服、言葉の使い方である。

それらの要素が、果たしてどれだけそいつをそいつ足らしめているのか、考えを巡らせたことがあっただろうか。ある一側面のみを捉えたら反射的に、それを個性だと勘違いしていただけではないか。

実際のところ彼や彼女が何を考え、それがどれだけ色とりどりであったのかは、当時知る由もなかったし、今でも突き止めるのが難しい。ただ、おそらく彼らの色は単色ではなく、全員がそれぞれ極彩色の個性を持っていた。どうしようもなく滲み出る体液というのは、そういう色をしているのではないだろうか。

世界の中心は、常に自分であると思う。その目は、どうしてもここから動かせない。どんな生活の喜びも哀しみも、誰かを救いたくて差し伸べる手も、自分の視界から出ることがない。

だから、自分というものを定義するときは、この眼球に写った他者が自分とどう違うのかを考えなければならない。そして、それが他者の眼球に写った自分とどう違うのかを確かめ続けるべきである。

なぜそこまでしなければならないかと言えば、そういうコミュニケーションをとり続けていないと、他者どころか自分のことまでキャラクター化してしまうからである。そうして極彩色だったはずの自分が、単色になって自分から離れていき、いずれ身体の中で不和を起こす。

それほど人間は簡単な生き物ではない。

そういう当たり前のことを、今ここに明記しておかなければならないと思う。何度言い聞かせても僕は、自分が物語の書き手ではなく、登場人物Aでしかないことを忘れてしまいそうだから。

ひとつしかない地球儀を、違う角度から眺めながら、僕たちはそれを同じ「世界」と呼んでいる。

地球を平面にしたときに、そのことに初めて気づいた。だからロンドンのユースホステルの壁に貼られた世界地図が、どんな異国の街並みよりも世界のことを語ったのである。

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東雲 -流-

世界はひとつ。だけど、一人ひとりに見えている世界は無限にあるらしい。それは「世界はこうだ」という思いこみが、人の数だけあるともいえる。

蟻地獄を知ったときのこと。僕が楽でいいなと思っている横で、一緒に図鑑を読んでいた男の子は「蟻さんに知らせなくちゃ」と深刻そうに呟いた。

旅で訪れたスラムで、僕は自分の無知と不平等に絶句した。しかし、そのスラムを長年にわたり支援し続けてきた女性は「ここには人間の可能性と光が詰まってる」と澄み切った顔で笑った。

見える世界は、当事者がどこを切り取るのか、どの立場から見るのか、どんな境遇にあるのかによって大きく変わるようだ。ただ、一人ひとりにとってそれは紛れもない現実でもある。そして、その世界は他者に正確には分かりようがない。ましてや計りようがない。このことが互いの正義を作りあげてしまい、他者への無意識の偏見や無理解、レッテル貼りを生む原因のひとつになっている。

そこには、認知というものが大きく関係しているらしい。さまざまな分野で使われている言葉で、人間が知覚した事象をそれが何かということを意味づけし、判断、解釈する過程のことをさす。そして、そこで重要な役割を果たすのが、個人の境遇や体験、思考、言語であるといわれている。

これを踏まえると、全く同じ人間が存在しない以上、見えている世界は一人ひとり別物だというのも頷ける。また、世界の全ての事象を自分というフィルターを通さずに正確にありのまま把握することは不可能なので、「世界はこうだ」という思い込みが人の数と同じだけあると考えることができる。

それぞれのインプットが違えば、アウトプットもおのずと違ってくるのが自然なので、多くの人が悩んでいる「個性」や「自分らしさ」についてもおもしろい見方ができるのではないだろうか。

一人ひとりの存在には、生まれ落ちた瞬間からそれまでに見てきた世界と、それによって形作られた思考、価値観、無意識が滲み出る。髪型や服装、発言などはその欠片かもしれないが「個性」や「自分らしさ」そのものではない。個性は身につけるものではなく、今そこにあるその人の存在そのものといえるのかもしれない。

自分が感じている世界を寸分の狂いなく一緒に感じてくれる他者はいない。そういう意味では、僕たちは孤独だ。「世界はこうだ」という思い込みがなくなることも恐らくないだろう。でも、だからこそ関わり、補完しあうことで喜び、怒り、哀しみ、楽しむ余地がある。無理に染まらず、染めずに。本来、極彩色であるはずの自分と他者の色の違いを否定することなく、裁くことなく、ときには批判しながら互いの色の滲むところを見つけ、または創り、分かち合えたらなと思う。

さて、ここまでの話はあくまで僕たちの頭の中のこと。社会の中で他者と補い合って生きる上で実用的な考え方でもあると思う。しかし、自分と他者(世界)を分け隔ててしまっているのは、僕たちではなく僕たちの脳ではないだろうか。

突拍子もないことを言い出したと思われたかもしれないが、頭で分かり合えなくても自然の枠の中で人間を捉えたときに、僕たちは否応なしに繋がっている。

これは目に見えなかったり、長い時間軸の中にしか変化がみられなかったりするので意識しづらいが、酸素や水、食物連鎖、どこから生まれてきてどこへ還るのかという視点に立てば、どう足掻いても僕たちは完全に他者と断絶して生きられはしない。分断された孤独な自我はあれど、自然物として孤立することは不可能だ。

つまり、自分と他者(世界)が存在するのではなく、他者(世界)によって自分が存在するということ。このマインドセットで日常を生きられれば、分断された孤独な自我は他者(世界)へと少しずつ溶け出していく気がする。

自分と他者を明確に分けて考えたフランスの哲学者デカルトは、「我思う故に我あり」という言葉を残した。一方、インドのサティシュクマールという僧侶は、「彼は我なり(君あり故に我あり)」といった。

これは一見対立する意見のようで、実は違う次元についてふたりは語っているように思う。デカルトは自己の精神と世界を分けて個について語り、サティシュは自然の一部として人間を捉え、全体について語っている。

現代においては、僕はサティシュの考え方が役立つのではないかと感じている。なぜなら、自然の一部として自分と他者を捉えることができれば、主義主張は違えど、自分と他人を同一視できる側面もあるからだ。

この視点に立って「もしかしたら、あの人は自分かもしれない」と考えられる謙虚さと想像力を持つことができれば、世界は少し優しい方向に動き出しはしないだろうか。

関係性を重要視するこの哲学は革新的な発想や考え方ではなく、仏教で何千年も言い伝えられていることから日本人には馴染み深い。有名な般若心経の中にも因縁という言葉で表されていたりする。

仏教といえば、欲をなくし悟ることが目的と思われることが多いが、ほとんどの人にとって悟りに到達することや自我を捨てることは不可能に近い。ただ、自然の中に自分と他者の存在を捉え、その関係性を愛することができれば、自分と他者(世界)は間違いなく別物ではありつつも、全体として抱きしめることはできるだろう。ここに経済合理性だけでは進めなくなった現代人がたどり着いたマインドフルネスやキャンプなどの再流行の発芽をみる。

見ている世界は違っていても、やはり世界はひとつだ。
自我によって離れ離れになってしまった世界たちを統合していくことが、僕たちの旅路かもしれない。

僕たちは決して、ひとりではない。



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