感染症と食肉加工 裏に潜む格差(1/4)
◎要約
アメリカを中心に、世界中の食肉加工場で新型肺炎が蔓延し、数百人から千人規模のクラスターが次々と生まれている。工場が相次いで閉鎖されたことで、食肉供給も多大な影響を受けており、感染爆発のキードライバーである食肉工場における集団感染の迅速な収束が求められている。
前回、感染症の歴史を踏まえ、その原因と予防策を、3つの記事にわたって投稿しました。
特に感染症と動物・家畜の関係について掘り下げ、既存の動物性タンパク質に代わり、感染症のリスクを低減する手段として「代替タンパク質」を紹介しました。
記事で指摘した通り、感染症のリスクを含め、現在のタンパク質の供給手法は、様々な問題を孕んでいます。
そうした課題の改善が求められる中、危惧されていたことが起こりました。
アメリカを中心に、世界中の食肉加工場で新型肺炎の集団感染が広がっているのです。
食肉処理施設が次々とクラスター化したことで、閉鎖を余儀なくされ、食料供給にまで影響が出ています。
なぜこうした現象が頻発するのか。
単に閉鎖空間の工場だから蔓延したのか。
感染者が多い国で、たまたま食肉加工場に流入したのか。
なぜアメリカの食肉加工場で特に広がっているのか。
このあたりの疑問にも答えるため、
①感染の状況 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(1/4)
②感染の背景 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(2/4)
③感染の原因 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(3/4)
④感染の対策 ー感染症と食肉加工 裏に潜む格差(4/4)
の4本立てで、感染症と食肉加工の関係について紹介します。
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①感染の状況
まずは、マクロの状況から。
今日現在、世界全体で新型肺炎の感染者は600万人超、死者は40万人に迫る勢いです。
中でもアメリカは、200万人近くに感染が確認され、10万人以上が命を落とす等、未だ予断を許さない状況です。
そうした中、アメリカの食肉加工場がクラスター化し、感染が拡大しているというニュースが度々聞かれるようになりました。
3月末にサウスダコタ州の豚肉加工工場で感染者が確認されて以来、同工場を始め、アメリカ中の食肉処理場で次々とアウトブレイク(感染の勃発、大流行)が起こっています。
5月末の統計では、100を超える食肉加工場で少なくとも2万人の労働者が感染していることが報告されています。
下の表は、ニュース記事で公表されている感染者数を集計したデータです。
基本的に食肉メーカーは具体的な数を公開していませんが、自治体が発表したり、メディアが報道しているものだけでも、これだけの数になります。
※5月31日時点(筆者調べ)
多いところでは、一つの工場で1000人超、労働者の6割が感染し、10名近くが亡くなるケースも確認されています。
特に大手食肉加工メーカーの工場で感染が拡大しており、上位3社のみで感染確認者の過半数を占めると報告されています。
さらに、日本の大手総合商社・食肉メーカーの資本が入る豚肉処理場でも、300名以上の感染が判明し、閉鎖を余儀なくされました。
その子会社の食肉加工場も多数の感染者が出て閉鎖される等、食肉生産の多くを輸入に依存し、アメリカ産肉の最大輸入国となっている日本にとっても対岸の火事ではなくなっています。
ここで、食肉加工場での感染に関するデータをいくつか示します。
こうした食肉加工場があるカウンティ(州と市の間の行政区域)の感染率は、全国平均の倍、食肉加工場のないカウンティの5倍に至ると言います。
※食肉加工従事者に限ると、全国平均の10倍を超えると予想されます(次記事参照)。
4月に入ってから農村部の感染増加率が8倍を超え、大都市圏の感染率を上回りましたが、これは、農村部にある食肉処理場に加え、共同生活をしている刑務所や介護施設などが原因とされています。
一人当たりの感染率が極端に高いホットスポット25箇所のうち、少なくとも12箇所が食肉加工業に由来していたとの報告もあり、感染した労働者から、家族、知人、第三者へとさらに感染が拡がるため、食肉工場は、今日のアメリカの、とりわけ地方における感染拡大のキードライバーと考えられています。
ドライバーの一つである刑務所に関しては、囚人の早期釈放、一部閉鎖といった手段を取るところもあるくらいですが、食肉処理工場も、感染拡大を食い止めて対策を取るために閉鎖し、労働者も休業を余儀なくされました。
下のマップの通り、現在は稼働率が改善してきましたが、一時は数十工場が閉鎖する等、食肉業界が混乱に陥りました。
次に、食肉工場での感染拡大の影響に関して。
こうした工場の閉鎖は、食肉の供給にも多大な影響を及ぼしています。
