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海外の自動車メディアには「間違い」が多い? とんでもないミスだらけ、でも面白い

何かがおかしい!海外の自動車メディア

僕は、海外の記事を「翻訳」する仕事を3年ほど続けているフリーランスだ。主な分野は自動車で、アメリカやイギリスで書かれた新車ニュースなどを日本語に訳し、国内メディアのウェブサイトに入稿するというのが大まかな流れとなる。

イギリスで発行される『AutoExpress』

幸運にも、翻訳を担当させていただいた記事はYahoo!ニュース、SmartNews、そしてSNSなどに掲載されることがある。読んで下さった方からはさまざまなコメントをいただく。その中には、拙文に対するお叱りの声も多い。

お叱りコメントの内容としては、「誤字」「脱字」「文章の乱れ」を指摘するものが過半数を占める。また、記事に記載されている「年月日」や「馬力」「生産台数」など、数値の誤植に関するご指摘もある。これらはひとえに、僕の文章作成能力の低さ、校正の不足、事実確認の漏れが原因であり、頂戴したご指摘はすべてライターとしての腕を磨くための ”糧” にしているつもりだ。

でも、ここで是が非でも伝えたいことが1つある。

アメリカで発行される『Car and Driver』

冒頭で述べたように、僕の仕事は翻訳をメインとしている。書かれている内容は基本的に海外メディアの英文記事がベースである。誤字脱字は別としても、海外の記事には【間違い】がたくさんあるのだ。それも、呆れてしまうようなおかしなものがたくさん。

無論、日本向けにローカライズするにあたって事実確認と校正をしっかり行い、正しい情報を届けるのが僕の役割だと考えている。日本語に翻訳した記事は、基本的に僕と日本の担当編集部(お取引先)がその責任を負う。読者からのお叱りのコメントも、僕自身にいただいたものとして受け止めている(そもそも読者の大半は海外メディアの翻訳記事であることに気付いていないし、気にしてもいない)。

だけど、それでも、翻訳元が誤った情報を流していることに対して、華麗にスルーできるほど僕は大人ではない。正直に言うと、「海外ニキ・海外ネキが間違ったことを書いているせいで僕が叱られるじゃないか」という気持ちもゼロではない。彼らがきちんと正しい情報を書いてくれれば、僕も校正の手間が省け、叱られる機会も減るのに……と、捻くれてしまうこともある。

おかしなミスの多い記事を翻訳するのはちょっと大変。

実際、海外のメディア、特にイギリスの記事によく目を通していると、スペルミスや数値の誤植だけでなく、明らかに誤った人名、役職名、商品名、地名などに遭遇する。そして、それらは基本的に修正されることなく、間違ったまま放置されている(!)。その数やミスの度合いは、日本国内メディアの比ではない。

さらに、最も驚くべきことは、そうした誤りを指摘する読者がほとんどいないことである。日本では漢字一文字間違っただけで何件ものコメントが寄せられるというのに、この違いは一体何なのだろう……?

実例を紹介していこう。

なぜそんなところを間違える?

誤解のないようにしておくと、ここで僕が「海外メディア」として挙げているのは主にイギリスの自動車系ネットメディアであり、あらゆる国・分野を包括しているわけではない。そのため、ソースに大きな偏りがあることを強調しておきたい。僕が見ている世界はとても狭い。

また、間違いが多いとはいえ、記事の内容そのものが全然ダメだとか、信ぴょう性が低いと言うつもりもない。僕の翻訳業務には支障をきたしているが、どんなに酷いミスがあっても読者に伝えたい【本質】はちゃんと押さえてある。それが海外(主にイギリス)では普通のことなんだろうと思う。このあたりの「感覚」の違いについては、また後日のブログでまとめたい。

さて、僕はこれまで、アメリカ系とイギリス系のメディアから翻訳のお仕事をいただいてきた。(仕事の細かい流れなどは、長くなるのでまた別の機会に)

僕は新型車のニュースなどの翻訳を担当させていただくことが多い。(画像引用:FIAT 600e)

翻訳記事を書くにあたり、僕は事実確認と勉強を兼ねて、複数のネットメディアに目を通すようにしている。具体例をいくつか挙げると、アメリカ系では『CAR and DRIVER』『MotorTrend』『SlashGear』、イギリス系では『Top Gear』『Auto Express』『Autocar』などを定期的に巡回している。米SlashGearはどちらかというとIT系がメインのメディアなのだが、自動車関連の情報も多く発信している。

メディアといえば、自動車メーカーが運営するプレスサイトやオウンドメディアも範疇に含まれるかもしれないが、さすがにメーカー側が誤った情報を発信したり放置したりすることは考えにくいし、毎日のようにサイトを訪問している僕もまだ遭遇したことがない。今のところ手放しで信用できるのはメーカーのプレスリリースと仕様書だけというわけだ。

