メンタル不調が起こる大きな要因に○○権がある

メンタル不調が起こる大きな要因に「裁量権の有無」がある。

仕事でも恋愛でも音楽でも趣味でも家族関係でもなんでもそうなのだが、問題が起きたとき、その課題は「コントロールできるトラブル」と「コントロールできないトラブル」に分けられる。

たとえば、「職場をいきなりクビになった!あしたからどうしましょ!」という問題があるとする。これはわりとコントロールできる。

もちろん最初はズゴーンと凹むだろうし、クビは悲しいだろうけれど、その後はコントロール可能だ。

求人を探したり、失業手当をもらうための方法を調べたり、不当解雇なんだったら労基にかけこんで会社にお金を請求したりできる。
こうなると案外やる気がガンガン出てくるもので、「積極的闘争本能」なんて心理学的呼称もある。

反対に「職場の人間関係や環境が悪すぎる」というのはキツイ。コントロールできないからだ。

多少の努力はできるかもしれないが、他人の行動を変えるのは不可能だ。つまり僕たち人間は自分の行動を変える裁量はあるけれど、他人の行動まで変える裁量は用意されていないと言える。

ルールを改変するには経営権が必要だし、そもそも人間の心というものを変えることは経営者であっても支配者であっても不可能だ。魂までは思い通りにならない。

こういった環境に対するストレス、トラブルをどうにかしようとする意思を「消極的闘争本能」と呼んだりする。

これはかなり心が雨漏りするし、最初は頑張っていたとしても自分の仕掛ける運動と成果がほとんど結びつかないので無力感に包まれ、メンタルの不調にさいなまれることになる。

そして回避不能な嫌悪刺激に長期間さらされ続けると、その刺激から逃れようとする自発的な行動が起こらなくなる。

いじめなどでもそうだが、「何やっても無駄」という状況になると、人間は何もしなくなる。

あなたのまわりにも「こいつに何言っても無駄」という人物が現れたことがあると思う。そうなったとき自発的な行動を起こすことをやめたはずだ。ダルいからほっとく状態だ。この感覚を「学習性無力感」と言ったりする。

身体にもヤバめの影響がある。7300人を対象に行われたイギリスの実験では、喫煙よりも「自分で自分の仕事をコントロールできないこと」のほうが、心臓疾患を起こしやすいという結果も出ている。

それほど「裁量権がない」というのは身も心も滅ぼす。
もしもあなたが何かしらコミュニティのリーダーなのであれば「裁量権の有無」について考えるだけで、組織の健康状態が回復する可能性がある。

コミュニティというのは恋人同士やバンドのような少数単位でも同じことが言える。
僕の知り合いに「すべて恋人の言いなりで何も決める権限がない」という知り合いがいたが、みるみるうちに無気力になっていったことがある。

僕も株式会社を経営し始めて3年ぐらい経つが、音楽をやっているだけでは分からないことをたくさん知れた。大きいのは算盤ライクなこともだけれど、「実際の人間の機微」だ。

ひとというものにはそれぞれの価値観があるし、一人一人異なることで喜ぶ。だけど、心が痛くなることについてはあまり違わないんじゃないかということだ。

このたび、自分の作った会社を辞めてしまった。
たとえるなら、自分の作ったバンドなのにボーカルである自分が辞めてしまったかのような笑える話である。

今日からまた別の事業を立ち上げることにした。
「コントロールできること」に溢れているせいで、ずいぶんメンタルは好調である。どんな形にすることもできるし、何にだってなれるし、どこにだっていける。

新しい仕事場。働くひとの心が死なないで働けるようなところが仕上がればこれ幸いである。

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