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新発売された「ノメルズ」から見えるコカ・コーラ社のブランド戦略とは?


はじめに

筆者はレモンサワーが大好きでよく買うこともあり、コカ・コーラ社から「ノメルズ」というレモネードが新発売されたと知り、すぐ買ってみた。ノメルズは3種類展開で、そのうち2種類を飲んでみたのだが、甘酸っぱくてすごくおいしかった。今後も飲むだろうと思う。

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 さて、筆者は「檸檬堂(※)」もよく飲んでおり、ブランディングを仕事としている身としては、下記のような疑問が思い浮かんた。それが、今回の記事をまとめてみようと思ったきっかけである。

※コカ・コーラ社は、2019年に同社初のアルコール飲料「檸檬堂」を出しており、これが大ヒットしたのは記憶に新しい。

【疑問①】コカ・コーラ社は、アルコールの中でもなぜ「レモネード」というドメインに展開したのか?

【疑問②】なぜ「檸檬堂」という既存の強いブランドをフル活用せず、コストとリスクを背負い「ノメルズ」という新ブランドを出したのか?

【疑問③】なぜ「ノメルズ」という新ブランドを作りつつ、パッケージの右上にはこっそりと「檸檬堂」のマークを付けたのか?

1つ1つ考察をしていきたい。(以降の考察は事実ベースではなく、全て筆者の推察をベースとしているので、参考程度に見てほしい。)

【疑問①】コカ・コーラ社は、アルコールの中でもなぜ「レモネード」というドメインに展開したのか?

 まず、前提から整理したい。元々コカ・コーラ社はコカ・コーラをはじめ、アクエリアス、爽健美茶など、誰もが知る有名商品を多数展開している「ソフトドリンク飲料業界の王者」である。しかし、近年は国内市場における健康志向の高まりなどもあり、主力の炭酸果糖飲料の市場規模が低下しており、常に新しい成長領域を模索し続けているの中だと思われる。その模索チャンレンジの一つが「アルコール飲料市場への拡張」であり、その第一歩が上でも触れた「檸檬堂」の発売であった。今後は、レモンサワー領域に限らず、他のアルコール領域への拡大を目指していく可能性が高いはずだが、「檸檬堂」で得た信頼や信用をベースにしつつも、他の領域でへとブランドを拡張していくことがアルコール飲料事業のミッションだと考えられる。檸檬堂に続く第2のアルコール領域としては、例えば、マーケットが大きいハイボールや、近年伸びているクラフトビールなど、他のアルコール飲料を出す選択肢もあった中で、レモネードを選んだ理由は、大きく下記の3つだと推察できる。

①レモンフレーバーの低アルコール飲料の市場が伸びており、かつ、「レモネード」に対する消費者の興味関心も近年伸びている

日本コカ・コーラの発表によれば、低アルコール飲料(ビール、発泡酒、新ジャンルを除くアルコール度数10%未満の酒類)の市場は2020年の段階で5000億円規模。18年から20年にかけて約12%成長しており、なかでもレモンフレーバーの低アルコール飲料は全体の4割を占めるまでになっているという。また、レモネードは東京や京都でも路上専門店をよく見かけるようになっており、飲料として人気が出てきているとも思われる。レモネードの検索数の推移をグーグルトレンドで調べたところ、明らかに近年検索数が伸びているのが分かる。

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②「ハードレモネードと言えば?」で想起される商品がなく、チャンスである

 「レモンサワーといえば氷結」というよるにレモンサワーは既に想起が強い商品がいくつか存在する。一方で「ハードレモネード(レモネードのお酒)と言えば?」と問われると現状は特にない。このように、強い第一想起をもつ商品がまだ市場に存在していないのも、大きな理由ではないかと思われる。ちなみに「ハードレモネード」というカテゴリワードが元からあったわけではなく、コカ・コーラ社が独自にアルコールが入っているレモネードのことを「ハードレモネード」と定義しているのがポイントである。新しいカテゴリを自ら創造し、その中での第一想起をとる、という王道なマーケティングをしており、非常に秀逸だと感じた。

