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感染症と食肉加工 裏に潜む格差(4/4)

◉要約
食肉工場で感染症を爆発的に拡大させる物理的・社会的・経済的要因に対策を施し、これら問題の温床である格差を是正することが求められる。感染症のリスクを根本的に改善する手段として、新たなタンパク質供給方法である代替タンパク質への移行も期待される。

これまで、食肉加工場で新型肺炎が感染拡大している状況と背景、そして、前回はその原因を解説しました。

これら食肉工場で感染拡大を招く要因をどのようにして改善することができるのか。
最後となる今回は、その具体的な対策について述べます。

①感染の状況 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(1/4)②感染の背景 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(2/4)③感染の原因 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(3/4)④感染の対策 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(4/4)

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④感染の対策

前回の記事で、感染の原因を3つ挙げました。今回は、その要因毎に対策を例示します。

まずは、物理的要因について。

物理的要因の中でも、最も重要なソーシャルディスタンスを保ちにくいという現状に対して、当局は、施設内の労働者を減らす、労働者間の距離を6フィート以上保つ、場合によってはパーティションを設置することを推奨しています。
具体的には、労働者が向き合わずに適切な距離を保つことができるよう、作業場の配置を変更する、カーテンやアクリル板で仕切りを使用する、作業場所をフロアにマークする、といった対応を命じています。

当たり前ではありますが、サージカルマスク等、適切な保護具を労働者に提供する、非接触のハンドサニタイザーを追加する、清掃の頻度・確度を上げる、といった衛生面での改善も有効です。

前回の記事でも指摘した生産速度の激しさに対しては、生産ラインの速度を下げることで、呼吸がしやすくなり、適切な位置にマスクを保つこともできるようになると考えられています。

さらに、エアロゾル感染のリスクを高める空調・冷房設備に関しては、労働者間の送風を最小化する、個人用の冷却ファンを撤去するといった対策も勧められています。

また、不特定多数への接触を避けるために、可能な限り同じメンバーで作業をするように、シフトを固定する、逆に、交代時間や休憩時間をずらす、勤務時間に関する対策も効果があるとされています。

勤務時間外だと、手狭なことが多い休憩室の配置換えやパーテションの追加も効果的とされています。

また、労働者が施設へ入る前に非接触型の体温計とサーモグラフィーを使用して検査することで、外部からウイルスが流入する可能性を低下させる等の対策も、既に多くの施設で実施されています。

現在、感染拡大防止のために、労働者を減らしている工場も多いですが、機械化を推進することで、生産能力を保ちつつ、労働者の密度を下げることも可能です。

ある欧州の豚肉処理メーカーは、積極的に進めている機械化が助けとなり、8000人の従業員のうち陽性が判明したのは一桁だそうですが、こうした例はごく一部で、コストの高さや個体差への対応が難しいという理由もあり、まだ機械化は進んでいません。

とはいえ、不法移民を始め、安い労働力に依存しているアメリカの大手食肉メーカーですらも、機械学習を活用したロボットに投資をし始める等、食肉産業でも徐々に需要が高まり、関連技術が開発されています。

ハードルはありますが、今回の感染症が契機となり、少なくとも機械化の方向に進み、感染症のリスク低減に寄与すると思われます。

次に、社会的要因について。

当局から発表された最新のデータでは、食肉工場の感染者のおよそ9割が有色人種だったことが判明しています。

前回も指摘した有色人種や移民の問題は根深く、一朝一夕に改善することのできるものではありませんが、短期的に実行可能な対策をまず紹介します。

物理的要因でもありますが、こうした労働者は同僚と同じ車で通勤することも多いため、相乗りを避ける、シャトルバスの人数を制限するということが当局に勧められています。

実際のところは、足がない中で相乗りを避けるように言われても難しいため、会社が座席間隔を十分に開けたシャトルバスを用意する以外に、通勤時のマスク着用、社内の殺菌・清掃を心がける程度が精一杯と考えられます。

前回の記事で指摘した、同居・共同生活の状況に関しても、労働者・世帯の経済状況が向上しないと改善されるものではなく、住宅補助を始め、福利厚生・待遇の向上や政府等の支援が望まれます。

