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通っている病院のグレードアップ

自由に酒を飲み続けてきた。もう十九年ほど飲み続けている。

お食事のお供、みんなとのコミュニケーション潤滑油、バーで美女を口説くため。

側面はあれど、僕は酒とそういう関わり方はしてこなかった。大勢で楽しく飲むよりも一人、もしくは二人で飲むのが好きだった。

とにかく早く酔っ払ってしまい、ブッ壊れてしまって、溺れ死にたい。僕はそういう現実逃避型ドランカーだったからだ。

飲み始めて7000日ほどの日数が経った。一日に日本酒を三合やっていたとすると、12,600ℓになる。

少なく見積もっても、5000〜6000ℓぐらいは飲んだのではないだろうか。酒の比重を1.0としても5トンである。

銭湯の浴槽ぐらいはある。溺死するには充分だ。「溺れ死ぬ」というのはあながち比喩でもない。

酒を飲み始めたのはグレていたわけではないが、「このままじゃいけない」と何となく思ったことだ。
そのうち「酔う」という感覚を掴めるようになると、この感覚が自分の足りていないピースを埋めてくれるのが分かった。

十代の僕は一種狂暴に自分を憎んでいた。もちろん学校も親も大人も世の中もだ。

しかし青少年というのは、こうでなくてはいけない。この怒りですくすくと大きくなるものだ。

その怒りの対象は自分とそれ以外に向けられ、やがて二つは同質だと気が付いた。

両方とも腐臭にまみれているのだから、混じり合って壊れてしまえと呪い倒した。

その呪怨が自分にできる唯一の自己表現だった。アルコールの「酔い」はその破滅的気分にマッチした。

泥酔してぶっ倒れる瞬間は、自分と世界を破壊する行為・・・を小さく小さく、馬鹿みたいに小さくしたものだった。

しかし男子はそれなりに死と破壊への願望がある。男子が格闘技やバトル漫画を好むのは「死と破壊」への本能的欲求があるからだ。

でも酒は格闘技ほど痛くもないし、気持ちいいし、焼き鳥も美味いし、ビビリの僕にとってはちょうどよかった。

困ったのは、その呪詛が延々と抜け落ちないことだ。

だらだらと成人してしまったのに、大人と世の中に対して物申す、安っぽい反骨精神は治まらなかった。

それには酒が必要だった。「自分はいつか酒で死ぬ」という確信は強まっていった。
肝硬変か急アルか酔った勢いの喧嘩か、勢い任せの自決かは分からないが、必ず酒の手が加わり、命を断たれる気がしていた。

大人になるにつれて、まずかったことは複数ある。

「仕事用、打ち上げ用の酒」
「初対面の酒」
「自分のための酒」

カテゴライズされてしまったのだ。それぞれ違う種類、それなりの量を飲む。

当然、最後の酒は「酔い潰れるための酒」にカタチを変えていく。

酒量は、学生時代とは比べものにならなくなった。なまじ強い分、飲み分けられるし、消化器官が耐えられるのだ。

年を重ねていくと、付き合う人間も年下が多くなってくる。こうなると、また多くなる。おごる機会も増えるし、付き合わされる側も帰りにくくなる。
帰らせるのが先輩の先輩たる役目なのだが、酒が入っているとうまくいかない。

今でも「酔い潰れるまで朝まで飲む」という病が治らない。これが一番キツイ。まわりも自分もキツイ。あらゆる面で致死率も高確率な気がする。

「とにかく、お酒を楽しむというのは諦めてください。もう一生楽しくは飲めません」

そう医者に断言された。

ある程度の覚悟も決まっていたので驚きはしなかった。「覚悟」というか、病気で死ぬ知り合いが増えてきたことだ。
神戸で言うと、松原さんもそうだ。

彼らは「病気に襲いかかられた」ひとたちである。一日一日を精一杯生きてきて、悪いことをしていないのにもかかわらず、理不尽な病魔に襲いかかられて苦しんで、死ぬ。

それにひきかえ、僕の病気は自分がたぐり寄せたものだ。

「泥酔」という快楽をエサに、死への願望という糸を使って、病気を自分へおびき寄せただけだ。

明らかな受難に苦しんでいる他の人々と同じところに立って、苦痛を訴える資格はない。

ちんたら生き延びている自分は回復し、病魔に襲われたひとたちは次々と顔に白い布をかけていく。

公平性というものはこの世にないのだが、それにしてもむちゃくちゃである。

「拾った命でまた同じことを繰り返し、死に向かうのでは、散っていった人々に申し訳ない」という気持ちもそれなりにはある。

心を入れ替えてがんばる!なんて立派なことは言えないが、それなりに生き延びていたいと思う。

アルコール依存症の専門医院にかかるハメになった。普通の病院では診れないらしい。これまた覚悟の上ではある。悪くなったからではない。良くなるための話だ。

そして酒に罪はない。酒自体はいいやつなのだ。

大変なときは隣にいてくれるし、めでたいときは共に喜んでくれる。上手に付き合えるならそれに越したことはない。



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