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才能④


「どうしたの?」


それまでの彼女と反転して、ふいにぼくに対して優しさが注がれた。それは、それまで棘のついた言葉しかなかった中に、突然手を差し伸べられた瞬間だった。急に投げかけられる棘の外された言葉に対して、ぼくの頭はついていけなかった。


でも、感じたのは、少なからず彼女は「棘を取った」のではなく、「棘をつけることができなかった」ということ。それは彼女が意図せず出した助け舟に等しく、彼女の部分的な優しさを意味していた。


それでもぼくは、今日のそれまでの彼女との過程において、この先の不利を悟った。それはつまり、これまで隙隙に感じていた彼女とぼくとのブレであり、それがぼくの中での統計的にこの先の行き止まりを察した瞬間でもあった。


咄嗟。苦し紛れ。曖昧。言い訳。ぐちゃぐちゃな後付け。


それは片付けられないほど溜まってしまっていて、二人で掃除するには難しく感じられる。


あとには引けないし、このままの体裁で前に進むこともできないし、このままでい続けることは停滞となる。その代わりに数少ない枝別れだけは見つけることができていた。


彼女のかつてを知っているから、ぼくの中で彼女との分別をつけることは困難を極めていた。それは彼女と一緒に引っ張り合ってきた綱のようなものを突如、手放すことを意味した。


人は存続を愛し、斬新を恐れる。一つの新しさの中で、彼女の未来の一時的な狼狽を想像したとき、ぼくは手を離せずにいたが、覚悟を決めた。


「意外とさ、公園のあそこの椅子に座ったら、景色が違って見えるんだよ。」


遠ざかる彼女。その景色はそのままで、でも確かに彼女からは遠ざかっていて、でも、彼女のことは信じて、それだけは心に決めて、手を離した。


見える景色。それは必ず戻ってくる燕みたいで、いつかの安心感を思い出してぼくは僅かに泣いた。


君だけが泣かなければ、それでいいのだから。


それがぼくだけの才能だって信じている。