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季節の無い町

季節の無い町に住んでいる。
といってもまだ、住んで一週間に満たない。
お世話になり過ぎて頭が上がらない知人の、たっての願いを断れずに、急遽住むことになった。
その人の住んでいた賃貸マンションだ。

季節が無いというのは、春も夏も秋も冬も無いということではない。
1年を通して四季以外だということでもない。
今日が夏のようだったとすれば、明日は冬のようで、陽気が一定しない。
毎日ころころと、気候が変わるということなのだ。

引っ越してきた日は夏だった。
朝10時を過ぎると、気温は30度を超えた。
4時を過ぎたころに夕立があって、虹が出た。

翌日は冬だった。
寒さに震えながら目を覚ましたら、外の水溜まりには氷が張っていた。

その次の日は梅雨だった。
朝から鬱陶しい雨が降り続いた。
マンションの植栽では、アマガエルが跳ねていた。

町内を散歩する。
意外に広い町だった。
当てもなく歩いていると、目の前の少し丘になった所に、ホテルニューグランドの本館風の、白亜のクラシカルな建物が見える。
この町にはふさわしくないような気もした。

そこへちょうど、杖を突いた年配の女性が通りかかる。
お婆さんと呼ぶには若すぎるし、お姉さんと呼ぶには失礼な感じがする。
サザエさんみたいな髪型で、皺はあまり目立たず、年齢不詳なのだ。

「すみません、この町の方ですか?」

「はいはい、さようですよ。
生まれてこの方、この町の者です。
ひ孫もいる婆さんですけどね」

「えっ、ひ孫?
とてもそんなお歳には見えませんけど…」

「百歳だとか千歳だとかってことはありませんけど、ひい婆さんさんにしては若いかもしれませんね。
で、何かご用でしょうか?」

「あの白い立派な建物は、なんでしょう?」

「ああ、あれはこの町の会館ですよ。
天道町会館。
よそからいらしたんですか?」

「ええ、まあ…。
引っ越してきたんですけどね」

そこで知人の名を出して、いきさつを打ち明けると、

「あらま、あの人は、会館の関係者だったんですよ。
もちろん、そんなこと、ご存じありませんよね?」

「ええ、まあ…。
そんな話は、話題になったこともありませんね」

「あなたももう、この町の住民ですし、あの人のお知り合いでもあるわけですから、知っておいた方がいいと思います。
ご案内しましょう」

というわけで、思いがけず、天道町会館を見学できることになったのだった。

案内されたのは、広い広い大ホールだった。
畳敷きで、壁には窓のほか、的のようなものが無数に取り付けてある。
どうやら、ダーツのようだった。

それより目を引いたのは、そこら中、思い思いのポーズで寝そべっている老人たちだ。
誰もがオレンジ色の長衣をまとっている。
その色やスタイルはまちまちだったが、誰もが髭面で長髪だった。

「気象官の皆さんです」

サザエさんが言う。

「一日一回、それぞれが専門のダーツを投げて、翌日の天候を決めるんです。
天気官は晴れか曇りか雨かなどを、温度官は気温を、湿度官は湿度を決めます。
風向きや強さを決める風官もいます」

「それにしても、人数が多いですね?
アシスタントとか、補欠とか、修行中とかもいらっしゃるんですか?」

「いえ、そういうことはありません。
それぞれに、朝昼夕夜と時間帯ごとに、担当者が異なるんです。
明日に間に合えば、特に時間は決まっていません。
それぞれが好きなようにやっているみたい。
リミットぎりぎりになって、やっと腰を上げる方もいますしね」

知人が気象官だったのかどうかはわからないのだが、行く行くは僕にも、お役目が回ってくるのかもしれない。
もしそうだとしたら、今から楽しみだ。

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