外的補助でいえば、医療保険の加入率を上げる、医療へのアクセスを向上することも、改善策の一つになりえます。

最後に経済的要因について。

前回指摘したように、経済状況と感染症の感染率・死亡率は関係があると言われているため、労働者の経済状況の改善は必要不可欠です。

労働者の所得向上が一番ですが、食肉工場の労働者は労働市場で弱者であり、居住地域で食肉工場以上の職場がない可能性もあり、労働者がより良い待遇を求めて転職するというのもあまり現実的ではありません。

一方、雇用主としては、まず病気休暇制度やインセンティブプログラムを見直し、感染で欠勤しても給料が保証されるように、労働者が安心できる待遇を提供することが求められます。

そして、先述の医療保険の付与しかり、従業員の健康面や安全面に対して、経済的に負担をし、責任を負う必要があります。

また、安全管理の杜撰さや不法就労・低待遇に繋がる派遣制度を直接雇用に切り替える、身分証明書や就労許可の確認を徹底する、といった対策も、間接的な改善策になりえるでしょう。

そして、食肉メーカーのみならず、政府や地域の公共団体においても、労働者の大半を占める不法就労者や移民、有色人種の支援や保護に努めることが、これら問題の根底に潜む「格差」を是正することにも繋がると考えられます。

日本もそうですが、アメリカにおいて、格差問題は根が深く、感染症に関する数字に現れるように健康格差を生み、そして犯罪、差別、分断を助長します。

こうした複合的な問題に真摯に向き合い、解決していくことが、感染症に対してもより強靭な社会を形成することでしょう。

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以上、各要因に対する具体的な解決策を紹介しました。

しかしながら、これだけでは根本的な解決にはなりません。

いくらこれらの要因を改善したとしても、格差等の問題を根絶し、物理的な感染リスクをゼロにしない限り、また新たな感染症が発生すれば、同じことが繰り返される可能性があります。

先日、隣国で新たな豚インフルウイルスの存在が報告されましたが、調査した養豚場や周辺地域で1割程度の人に抗体が確認される等、今回の感染症への恐怖もあり、感染拡大が懸念されています。

結局のところ、物理的・社会的にゼロリスクにすることは不可能なため、感染症が発生・拡大しやすいシステムにいる限り、根本的な問題を絶たない限り、歴史が繰り返されるだけなのです。

タンパク質の摂取を動物に強く依存する現代社会では、家畜という「増幅器」により、いつ何時でも、感染爆発が起こる可能性があります。

その上で、根本的な打開策として期待されているのが「代替タンパク質」です。

これは、

動物性タンパク質(肉、魚、卵、乳製品等)を
従来の方法(畜産、養殖、狩猟・捕獲等)に
代わる方法(植物資源代替、細胞培養、発酵等)で

生産したタンパク質のことを指します。

具体的には、豆等の植物性タンパク質から作った代替肉や植物肉・プラントベーストミートと呼ばれるものが代表例です。

懸案の感染症はもちろん、ガン等の疾病リスクを下げ、温室効果ガスの排出や水・土地の使用を削減する等、人間、動物、そして地球に優しいタンパク質として、近年注目されています。

※詳しくは、下記の記事をご参照ください。

そうした代替肉の代表的なメーカーであるImpossible Foodsは、こうした製品へシフトすることで、食肉工場の労働が、より清潔で高待遇になると述べています。
競合であるBeyond Meatも、こうした"クリーン"な製品によって、消費者も従業員もみんなが健康になれると謳っています。

感染症を含む様々なリスクに対する、従来のタンパク質供給システムの脆弱性が叫ばれている今、こうした新たなタンパク質が必要とされているのかもしれません。

※後書き

エネルギー源が鯨油・石炭から石油・天然ガスへ、そして再生可能エネルギーへ移行しているように、また乗り物が馬車から蒸気自動車へ、そして現在ガソリン車からEV・燃料電池車へと移行しているように、燃料源や車両はその時代に合わせ、またより持続可能な手段へとシフトしてきました。

人間にとってのエネルギー源である栄養素や、生態系でエネルギーを運搬する乗り物である食料もまた、時代に合わせて自然に移り変わるものと思われます。

こうした流れは、今回の感染症等も契機となり、より加速的に普及すると予想されています。
実際、アメリカの食肉メーカーはもちろん、日本の食肉大手も次々に、代替肉を発売しています。

まだまだ発展途上ですが、もし代替タンパク質製品を目にする機会があれば、ぜひ試してみてください。

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