見出し画像

首の無い彼

久しぶりに鎌倉の実家に顔を出すところだ。
草木もまだ眠らぬ逢う魔が時に、七里ガ浜の坂道を登っていた。
普段ならひとりふたりの人に遇ってもよさそうなものなのに、その日はなぜか誰にも遇わない。

急な坂が急なカーブを描きながら、右に折れる。
曲がった途端、薄闇の中に、黝い影が浮かび上がる。

アルファベットのUを逆さにしたような代物。
生き物か。
機械か。
のっしのっしと、ゆっくりゆっくり迫ってくる。
2本の長い足を交互に動かしながら。

大きい。
予想以上に。
2メートル前後はあるだうか。

立ち止まって眺めている僕には目もくれず、そいつは脇を通り過ぎていった。

近づいてくる姿を見ていた時には、呆気に取られ、長い脚ばかりに気を取られていた。
遠ざかっていく後ろ姿を目で追う時にはしかし、少し冷静に観察することができた。

長い脚の上部には、短い胴部があり、そこから細い両手が生えていた。
胴の上には、小さな突起のような物があるようにも見える。
そう、首の無い巨人のような姿だったのだ。

実家の母に話すと…

「あんたも見たのかい。
最近この辺によく出るらしいんだよ。
わたしは見たこが無いんだけどね。
お隣の田中さんの話では、ヒルコらしいよ。
よくわからないんだけど、黄泉の国から来た妖怪だとか。
ちょっと気味が悪いけど、別に悪さはしないらしい…」

後日また実家を訪ねた折、道でたまたま伊集院君に遭遇した。
中学時代の同級生だ。
同じ住宅街に住んでいて、成人後に一旦家を出たが、数年前に戻ってきたという。

久々だったので、立ち話でちょっと昔話をした。
ついでに、ヒルコについて訊いてみた。
すると…

「ああ、それね。
目白君だよ、多分。
暗い所で出くわしたりしたら、ちょっとびっくりするかもね。
なにしろ、今どきの若者だから…」

よくわからないので、詳しい説明を求める。

「高校生の男子さ。
バスケをやってるんだ。
2メートル近い長身で、今時の若者らしく信じられないような小顔なんだよ。
18頭身くらいじゃないかなあ」

そうだったのか。
できれば逢う魔が時ではない、日中の明るい時間に、目白君に出逢える日を楽しみに待つことにしよう。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?