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トイレの神様

駅前スーパーのトイレが、神様に占拠された。
地下1階の男子トイレの、二つある個室の一つだ。
神様を見た者はしかし、誰もいない。

個室はロックされているのだが、誰か入っている気配は無い。
ドア下の隙間から覗いても、誰かいるようには思えない。
上から覗けばはっきりするだろうけど、そんなことをする勇気のある者もいない。
バチが当たるからだ。
そう、いつしかその個室には、神様が有らせられることになっていたのだ。
そして、ドアを2回ノックし、合掌して祈ると、必ず願い事が叶うという噂が広まっていた。

地元密着を旨とするスーパー側は、お客様の意向に沿って、神様の個室を放置することにした。
当初から既に、遠慮なく男子トイレに入ってお参りする女性も少なくなかったのだが、女性も気兼ねなくお参りできるように、男子トイレの表示をとりあえず紙で隠すことにした。スーパーの営業時間中のトイレには、引きも切らず参拝客がやってくる。
時には、行列のできることすらあった。

そんな中、ある日、権兵衛さん(仮名)が、お腹を押さえて駅前スーパーのトイレに駆け込む。
権兵衛さんは地元の人ではないので、神様のことは知らない。
運悪く、個室は二つとも塞がっている。
一つ目をノックすると中から、ノックが返ってきた。
二つ目をノックする。
ノックは返ってこない。
けれども、中からロックされたままで、開けようとしても開かない。
もう一度ノックしてみる。
何度も何度も強く強くノックしてみる。
返事は無い。

もう駄目だ。
火事場の馬鹿力で、思いっきりドアを蹴っ飛ばす。
開いた。
壊れたのかもしれないが、今はそんなこと、どうでもよい。

中にはやはり、誰もいない。
必死で用を足す…

中には誰もいなかったが、紙が一枚落ちていた。
「神」とひとこと大きく書いたお札だった。

駅前スーパーは神さまのトイレの今後を話し合った。
とりあえず以下の三つの案を検討しているところだ。

(1)全て元通りにして、駅前スーパー内の新名所にする。
(2)お札を別の場所に移して、新たに「トイレの神様」を開設。
(3)めぼしいい神社にお札を引き取ってもらう。

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