見出し画像

主人公が主人公になるまで - 『圕の大魔術師』一巻が描く壮大なプロローグ

ほぼ全てのマンガには、主人公がいます。当たり前ですね。

しかし彼らは一体いつどのタイミングで"主人公"になったのか、考えたことはありますか。作者がそれを決めた時だろう、という声が聞こえてきそうですが、うんまさにその通り。

ですが、主人公が主人公になる瞬間や過程をこれでもかというくらい丁寧に描いているマンガがあります。それが、『圕(図書館)の大魔術師』という作品。

現在「good!アフタヌーン」で連載中の作品で、単行本は既刊4巻。公式ページのあらすじはこちら。

孤独だった少年が本の力で世界を繋げる物語。
その昔、書物は金と同様の価値を持っていた。
小さな村で姉と2人、貧しい暮らしをしていた少年は本の都“アフツァック”に憧れを抱いていた。そんなある日、一人の司書と出会い、運命が大きく動き出す──。
圧倒的な画力で魅せる異世界ビブリオファンタジー開幕!

貧民街で暮らす上に混血で周りと容姿が違うことから村の子供たちにいじめられている少年が、憧れの本の都「アフツァック」からやってきた一人の司書(カフナ)と出会い、自らも司書を目指していく。そしてそれがいずれ世界の運命を変えることに…というお話。

美しすぎる作画と圧倒的世界観、無数に散りばめられた謎など多くの魅力を持つ本作ですが、この記事では、少年がカフナと出会い本当の意味で主人公となっていく過程、そこに説得力を持たせるためのストーリー構成の凄さについて紹介します。

※ちなみに今回の話は「新刊を語る会」というYouTubeチャンネルの「図書館の大魔術師を語る会」でも触れられていた話ですが、聴いてて首が折れるほど頷きまくったのと、きちんと文字で残しておきたくてこのnoteを書いてます。

※また以下、一巻のネタバレを含みます。記事を読んだ後でも作品の面白さは全く損なわれませんが、本編を読んだ後に本記事を読んでいただくと新たな発見があるかもしれません。

名前を呼ばれない少年

主人公は上述の通り、小さな村の貧民街に暮らす少年。ですが実はこの子、物語が始まってもずーーーっと名前がわかりません。ずっと「耳長」とか「あの子」とか言われてる。

最終的に彼の名前が出てくるのは、なんと一巻の最後の最後、もう99%終わったところです。他の登場人物はテロップですぐ名前が出てくるのに、彼の名前はずっと出てきません。普通こんなことないですよね。

もちろんこれは意図的なもので、作品のメッセージを際立たせるための仕掛けです。つまり、この一巻は名もなき村人Aが主人公になるまでの過程を描いてるんです。

行動が運命を変える

少年はカフナの一人であるセドナと出会い、お姉ちゃん以外の大人と初めてまともに会話します。その中でセドナが、人の性質はまず振舞いから始まる、みたいな事を言う。「物語の主人公は最初から主人公なわけじゃなくて、主人公のように振舞うから主人公でいられる」と。

最初、彼はこの言葉がよく理解できません。でもその後村の図書館が火事になった時、少しの変化が訪れます。最初は「僕なんかが行ってもどうせ…」と思うのですが、セドナのセリフを思い出して助けに向かう。つまりここで、彼は生まれて初めて、ちょっとだけ主人公らしい行動をする。でもここでもまだ名前は出てきません。

その後少年は火事の煙を吸って気を失ってしまって、実際に事件に対処したのはカフナ達です。少年が目が覚めた時、カフナ達はもう村を出る直前。彼はセドナから借りた本を返そうと追いかけます。

この場面、憧れの主人公のようにカッコよかったセドナとの別れで、少年はずっと心に溜めてきた思いが溢れてしまいます。ボロボロと涙をこぼしながら、「いつか自分を救ってくれる主人公は現れますか?」とすがるように尋ねる。セドナがそうなんじゃないかって願いながら。

でもセドナは望み通りの回答を与えてはくれなくて、6歳の子に向かって結構厳しいことを言います。それはなぜなら、彼の人生は彼のものだから。だれも彼の物語の主人公にはなれないから。そして言います。君には名乗らなければならない名前があるはずだと。

謳え君の名を

ここで初めて、ずっと名も無き少年だった彼が声を振り絞って初めて、自らの名を名乗るんです。自分の声で。ここまで来てようやく、シオ・フミスという文字がこの物語に刻まれる。

そのあとセドナが物語の始まりを告げる口上を始めて…そしてあの衝撃のタイトルコール。あそこまでバーンッ!!と効果音が頭の中に鳴り響く見開きがかつてあったでしょうか。

物語自体の流れもさることながら、主人公の名前をあそこまで引っ張って彼自身に宣言させる展開と、名乗った直後に飛び込んでくるタイトル。ここまで読者の心の波を設計する緻密さに感動します。あの見開きの興奮はぜひ、単行本を読んで味わってほしい。

『シャグラザットの冒険』が暗示するもの

さらにもう一つ、シオの変化を演出するものとして『シャグラザットの冒険』という作中作が使われています。

『図書館の大魔術師』は本をテーマにした作品のため、物語の中に作中作として色んな本のタイトルが出てきます。その中の一つが、『シャグラザットの冒険』という子供たちに大人気の海賊冒険小説。もちろんシオも大好きです。

一巻にはこのシャグラザットの作中シーンを引用している箇所が2か所あり、本編とシンクロするような感じで使われてます。それが一話の冒頭と、シオが火事で気を失ってから目を覚ます直前の場面。