牛肉、豚肉、鶏肉いずれにおいても、卸売価格の上昇が報告されており、上表でも分かるように、とりわけ工場閉鎖が多かった牛肉と豚肉の価格は、わずか一ヶ月で倍増しています。
一方で、加工前の牛や豚自体の取引価格は激減しており、種々の理由から畜産農家が泣く泣く家畜を処分するといったケースも報告されています。
しかし、販売価格が仕入れ値を大きく上回るため、工場の閉鎖があっても、食肉加工メーカーの利鞘はむしろ増えるという見方もされています。
どうして、こうしたことが起こるのでしょうか。これを理解するには、サプライチェーンの流れを知っておく必要があります。
パデュー大学・農業経済学部の教授が、食肉の流通経路をわかりやすく図解してくれているので、記事を引用します。
要約すると、食肉のサプライチェーンは、飲食店や小売店からの需要、畜産農家からの供給、そして食肉加工場での処理、全てが連動して動いているため、このうちのどれか一つでも停止・減少するとバランスが崩壊するということです。
今回のケースでは、
・まず飲食店での食肉需要が落ちた一方で、家庭での消費や外出禁止前の買い溜めにより小売店での食肉需要が増え、結果的に全体として食肉の需要が増し、取引価格も上昇した。
・その後、買い溜め需要が落ち着いたことで、価格が減少に転じた。
・しかし、感染拡大で食肉工場が閉鎖されたり、稼働率が低下したことで、供給量が急速に減少した結果、卸売価格が急増した。
・一方で、食肉工場の処理能力が減ったことで、家畜の需要が減り、家畜の価格が減少した。(特に、出荷スパンが短く、平常時でも過密飼育されることが多い鶏や豚は、飼育環境が悪化しやすく、売り先減少とコスト増加も併せ、三重苦に苦しむ畜産農家が、先述した最終手段を取るにまで至っている。)
※余談ですが、穀物のサプライチェーンもバランスが崩れています。需要が増加した殺菌用エタノールの生産に飼料作物(通常でもトウモロコシの4割)が回され、物理的・経済的にも出荷せずに肥育し続けることが難しいようです。
したがって、食肉のサプライチェーンで、特に食肉処理場がボトルネックになっているため、食肉工場の稼働率次第で、「畜産農家は供給過剰なのに食料品店では供給不足」というねじれの現象が起こることがあるのです。
このように、食肉工場の閉鎖は食料供給に多大な影響を与えています。
そうした中、トランプ大統領が、朝鮮戦争直前に制定された「国防生産法」を特例で利用し、有事における重要インフラであるとして、食肉加工場の再開と生産継続を命じました。
それに対し、食肉メーカーは喜びの声を上げた一方で、労働組合は感染リスクへの懸念を表明するなど、労働者の健康が心配されていました。
結果的に、そうした不安が的中し、継続・再開の発令後、食肉加工場がある郡での感染率が前週より倍増してしまいました。
現在も、食肉加工場での感染拡大は増加し、大きな不安材料となっていますが、CDC(疾病予防センター)からも食肉加工場用にガイダンスが発表される等、官民が連携して感染拡大を防止しようと取り組みが進んでいます。
最後に、世界の食肉工場での感染状況について。
このように、アメリカの食肉加工場での感染拡大を紹介しましたが、世界中でも同じ徴候が報告されています。
隣国カナダでは、牛肉生産の7割を担う2工場で新型肺炎が蔓延し、1500名以上の感染者を出す同国最大のクラスターとなる等、アメリカ同様、感染者が相次いでいます。
欧州でも感染は広がっています。
ドイツでは複数の工場で感染が拡大し、1100人の労働者のうち400人に陽性が判明した食肉工場もあります。
フランスやスペイン、オランダでも、数百人単位の感染が確認されています。
アイルランドでは、10箇所以上の工場で1000人近くが感染したとの報告があり、労働者の50%以上が陽性という驚異的な感染率の工場も発覚しました。
お隣のイギリスでも、豚肉の3割を供給する食肉メーカーで感染が判明し、3人の方が命を落としています。
南半球でも感染が拡大し、オーストラリアでは、ラムやマトン等の処理場で100人超の感染が判明し、同国最大クラスターの一つと化しています。
食肉生産の盛んなブラジルでも、複数工場で1000名近い食肉工場労働者の感染が確認され、現在急増しています。
また、畜肉に限らず、ガーナでは、マグロの処理工場で500人以上が感染し、同国最大のクラスターとなっています。
※5月31日時点
国際ニュースとして大きく報じられたものだけでも、これだけの国で感染が判明しており、実際はさらに多くの国でより多数の労働者が感染しているものと考えられます。
このように、欧米を中心に、感染爆発と食肉供給減というダブルパンチを社会が受け、食肉工場従事者の健康や畜産農家の生計にも大きな影響が出ており、いち早い収束が求められています。
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以上、アメリカを中心に、食肉加工場での感染の状況と食肉供給への影響を報告しました。
次回は、食肉加工場で集団感染が起こる背景について深堀りして、最初に問いかけた「なぜ」を解いていきます。