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【ショートショート】静かな侵略【短編小説】

地球に宇宙人が現れた。彼らは非常に大きな円盤形の宇宙船に乗ってやってきた。

宇宙船は最初、ヨーロッパのとある国の上空に出現した。上空に浮いているだけで何をするでもなかったが、空を覆い隠す程大きな物体が現れたことで人々は不安に駆られた。

この事件は世界中で瞬く間にニュースになり、巧妙なフェイクニュースだの、某国の新兵器だの様々な噂が飛び交った。各国は当初お互いを疑っていたものの、やがて地球外からやってきた宇宙船だと認め、全世界で対処方法について議論を始めた。

宇宙船は出現してから一週間ほど沈黙を続けていたが、ある日突然いなくなった。そして、それと同時にヨーロッパの別の国に現れ、また一週間ほど経った後に別の国へと移動した。宇宙船はそんなことを幾度となく繰り返し、ヨーロッパからアジア、アジアから北アメリカ、南アメリカ、オセアニア、アフリカとあらゆる場所に現れた。一時期は南極や北極でも宇宙船が観測されたとのことだった。

それから一年ほどが経った。各国は調査を続けていたものの大きな成果は得られていなかった。だが、世界中の人々は宇宙船のいる生活に慣れ始め、自分の街に宇宙船が来ると喜ぶものもいた。未だに姿を表さない宇宙人だが、人々の中には彼らに攻撃の意思はないと断定し、融和こそが最善策だと声高に叫ぶものもいた。

そんなある日、宇宙船が開き、とうとう中から宇宙人が出てきた。宇宙人は人間そっくりな見た目をしているどころか、絶世の美男美女の集まりだった。英語、日本語、中国語、フランス語…。彼らは地球のあらゆる言語を話すことができ、コミュニケーションは容易だった。

宇宙人の登場に人々は盛り上がり、各国のテレビ番組が彼らを取り上げた。テレビ番組に出演した彼らは、「自分たちに攻撃の意思はなく地球の人々と仲良くしたいのだ」と訴え続け、その美しく真摯な姿にみな心が動かされた。

また、宇宙人は友好の証と言わんばかりに、地球より遥かに進歩した科学技術を分け与えた。地球を汚染しないクリーンで無限のエネルギー発生装置。地球の裏側まで一瞬で移動できるワームホールゲート。

特に、脳波で機械を操作できたり、他者との意思創通を可能とする脳機能拡張ナノマシンは素晴らしかった。手術も不要で、首の後ろに注射するだけですぐに入れることができる。人々は魅了され、我先にとナノマシンを入れたがった。

人々の中には宇宙人の技術を疑うものもいたが、その内ナノマシンがないと普通の生活も送れなくなった。仕事も買い物も、旅行に行くのもそうだった。ナノマシンを使えない人を雇うことはできないと経営者は考えるので、仕事をするにもナノマシンは必要。日常生活では買い物の注文も決済もナノマシン。旅行するためのワームホールゲートを使うにもナノマシンが必要だった。

そうして、宇宙船が現れてから10年が経った。今では宇宙人のもたらした科学技術がなければ、完全に人々は生活できなくなった。地球にいる宇宙人の数も増え、その頭の良さから国の中枢に潜り込み、代表となるものまで現れた。人々は美しく賢い宇宙人と結婚したいと考え、若者の支持するメディアではそれこそがトレンドとして描かれる。

既に地球の手綱は宇宙人に握られていた。もはやこの星に抵抗する術などない。宇宙人による静かな侵略はもう完了していたのだった。

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