1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録

のんびり読もうと思っておりましたが、割と一気に読んでしまいました。読みやすい良い本でした。

先日新型コロナ対策から「卒業」された尾身茂先生による、新型コロナ対応における、専門家たちの葛藤をつづった手記。
まずは、このような貴重な記録を1冊にまとめて残して頂いたことに感謝申し上げます。

手記の部分は、大きく3部構成。

第1部は、今回の新型コロナ対策において、専門家が何を考え、どういう役割を持っていたか、などの概説。

第2部は、時系列に沿って、3年間に出した100以上に及ぶ「提言」のピックアップを軸に、何がどう推移して行ったのか、の記録。

第3部は、対策全体を通してのまとめというか、まさに「葛藤」が赤裸々につづられています。

これにデータセクションと言える各種データや記録、グラフの掲載部分と、補論として、提言の根拠を概説した項が連なっています。

詳しい内容は、実際に読んでいただくのが良いと思うので(先述したようにとても読みやすかったです)今回は純粋に自分の感想を書いていきましょうか。

現在も続いている、新型コロナによるコロナ禍(テレビなどの大手メディアや政府などは「コロナ明け」などと口にしていますが、この厄介なウィルスは、消えてなくなったわけでも、弱毒化したわけでもないので、この表現は不適切です。コロナ禍は未だ続いています)において、この3年のうちで自分が最も印象に残っているのは、東京オリンピック・パラリンピックにおいて、専門家有志の会が出して下さった提言です。

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に伴う新型コロナウイルス感染拡大リスクに関する提言:https://note.stopcovid19.jp/n/n60ff3720a61a

当時感想などもつづっていますが。

僕が最も期待・注目していた、東京五輪オリパラ中止が提言されるのか。

これは当時議論の割と最初の頃に、中止を提言に入れないことが決まってしまっていたことが語られてており、やはり残念です。

まあ、読んでいて思い出しましたが、確か当時の記者会見の際に尾身先生がそのように話していたと思うので、新しい情報ではなかったのですが。

濃密な議論と熟慮の末とはいえ、その直後の橋本聖子氏のあまりにも非道な言動を見るに、「選択肢の一つ」として提言に入れても良かったのでは、と、改めて思います。

実際、政府への提言でも、専門家が方針を決定するべきではない事項に関して、選択肢として提言する、ということは繰り返し行ってきたことが本書に書かれておりますし、この提言でも「4つの選択肢」のような形で、オリパラ中止も提言に入れておいた方が良かったのではないかと、改めて思いました。

もう1点印象に残ったのは、GoTo行政に関して繰り返し語られており、尾身先生らしい柔らかな語り口での記載なので大分マイルドに書かれてはいますが、やはりGoToトラベル、GoToイートが、ことあるごとに新型コロナ対策の足を引っ張ったことには、尾身先生もだいぶ強い思いを抱えているのだなと感じました。

単純に感染拡大を助長した点はもちろんのこと、テレビなどの大手メディアがGoTo行政にばかり注目して報じたことで、専門家会議が本来社会に向けて発信したかったメッセージが伝わらずに、それまでの努力が水泡に帰してしまう、といった弊害もあったことが書かれています。

あらためて、GoTo行政は愚策であったと再確認しました。

最後、もう一つの着目点としては、尾身先生のような方でも、政権との距離が近づいてくると、いくらか取り込まれてしまうのだな、という点。

昨今、政治報道批判でよく言及される「政治部記者と政治家の距離が近すぎるのではないか」という指摘。

これは、記者にとって取材対象のはずの政治家が、取材のために関係を深めることによって、身内のようになってしまう為、政治部の記者は、客観的な政治報道が出来なくなっているのでは、という指摘です。

本書では、専門家の側にもこれと同様の心理が生まれていたのではないか、と読み取れる記載があります。

本書の中で、尾身先生がわずかに政治家に対して言及した評価。そこには、そこはかとなく身内への擁護のような気配が含まれており、客観性が感じられませんでした。

頻繁に接することで、専門家と政治家の距離が近くなり、専門家の側が政治への客観性を失っていたのでは、というのが垣間見えたのは、残念な点です。

本書では繰り返し、専門家と政治の役割分担のあるべき姿が語られ、3年にわたる新型コロナ対策では、最後までこれが理想的にはいかなかったことが綴られています。

本書を読むまで、僕はこれは、政治の側に問題があるのではないかと考えていましたが、あるいは専門家の側にも、政治の側に近づきすぎた、といった問題要素があったのではないか、と、読んでみて思いました。

ぼちぼちまとめに入りましょう。
この3年間、特に初期の2020年代から2021年にかけての専門家の皆様の尽力には心から敬意と感謝を抱いています。

また自分としては、尾身茂先生は、「はやぶさ」プロジェクトを導いた川口先生と並ぶ、尊敬する偉大な専門家です。

その考え方や、葛藤を、本書を通して垣間見れたことは純粋に嬉しく思い、私個人としては大変勉強になりました。

とても良い本をありがとうございました。


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