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砂まじりの鎌倉

何度目かのモテ期だった。

女子の少ない高校だったので、通っている高校ではそんなにモテている実感は無い。
通学の沿線にはしかし、女子高が少なくなかった。
思春期の自意識過剰を差し引いたとしても、女子の熱い目をそこここで感じずにはいられない。
調子に乗ってはいなかったが、肩まで伸ばしたさらさらのロン毛と平均以上の長身を意識して、もっともっとカッコよく見せたい気持ちは隠せなかった。

高校の最寄り駅でも視線を感じる。
登校時も下校時も感じたが、時間に追われていない下校時は、余裕のあることもあって、そんな視線に気が付くことが多かった。

中でも目立ったのは、ハリセンボンの近藤春菜さんをひと回り大きくしたような印象の女子だ。
同じ駅を最寄り駅とする女子高は2校ほどあったが、制服から、F女子高の生徒かと思われた。
最初は遠慮がちな視線だったが、日を追うごとに遠慮なく露骨になって行く。
しまいには、カメラを構えて隠し撮りまでするようになった。
それでも決して、話しかけては来ない。
それが逆に、ちょっと気持ち悪くもあった。

江ノ電の車内でたまたま、F女子高のTさんに遭遇した。
中学時代の同級生だ。
もしかしたら知り合いかもしれないと思って、近藤春菜さんについて探りを入れてみた。

「ああ、Hさんね、クラスは違うけれども知ってるよ。
あなたにお熱ってこともね。
真面目な子だから、本気だと思うよ」

「でも、手紙もらったり、声を掛けられたりしたことは、一度も無いんだけど…」

「あの子、あれで、意外にシャイだから」

「その割には、ばればれで写真撮ったりするんだけどな」

「恋は盲目だからね、色々矛盾した事もあるよ。
いざとなれば、なんでもありじゃないの?」

正直のところ僕は、嬉しかったのかもしれない。
アイドルみたいに追っかけられて、気味悪く思いつつも、悪い気はしなかった。

Hさんの行動は日増しにエスカレートし、下校時は駅で待ち伏せしていて、同じ電車に乗るようになった。
藤沢駅で僕は、江ノ電に乗り換え、七里ガ浜駅で降りる。
最初は藤沢駅までだった尾行が、そのうち七里ガ浜駅までになった。

七里ガ浜では当初、乗ったまま行ってしまったり、降車はしても駅からは降りなかった。
ところがとうとう、七里ガ浜で降りて、僕の家まで付いて来るようになったのだ。

2階の窓からそっと覗くと、彼女がいる。
30分後に覗いても、時には1時間後でも…

さすがに怖くなってきたので、堪り兼ねて、Tさんに相談してみることにした。
Tさんが事をどう伝え、どう話をつけたのかはわからないのだが、数日後からばったりと、Hさんの姿を見掛けなくなった。
やれやれと思った。
ほっとした。

平穏な日々が続くとしかし、変な不安が頭を擡げて来る。
もしかしてHさんは、ショックの余り失踪でもしたのでは?
無事だろうか…生きているだろうか…どんどん不安が募ってくる。
心配の余り、ついにTさんに、電話して訊ねてみた。

「Hさんのことなんだけれど、最近見ないけれども、元気かなあ」

「何よそれ、今になって惚れちゃったとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけれども、きついこと言っちゃったから心配で…」

「やさしいんだね。
心配ないよ。
元気に学校に来てるから。
ほら、S君っていたでしょう?
中学の時、別のクラスにいたイケメンの…」

S君も僕と同じ高校に進学していた。

「Hさんの今の推しは彼なの。
追っかけまくってるよ」

「そうか…それはよかった」

嬉しいのか悲しいのか空しいのか、なんとも複雑な気持ちで僕は、相槌を打った。

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