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アイドルの卵

メーターボックスの中に、卵があったという。
駐輪場の自転車籠の中にも、あったという。
マンションのあちこちで、卵が見つかったのだ。

鶉の卵よりはちょっと大きく、鶏の卵よりはずっと小さい。
最初は鳩の卵ではと思われた。
ベランダや手すりや屋根に、よく鳩が止まっていたり、あちこちに糞があったりした。
時にはメーターボックスに侵入したりもしていたからだ。

見つかった卵はしかし、鳩のものではなさそうだった。
一番の理由は色だ。
白ではなく、金色に近い色だったのだ。
黄土色とはちょっと違う。
やはり、光沢の無い金色という表現が最も近そうだった。

鳩のものではないとしたら、なんの卵なのだろう。
それは誰にもわからなかった。
産んだところも抱えているところも、見た者は誰ひとりとしていなかったからだ。

カラスも鳩も、身近な野鳥の多くは、鳥獣保護管理法で、捕まえたり飼ったりは禁じられている。
その卵についても、勝手に処分したりはできない。
金の卵の親はどんな鳥なのかはわからないが、わからない以上は、放置しておくしかなさそうだ。
それでも、やっぱり気になるので、鳥に詳しい友人、ことりクンを呼んで、見てもらうことにした。

「これなんだけどね。
色が微妙でしょう?
画像検索で調べてみたんだけれども、これはってやつは、見つからなくて…」

「ああ、これね。
知る人ぞ知るってやつだよ」

さすが、ことりクンだ。
ひと目見るなり言い放った。

「アイドリだよ。
間違いなくアイドリの卵だ」

「アイドリ?
聞いたこともないけれども…」

「珍しくはないんだけどね、存在に気が付く人は少ないかもしれないね。
結構マニアックかも…」

「で、どんな鳥なの?
特徴とか…」

「それは、見てのお楽しみということにしたい。
というより、描写するのが結構難しいんだよなあ。
この卵の感じだと、今日明日には孵りそうだから、自分の目で確かめるってのはどうかな?」

「じゃあ、そうするよ」

その翌日、僕の部屋のメーターボックスの中で、5つある卵のひとつが孵った。
黄色い雛は、アイドルのレツゴーヒロミを想起させた。
見掛けがそっくりというわけではない。
レツゴーヒロミをキャラクター化するとしたら、こんな風だろうなと思わせるような感じだ。

毛の生え揃っていない雛は、鼻濁音のゴで「んご~んご~」と鳴く。
ちょっとやかましい気もしないではなかった。

雛が孵るとすぐに、ピンクの派手な鳥が、メーターボックスの隙間から出入りするようになった。
これが親鳥に違いない。
雛に餌を運んでいるのだろう。

親鳥は1羽ではない様子だった。
少なくとも、3~4羽が出入りしているような気がする。
いずれも、ぴいぴいきゃあきゃあ、雛以上にやかましかった。

念のため、ことりクンに確認してもらう。
すると、意外な答えが返ってきた。

「それはアイドリではないよ。
アイドリの親は産みっぱなしで、子の面倒を見たりはしないのさ。
代わりに甲斐甲斐しく世話を焼くのが、オシオシドリなんだ。
ピンクのやつは、このオシオシドリだよ。
この鳥の生態については、まだ不明なことが多くて、確かな理由はわからないんだけどね」

アイドリにオシオシドリ。
この共生は、なかなか興味を引く。
騒々しすぎるのがちょっと難だけれども、しばらく観察して、楽しませてもらうことにしよう。

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