③「檸檬堂」とカテゴリのイメージが近い
 レモネードという飲料は、レモンサワーである「檸檬堂」と近いカテゴリ(見方によってはほぼ同じカテゴリといっても良い)であり、大ヒットした檸檬堂の評判が、そのまま活かしやすい。例えば、これがハイボールに進出するとなると、檸檬堂の評判はやや活きづらい。ちなみに、展開するカテゴリをどう判断するかについては、以前の記事にまとめたことがあるので、気になる方は見ていただければと思う。

https://note.com/takuroakama/n/nb7f06276a514

④製造技術が近く、研究開発コストが抑えられる
筆者は製造技術的に関する知見がないので、これは推察の域を出ないが、レモンサワーと比較的似た製法で作れることも大きい理由だと思われる。例えば、クラフトビールを作るよりも、追加の研究開発費は少なくて済むのではないか。(違ったらすみません。)


【疑問②】なぜ「檸檬堂」という既存の強いブランドをそのまま活用せず、コストとリスクを背負い「ノメルズ」という新ブランドを出したのか?

 まずは、この疑問が生じた背景を補足しておく。ブランドを新しく立ち上げることは、ワクワクするしやりがいも大きいため、担当者レベルでは好まれることが多いい。しかし、ブランドマネジメントの考え方として、活用できそうな既存ブランド(例えば、”コカ・コーラ”というブランドや、”檸檬堂”というブランド)がある場合、新ブランドを立ち上げるという選択肢は、下記理由で採用されないことも一般的には多いのである。

①ネーミング開発やプロモーション等のコストがかかる
②消費者からの認知や信頼を得るまでに時間がかかる
③社内でのブランドマネジメントの複雑性が増す


 上記を踏まえ、レモネードであれば「檸檬堂 レモネード」や「コカ・コーラ レモネード」というブランド名で展開をする選択肢もあったのでは?と思ったのである。例えば、クラフトビールの展開のために新ブランドを出すならまだ分かる。しかし、レモネードは檸檬堂と同じくレモン系サワー飲料なのに「檸檬堂 レモネード」ではなく、「ノメルズ」という新ブランドを作ったのはなぜなのだろう? というのが、今回考えてみたいと思った背景である。

結論として、下記の3点が大きかったのではないかと思う。

①「檸檬堂」でまだ獲得できていない人を獲得するためには、「檸檬堂」だけでは伝えられない別の世界観や、価値提案が必要になると判断した
 檸檬堂は30-40代がメインターゲットであり、パッケージからも「居酒屋の世界観」を伝えていたり、「”飲み”ということへのこだわり」を感じられる商品であるように思う。一方で、大ヒットしたとはいえ、その世界観や価値に興味を示さない人も、当然ながら存在する。例えば、酔うこと自体をそれほど重要と思っていない人、お酒にそこまでこだわりを持っていない人、20代前半でお酒にまだ慣れていない学生、等が挙げられる。(おそらく、そのような人は、檸檬堂ではなく、ほろよいなどの甘い低アルコール飲料、もしくはソフトドリンクを飲んでいるだろう)。また、檸檬堂は何回か飲んでみたけど、味が合わずリピートはしていない人などもいるだろう。

 このように、檸檬堂ではまだ取り切れていない層も今後は獲得していきたいのだが、例えば「檸檬堂 レモネード」として展開をしてしまうと、現在檸檬堂を飲んでいる人には興味を持ってもらえるかもしれないが、「檸檬堂は知っているけど興味ない/そんなに好みではなかった」人には、手に取ってもらうのはおそらく難しい。

 しかし、「ノメルズ」という、ポップでアメリカンな世界観の新商品であれば、檸檬堂では取り込めることができていなかった層も獲得できる可能性が高くなる。

②「檸檬堂」のブランド価値や世界観が希釈されるリスクがあると判断した
「檸檬堂 レモネード」というブランドにして、訴求の方向性を「檸檬堂」で取り込めていない層(例えば20代女性向け)に向けて変えらば良いではないか、という考え方もあり得る。しかし、それはリスクである。例えば、20代女性向けに「檸檬堂 レモネード」というポップでアメリカンな商品を出したとする。すると、既存の40代の檸檬堂コアユーザーは「こだわりのある日本的な世界観が好きだったのに・・・」と離れていってしまう可能性がある。売れたブランドを使い回して商品カテゴリを広げすぎて、元のブランドの良さがなくなってしまった、ということがよくあるが、そのようなリスクが大きいと判断したのではないかと思う。