イギリスで発行される『Autocar』

では、海外(主にイギリス)の自動車系メディアは一体どんな間違いをやらかしているのか。僕がこれまでに出会った大きなミスは、以下の通り。

海外メディアがやりがちなミス

  • 人名、商品名、企業名などの固有名詞を間違える。

  • 年月日、馬力や最高速度、寸法などの数字を間違える。

  • 同じ記事内で1つの段落がまるごと重複している。

  • 文章と画像がマッチしない。(全く関係ないクルマの画像が使われる)

  • 後から追加情報が入った記事をアップデート・再掲載しても、更新していない箇所が複数点在する。(数か月以上前の古い情報を直さないまま再利用する)

  • 「詳細レビュー」「試乗記」などと称しておきながら、クルマの乗り心地などの詳細にほとんど触れられていない。(これは国内メディアもあるかも)

ざっと思いつくだけでもこれだけある。誤字脱字は含めていない。何度も言うが、これらは基本的に修正されないと考えていい。そして、読者からも誰からも指摘されることはない。永遠に間違ったまま、ネット空間を漂い続けているのである。

海外の読者の心の広さ、そしてネットの海の深さよ。

続いて、個人的に「これはすごいぞ!」と思わず唸ったミスの具体例をいくつかご紹介したい。都合により、今回は英『Autocar』誌の事例に限って取り上げるが、同誌の品質と信ぴょう性が特に低いというわけでは決してない。他のメディアにも同様のミスは見られる。

【具体例1】車名が間違っていませんか?

ポルシェのスポーツカーに「718スパイダーRS」という高性能車がある。英語では「Porsche 718 Spyder RS」というのが正式な表記となる。

しかし、英Autocar誌のある記事ではなぜか「Porsche 718 Spyder GT4 RS」と表記している。ポルシェの製品紹介ページと、同誌が2023年7月13日に掲載したニュースのタイトルを見比べてみてほしい。

ポルシェの「718 Spyder RS」製品紹介ページ(英語版)


『Autocar』誌が2023年7月13日に掲載したニュース。(画像は同年9月にスクショ)

明らかに「GT4」という余分な単語が混じっている。ちなみにポルシェのラインナップに「718 Spyder GT4 RS」という車種は存在しない。販売される地域によって車名を変えるというのは自動車業界ではよくあることだが、ポルシェのイギリス向けサイトや、イギリスの他社メディアを確認してもこのような表記は出てこなかった。つまり、単なる【誤表記】と判断していい。

なぜこんな表記ミスをしたのか、ポルシェに詳しい人ならなんとなく想像がつくかもしれない。実はポルシェには「718ケイマンGT4 RS(英語表記:718 Cayman GT4 RS)」というよく似た名前のスポーツカーがあるのだが、これと混同してしまったのではないかと思われる。タイトルだけでなく、本文もすべて誤った表記で書かれている。

しかし、こんな大胆なミスをしておいて、さすがのイギリス人読者も見逃さないだろうと思い、記事のコメント欄を探したが無駄足だった。車種そのものに対する言及はあれど、車名に関するコメントは一切なし。僕はもう、いてもたってもいられなくなって「suzuka」というペンネームで自分から問いかけてみた。

当該記事のコメント欄。僕は「suzuka」としてコメントしたが空振りに終わった。

僕は「ここに書かれている車名って合ってますか? 誰か教えて」という主旨のコメントを投稿した。おそらく英文の書き方は概ね間違っていないと思うのだが(自動翻訳でも繰り返し確認した)、2か月たった今でも反応はない。

ちなみに、他の投稿者のコメント投稿日時を見ると「5月」になっているが、これは記事がもともと5月に掲載されたものに内容を追加して再掲しているためだ。URLはそのまま、追加情報を加えて(といっても画像を増やしただけ)7月に再掲載したのだろう。コメント欄は5月時点のまま引き継がれたようだ。

つまり、そう、つまり、5月の時点から車名が間違っていて、再掲しても未だに直っていないのである。

こんなことって、日本国内メディアのニュースで起こりうるだろうか?

なお、Autocar誌の名誉のために書いておくと、すべての記事でポルシェの車名が間違っているわけではない。他の記者が書いた同車種の試乗レビューでは、正しい車名が記載されている。

一応、当該記事のURLを貼っておくので、皆さんの目で確かめてほしい。もし、修正されていたらコメントで教えてください。

【具体例2】ちゃんと特集組む気ありますか?