シーン1:冒険の始まり

最初のシーンは作品冒頭らしく、これから冒険が始まる!的なテンションで使われています。詳しい説明はありませんが、おそらく海賊シャグラザットがどこかの国に上陸してそこで何か一つのお話があり、それが終わって次の島へ旅立つ時、みたいな場面。

そこで、その国の王子様が飛び出してきます。家来たちが止めるんだけどそれを振り切ってシャグラザットに付いていこうとする。王子は「ごめん、僕はもう冒険に出るんだ!」と叫びながら船に向かう。物語の始まりを予感させるワクワクがつまった場面です。

ここでポイントは、この王子様がシオくんの顔で描かれているということ。一方でシャグラザットの顔は隠れています。

シーン2:世界を手に入れるとは

次に2番目のシーンですが、ここではシオが目を覚ます直前に見ている夢として描かれており、シャグラザットが独白するシーンです。世界を手に入れるとはなんだ?みたいな問いに、世界中の王がそれを目指して戦争しているけどそうじゃない、冒険こそが世界を手にする方法だ、みたいなことを言う。

そしてここでは、シャグラザットがシオ君の顔で描かれてるんです。

この変化がものがすごく重要で。上でも書いた通り、シオは苦しい日々のなか、ずっと誰かが自分を救い出してくれるのを待ってました。シャグラザットみたいなカッコいい主人公が、自分の良さを見つけてくれて広い世界に連れてってくれないかと。だから、シオ君がなりたかったのはシャグラザットではなく王子様だったんです。主人公ではなく主人公に選ばれる存在になりたかった。

でもセドナと出会ってシオに変化が訪れて、この後の別れのシーンでシオは自ら名乗りを上げます。だからこの2番目のシーンでは、シャグラザットがシオの顔をしてる。誰かに救ってもらいたいと願う存在から、自分が主人公であることを選ぶという予兆です。

少年は名乗りを上げ、物語は始まった

まとめると、一巻というのはシオがその名をこの物語に刻むまで、つまりこの世界ではありふれた不幸な村人Aから、自らの行動と声で主人公になるまでの壮大なプロローグなんです。だから、タイトルコールは最初じゃなくてあの位置にある。一巻の最後の最後で初めて、シオという少年が主人公の、『図書館の大魔術師』という物語が始まる。シオが大好きな『シャグラザットの冒険』のシーンでもそれを示唆しています。

こういった演出は、普通に読んでいたらあまり気に留めないところかもしれません。もしかしたら気づいていない人もいるかも。でもそういう所にも、ちゃんと意味が込められています。

それにしても、主人公の名前を伏せておくという演出を連載誌でやってしまうのがすごいですよね。映画など一気見が前提のメディアならともかく、要はこれ、読者は連載開始から数か月、下手すれば一年近く、主人公の名前もわからずに物語を追いかけていたことになります。連載初期のわかりやすい人気を取りに行くことより、物語全体に意味を持たせるための覚悟と度胸と自信が尋常じゃありません。

胸の高鳴りは止まらない

主人公が主人公である理由。普段マンガを読んでいて意識することなどありませんが、本や書、歴史、そしてそれを護り繋いでいくことをテーマにする本作では、なぜシオがその役目を担うことになったか、ある種メタ的なその問いは、物語の最も大事な要素の一つです。

司書試験に挑む二巻以降が本編と考えれば、このプロローグの内容はもっと短く、または回想シーンとして描くこともできたはず。しかし、一巻丸ごと使って幼いシオの行動や心の変化、そのきっかけとなった出会いを描き切ったこと。それが、二巻以降のシオのキャラや物語に説得力を持たせ、また読者の共感や応援シロを生み出しています。

要はまんまと泉光先生の策略にはめられているわけですが、物語の中に突き落とされるその感覚すら心地よい。今後シオたちの物語がどうなっていくのか、泉先生がそこにどんな仕掛けを施して私たちを驚かせてくれるのか。これからもまったく目が離せません。

『図書館の大魔術師』をもっと楽しむマガジンもよろしくお願いします

今回は一巻のストーリー展開やその構成について書きましたが、この他にも『図書館の大魔術師』をもっと楽しむべくnoteで考察記事など色々と書いてますので、興味のある方は下のマガジンからご確認ください。(考察記事はネタバレ全開の既読者向けの内容になってます。)

個人的に始めた「『図書館の大魔術師』をもっと楽しむマガジン」、通称「タコマガ」(なぜだ・・・)ですが、アルのライター仲間であるあごたふさん(@perori_inu)、おがさん(@basil_ko84)、もり氏さん(@morishi0522)、さらにはアルのライターによく勘違いされてるみやおさんの(@miyaofit)参加によりだいぶ充実してきてます。超ありがたい!考察記事だけじゃなくそれぞれ切り口が全然違ってめちゃくちゃ面白いので、それぞれの記事を読めばより本作の魅力を感じて頂けること間違いなしです。

関連記事

『圕の大魔術師』考察Vol.1 - 名前には意味がある

『圕の大魔術師』考察Vol.2 -二代目大魔術師候補は誰か

『圕の大魔術師』考察Vol.3 -何かが起きる5年後

『圕の大魔術師』考察Vol.4 -8つ目のマナとニガヨモギの使者

『圕の大魔術師』考察Vol.5 -ウイラの正体

こちらも!(アルの記事です)


この記事が参加している募集

マンガ感想文

ああありがとうございます!!いただいたサポートは記事を書くための活動費用に使わせていただきます!(もしくはビールに消える可能性も…)