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植物を育てるということ

待ちに待った春がきた。

白かった地面が茶色に変わり、緑になる。
季節が、大地が、植物が、動き出したのを感じる。

ふらりと寄ったホームセンターの園芸コーナー。たくさんの花や野菜の苗があってワクワクする。あれは何かな?これは何?
そしてなぜか、じーっと眺めていると心が落ち着くのだ。

私にとって『植物を育てる』ということは、とても身近なものだった。

私が小さかった頃、家は花や植木で溢れていた。

父が育てていたのだ。

以前の記事で、『父は怒ると怖くて嫌だ』と書いた事がある。
小さい頃から私は父が怖くて近寄らなかったので、一緒に遊んでもらった記憶もほとんど無い。父は外出が嫌いな人だったので、一緒にどこかへ出掛けた記憶も、旅行した記憶も、外食した事すら、ほとんど無い。

でも植物に囲まれる父は、無口なのは変わらなかったけれど、雰囲気は穏やかで、私も少しだけ近付いて一緒に植物を眺めたりしていた。

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父は仕事が休みの日に、よく外に出ていた。

NHK『趣味の園芸』テキスト(家にめちゃくちゃたくさんあった)を見ながら、色々な種類の土、堆肥、軽石などを配合する姿が未だに印象に残っている。

実家の車庫には秘密の(ボロい)階段があり、そこをのぼると窓がたくさんあって、日当たりの良い暖かい空間が広がっていた。そこには父が大事にしている鉢植え達がたくさん並んでいる。父はよく、その空間に座って過ごしていた。秘密基地のような、お城のような…そんな雰囲気。私もその場所が好きだった。

父が育てる色とりどりの、つつじが好きだった。ゼラニウムもたくさん咲いていた。よく分からないけど何かの木の盆栽や、何度聞いても名前を忘れてしまうあのオレンジの花、サボテンやアロエもいた。
父の城には、私には把握しきれないくらいの植物があった。

地上にはちょっとした花壇や家庭菜園スペースもあった。
花壇に植えてあるクロッカスやスイセンが好きだった。小さい頃に母と「クロッカスが出てきた!」と喜び合ったのをよく覚えている。今でもクロッカスを見ると顔がほころんでしまう。
祖母が植えた、背の高いダリア。大きくて美しい花を咲かせる、華やかな雰囲気が好きだった。
ネギやミニトマトも植えてあって、育てる手伝いをした事は無かったけれど「夕御飯に使うからちょっと採ってきて~」とお願いされる事があって、楽しかった。

でも。

中学、高校、大学…と進むうちに勉強や部活が忙しくなり、私の中から植物が消えた。
正確に言うと、植物を意識する事がなくなった。あたりまえに、目の前にありすぎて『素敵なもの』という意識が無くなってしまったんだと思う。

そして私が大学生の頃、植物を植えている庭をコンクリートで埋めることになった。父の城も、育てている鉢植えも、「全て手放す」と言われた。

理由は、父が歳をとり(当時60代半ば)、全てを管理し切れなくなったから。
……私は、ちょっぴりショックだった。

そこで改めて、私は植物が好きだったと気付いた。
そのとき父に「私が植物を育てるの手伝うよ!」と言えれば一番良かったのだが…。
私は今まで見ているばかりで、植物の世話をした事が無かったので、言えなかった。
あんなに毎日、目の前にあったのに…

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植物の無い生活になってから、何年も経った。私は実家を離れ、就職して、結婚して、出産して、夢のマイホームを購入する事になった。

そのマイホーム購入にあたって、私にはやってみたい事があった。

それが『植物を育てること』。
できれば、子どもと一緒に楽しめそうな家庭菜園が良い。

しかし、私の夫は植物に微塵も興味が無い。
あと、無駄な事が嫌いなひとだ。すぐ「費用対効果が~」って話になる。めんどい。

交渉には、それなりの理由と情熱が必要だ。

「私、庭でミニトマトを育ててみたいんだけど…。ほら、、、娘もトマト好きだし!食育にもなるし!楽しそうかなーって思って!」(私)

「えーーー?ミニトマトなら買った方が早いし安くない?鉢とか土のお金もかかるんでしょ?それにお世話大変だよ?ちゃんと育てられるの~?枯らすんじゃないの?」(夫)

「お願い!!ぜったい毎日面倒みるから……!!」(私)

などという『ペットを飼いたい子どもvsお母さん』みたいな攻防の末、私は無事にミニトマトを育てる権利を手に入れた。

私はとりあえず大きくて深いプランターを買ってきて、ミニトマトの苗を植え、育て始めた。

いざ自分が植物を育ててみて、思う。

当たり前だけど、植物は生きている。

育てるには、それなりの気配りがいる。

太陽や、雨、風に左右されるし、病気や怪我(大風で折れたり、子どもがお尻でふんずけたり)だってする。

結局、家庭菜園を始めた年に収穫できたミニトマトは数個…。育てるって、むずかしい。

父は1人であの数の植物を育てていたという事実に、改めて驚かされる。

お父さんって、実は、すごかったんだ…。

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家庭菜園を始めて、かれこれ7年目?くらいだろうか。

この数年で、ひとりで庭に畑を掘ったり、土に色々なものを混ぜ込んだり、花の苗を鉢で育てるようになったり、花の種を取ってみたり…だいぶ植物を育てることに慣れてきた。

庭で土や植物を無心で触っていると、いつもぼんやりと父を思い出す。

ねぇ、お父さん。植物を育てるって、すごく楽しいんだね。今ならお父さんの気持ちが少しだけ分かる気がするんだよ。

私は未だに父に対して苦手意識があるし、植物の話を自分からした事は無いけれど。

いつか、父とそんな話をしてみたい。

植物を見ていると、少しずつ、自分の心のわだかまりが溶けていくような、そんな気がするんです。

お読みいただき、ありがとうございました☺️