③長期的には「レモンフレーバーのアルコール飲料」というカテゴリでトップシェアを獲得する等の「高い目標」があったために、「ノメルズ」を1つのブランドとして育てる(=投資し続ける)意思を持てた。

 これは「コカ・コーラのようなマスブランドだから新しいブランドに投資する体力がある」という見方もできてしまうが、意思決定で大切なのは「どのくらいの目標感やミッションを持っているか」であると思っている。要は「新しくブランドを作ったとして、そこに本当に継続的に投資をし続けるつもりがあるか?」という答え対して、会社として明確な意思を持てたことは実際大きいと思われる。そして、この意思を持てた背景には、市場規模が伸びていることや檸檬堂の大ヒットだけでなく「日本コカ・コーラ社として、アルコール飲料市場への拡張を必ず成功させる」という日本コカ・コーラの使命やチャレンジ精神が働いているのではないかと思われる。高い目標達成に向けて、投資をしていく意思を持っていなければ、通常は多額のコストをかけて新しいブランドを作るという選択はしづらい。

【疑問③】なぜ「ノメルズ」という新ブランドを作りつつ、パッケージの右上にはこっそりと「檸檬堂」のマークを付けたのか?


 では、「ノメルズ」という新しいブランド一本で勝負したのかというと、そうではないのがコカ・コーラ社のうまいところであると。どういうことかというと、「ノメルズ」のパッケージには実はこっそりと「檸檬堂」の文字が入っている。厳密に言えば、消費者が認識するブランドは「ノメルズ(商品ブランド)」「檸檬堂(商品ブランド)」「コカ・コーラ(企業ブランド)」の3つになっているのである。上記の疑問②で見た理由①からも、ノメルズの世界感は檸檬堂の世界観とは全く違うのだが、そこに「檸檬堂」のブランドも掲載しているのである。普通の感覚だと「それが何か?」という感じかもしれないが、推察するに、この表記を入れるか入れないかの判断をするためにも、社内で相当な議論があったのではないかと思う。

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では、なぜ「檸檬堂」の表記を入れたのかというと「檸檬堂の認知者に、ノメルズへの「信用」や「興味」を与えたかったから」だと考える。

例えば、コンビニでノメルズを買うシーンを想定してみる。「檸檬堂」の表記があることが、最後の購入を後押ししていることが分かると思う。

①棚の商品に気づく 
「お、なんか変わった商品あるな・・・」

②商品をざっとスキャンする
「どういう商品なんだろう?・・(パッケージを手に取ったりして見る)ハードレモネードっておいしそうかも。」

③”檸檬堂”の表記に気づく
「あ、檸檬堂の監修なんだ。檸檬堂って確か結構売れていたよな・・この商品もきっと良さげかも?」

④購入を決意する
「おいしそうだし、一度買ってみよう!」

 檸檬堂はすごく売れて話題にされていたこともあり、お酒を飲む方であれば、ほとんどの方はその存在をご存知だと思われる。よって、檸檬堂を飲んでいるか飲んでいないに関わらず、よほど檸檬堂が嫌いな人でなければ、③で檸檬堂の表記に気づけば「あの大ヒットした檸檬堂が監修したレモネードって何だろう?気になるかも・・・」というブランドへの「期待」を想起させることができるのである。

 ただ、それほど大きく表記していないのは、レモネードによって「檸檬堂」のブランドイメージを希釈することなく、必要最低限の「信用」を担保できるようなバランスを配慮してのことだと思われる。この例でいうと「檸檬堂」は「エンドーサーブランド(信用保証するブランド)」と呼ばれ、日本の多くのブランドに採用されているブランド戦略である。新しい顧客を獲得するために、「ノメルズ」という新しいブランドで勝負しつつも、既存の強いブランドの援助を借りて「信用」をつけることで、その勝負の成功確率を上げているのである。



今回は以上である。ブランドというとパッケージをどうするかなど、デザインが注目されがちであるが、会社の事業戦略も踏まえて考察してみると、より他社の施策を奥行を持って捉えられるのではないかと思っている。また、どこかの会社のブランド戦略をピックアップして、考察していきたい。


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