自分の中の宝石
アフリカのボツワナで、史上2番目となる大きさのダイヤモンドの原石が見つかったそうだ。
ニュースになるくらい大きいのだが、
大きさだけなら、近所の河原にいくらでも、それより大きな石が落ちているだろう。
だが、当然そんなものは話題にならない。
ダイヤが話題になるのは、その希少性だ。
数が少ないから、皆が重宝し有り難がる。
もし、この宇宙のどこかに、ダイヤが道端にそこらじゅうに落ちているような星があったら、その星の住人はダイヤに価値など見出さないだろう。
単なる石ころである。
もし数が少ないものが貴重なものだというのなら、
自分の心はこの世界で一つだけのものだ。
決して同じものはどこにもない。誰も持っていない。
これまで自分が生きてきた全てが、その世界に一つだけの宝石の要素となっている。
なぜ、これを大切にしないのか。
自分が大切にしないと、自分以上に大切にしてくれる人などどこにもいないというのに。
その唯一無二の宝石に余計な汚れを付けていないだろうか。
ダイヤも原石のままでは、まだ真の価値ない。
そこから、削りと磨きを重ねていった末に、ようやく本当の輝きを放つのだ。
心も、そのままでは輝かない。
持ち主の手入れが必要だ。
手を抜くと、あっと言う間に汚れだらけになってしまう。
だから、しっかり自分の心を見ていなくてはいけない。
そして心を磨いていこう。
まさに自分磨きだ。
自分磨きとは、スキルアップだとかキャリアアップとか、何か新しい体験したり、新しい物を手に入れたりすることだけを言うのではない。
余計なものを心から削り、削ぎ落し、拭きとっていくこともそうなのだ。
自分の中に宝石があると思えば、それを無下に扱おうとは思わないのではないか。
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