「今オススメの新商品〇〇 15選」といったタイトルの記事は、皆さんもよく目にするのではないだろうか。こういう記事は特集記事や厳選記事と呼ばれ、いくつかの商品をランキング形式で紹介するのが一般的だ。ニュース記事ほどお硬いものではないし、気になっている商品を一度に比較できるので、購入時の参考に読むという人も多いだろう。

英Autocar誌はここでもやらかしている。最近、僕が一番驚いたのは2023年5月26日に掲載された「Top 10 best compact crossovers 2023」という記事だ。小型クロスオーバー車のオススメ10車種を紹介するという内容で、日本車もいくつか取り上げられていた。問題は、ランキング第3位と第4位の紹介文にある。まずは、2枚のスクリーンショットを見ていただきたい。

第3位にルノー・キャプチャーという車種を紹介している。内容は至って正常。


第4位はヒョンデ・バイヨンを紹介。途中で広告が挟まっているが、本文にご注目。

お気づきになられただろうか。第3位としてルノー・キャプチャー(Renault Captur)という車種を、第4位でヒョンデ・バイヨン(Hyundai Bayon)を紹介しようとしているのだが、どちらも本文がまったく同じなのである。一文一句違わず、コピペされている。これはミス以外の何物でもない。

もちろん、キャプチャーもバイヨンもまったくの別物だから、紹介内容がかぶることは絶対にありえない。第3位のキャプチャーは問題なく紹介できているのだが、なぜかその本文が、次に紹介するバイヨンにまるまる移植されているのだ。小見出しこそ「4. Hyundai Bayon」と飾っているが、一行目から「The second-generation Renault Captur……(第2世代のルノー・キャプチャーは……)」と盛大に間違えている。

本当にどうしようもないミスだ。あくまで想像だが、記者はおそらく第1位→第2位→第3位→第4位……と書き進めていくときに、前のフォーマットをコピペした上で小見出しと本文を直していこうとしたのだろう。しかし、どういうわけか第4位の本文だけ書き直すのを忘れてしまった。そして、こともあろうか、まったく気付かずにそのまま誌面に掲載してしまった。……そんな経緯があるのではないだろうか。

そして例のごとく、修正はまったくなされていないし、指摘するコメントも一切ない。5月26日の掲載から4か月、記事は至って平和な時間を過ごしている。


取材力とコンテンツはすごいのに詰めが甘い

このブログでは海外メディア(特にAutocar誌)を散々に書いたが、前述の通り、「だから海外メディアは信用ならん」と言いたいわけではない。

例えば、Autocar誌は「世界最古の自動車雑誌」を標榜するイギリスのメディアである。100年以上前に自動車雑誌を創刊し、近年ウェブメディアを立ち上げてからも紙媒体を主軸に置いて発行し続けている。

少し擁護すると、Autocar誌の取材力は素晴らしく、「こんな情報をいったいどこから仕入れてきたのか」と驚くような報道も少なくない。匿名の関係筋から入手したという開発中の新型車に関する極秘内部情報などは、特に読み応えがある。人気車種の将来について上級幹部から重要な示唆を引き出したり、経営トップの過激な発言を逃さずキャッチしたりと、自動車業界に興味がある人なら思わず目を奪われてしまうような内容が多い。その報道内容は、他メディアに引用されることも珍しくない。

『Autocar』誌は由緒ある自動車雑誌で、白黒はっきりしたレビューも面白い。

また、自動車雑誌にとって重要な試乗記・レビュー記事もなかなか刺激的である。競合他社を引き合いに出し、「△△についてはXX(他社)に劣る」とか「面白みに欠ける」といった率直な評価を読むことができる。イギリス人らしい辛辣なコメントに思わずたじろぐこともあるが、実際に試乗した記者がどのような印象を受けたのか、リアルな肌感のようなものが全体的な文面から伝わってくる。明らかに「あぁ、この試乗は退屈だったんだな」という場合もあれば、「仕事抜きでめちゃくちゃ気に入っているではないか」という場合もある。その点も含め、面白い。

そんな立派なメディアだからこそ、前述したような「しょうもないミス」が起きてしまうのが本当にもったいないというか、何というか……。面白い内容の記事は書くのに、細かい部分がほとんど配慮されていない。おそらく、記者のイギリス人たちは「枝葉の仕上がりより、一番大事な幹を太く育てる」ことに神経を注いでいるのだろう(時々、幹の管理も怠る)。

なぜ、海外の自動車メディアにはおかしな間違いが多いのか、はっきりしたことはわからない。ただ、僕なりに思うところがあるので、そのあたりは別のブログでまとめてみたい。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。みなさまもぜひ、海外の自動車ニュースを読んでみてください。注意深く読んでいると、「あれっ?」と気付くことがあるかもしれません。

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