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THIS IS ME!

突然だが、僕は休みの日にバイト先に遊びに来るバイトがとても嫌いだ。

急に私服姿で彼女と一緒に現れ、「どう?今日忙しい?」と高めの意識と必要のない気遣いを披露してくる。嫌いだ。それと同時に「どーもー!これが普段の俺でーす!」と言わんばかりの態度があふれていてイラっとする。実に嫌いだ。

ほんと嫌いだなぁ。お前普段は「早く帰りてぇ、売上とか興味ねぇし」しか言ってないだろうよ、という言葉を吐きたい気分になる。

大して忙しくない時間帯を選んでくれたことは感謝するけど、「おつかれですー!〇〇さんって、普段こんな感じなんですね!」というセリフを言われたい感がビンビンで、天邪鬼な僕は逆に触れたく無い。

今日ばかりは他のお客さんを積極的に対応したいから、「いらっしゃいませ、こちらで承ります。」と高らかに声を上げる。こんな日に限って味気ない客ばかりだからすぐに捌けてしまい、移した視線には再度私服バイトが登場する。いやいやほんとに早く帰れよ、隣の彼女ずっとツムツムやってるよ?

『普段は真面目なサラリーマン、オフはアウトローな俺!』

創作の中でたびたび出てくるもう一人の自分を隠しているキャラ。眼鏡でぼさぼさ頭、冴えない社員で周りからは『〇〇さんってほんと地味ですよね』とささやかれている。ただ裏の顔はヤクザの若頭として恐れられているオーラギラギラの男(髪型は東リベのマイキーで想像してほしい、マジ卍)。

憧れる気持ちはちょっとだけわかる。元をたどれば、スーパーマンだってきっとこれに分類されるし、本当の姿を隠しながら生きているという設定からすれば江戸川コナンもこれだ。流行る主人公の一定数は、この設定の傘下に存在する。

本当の自分。現実世界で、都合よく人に知られることはない。

学生の頃の僕は、カラオケがあまり得意ではないくせに、お風呂場で熱唱するのが好きだった。最近は体力の衰えからかめっきり減ったけど、学生の頃は毎晩歌っていた記憶がある。日本のユニットバスは、素人の歌を130%にしてくれた。

お風呂と言えば僕が学生のころ住んでいたアパートは、玄関横にお風呂の換気扇の排気口があった。だれかがお風呂に入っていると外廊下にはシャンプーや石鹸の香りが漂う。少しキモい表現だが、そこからどんな人が住んでいるのかだいたい想像がつくのだ。小さい子供がいる家庭だなとか、おっさんが住んでるんだなとか。夕方の香り10選みたいなのがあれば、ノミネートさせたいなと思っていた。

いつだったか郵便受けに粘着力の衰えたポストイットが入っていた。「嵐最高!LOVE SO SWEET最高!ジャニーズメドレー!」と書かれたポストイットが。

脳裏に走馬灯が駆け巡る。初の走馬灯は想像より高速だった。

実は歌が上手い方なんですねとは言われたい。でもお風呂で熱唱していることは知られたくないし、ジャニーズが大好きなことも知られたくなかった。(当時は男性でジャニーズ好きは肩身が狭かった。)

換気扇の排気口はライブの音漏れを手伝うようだ。チケットが完売しても、このアパートは音漏れに群がるファンにも優しい会場だから、高額転売チケットには手を出さなくてもいい。アーティスト向きのアパートともいえる。

人は誰しも他人に見せてない面がある。

良い面もあれば、悪い面もあるだろう。できれば都合よくいい面だけを見せたい。けれどそうして表れるのはいい面ではなく、周りに思われたい理想の自分に過ぎないみたいだ。そしてそれと同時に、見せたくない悪い面(というかかっこ悪いと思っている自分)が露呈する。

あくまで経験上だけど、いい面も悪い面もきっと近しい人には伝わっている。普段の一挙手一投足は何気ないものであっても、残り香があなたの本当の姿を隠さない。そして枕に押し付けた絶叫は、排気口をたどって微かに外に伝わる。近しい人にのみ伝わるボリュームで。本当の俺、本当の私、それは意図せず漏れ出ていて、今も近しくいてくれる人はそれを受け入れている。長くつづく友達って気づかないうちにその過程を踏んでいると思う。

あ、ツムツムをやめない彼女にはもう伝わっているのかもしれない。休みなのにバ先に来店した君にも、意外といい面もあるんだろう。

ちょっと嫌いじゃなくなってきたかも。

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