【日記エッセイ】 「餃子の王将編 皿洗いとタダ飯 」
手持ちのお金がなく死ぬほど腹が減っていた日があった。大学1年生の4月の話である。そんな時にふと映画サークルの先輩から聞いた皿洗いをするとタダで飯を食える王将の話を思い出した。僕はそこに行こうと思い立った。
商店街を横に抜けて暗い路地に入っていく、するとこじんまりとした王将が急に顔を出す。入り口には「めし代のない人お腹いっぱいタダで食べさせてあげます」と書いた張り紙が貼ってある。
ほんまにあるんやと思った。僕は恐る恐る店に入った。
高身長の顔の濃いおじさんが「いらっしゃい」と言った。奥の方からも「いらっしゃい!!」という大きな声が聞こえる。
僕は勇気を出して「あの、皿洗いをしたくて…」と言った。
濃い顔のおじさんはそれを聞くと「そうかそうか、じぁ、リュックをそこの椅子に置いて、このエプロンを巻いて」と淡々と言って僕にエプロンを渡した。
僕は向こうの慣れた対応に逆に落ち着いた。
リュックを置いてエプロンを巻くと「こっちきて」と言われ、食器が山ほど水に浸かったシンクの前に立った。「その水に浸かった食器を洗ってここに置いていって、じぁいまから30分ね」とすぐさま皿洗いは始まった。僕は皿を洗った。
洗いながら周りを見渡す。
濃い顔のおじさんはどうやら店長らしく、主に接客とレジをしている。僕の後ろのメガネのおじさんは餃子を焼いたり盛り付けしたりしている。僕の横の歯のないおじさんはずっとでかい中華鍋で炒め物を作っている。
そして皿洗いの僕、そんな4人体制でこの王将は回っていた。
歯のないおじさんは炒め続けていてドアの方を向く余裕がないため、ドアが開く音がすると反射的に「いらっしゃい!!」と声を張り上げた。だからお客様さんが帰る時でもドアが開くと「いらっしゃい!!」とおじさんは声を張り上げた。
僕が皿洗いをしてる時でもお客様さんは入ってくる。僕が見えるカウンターの席に座った人が自然に僕に「日替わり定食でー」と言ってくる。僕は「わかりましたー」と言って、メガネのおじさんに「日替わり定食お願いしますー」と伝える。するとメガネのおじさんが「あいよっ!」と言ってくれる。たかだか30分だけだけど、ここの一員になれている感じがしてなんだか嬉しかった。
僕は30分の皿洗いを終える。顔の濃いおじさんが「エプロンを取ってそこにかけて、メニューから好きなの注文して」と言う。
僕は腹が減って仕方がなかった。ラーメン餃子セットを頼んだ。メガネのおじさんが「いっぱい食え」と言って出してくれた。
僕は矢継ぎ早に麺を綴って、餃子を口にほうばり、白飯を掻き込んだ。美味かった。そして感じたことのない満足感もあった。ただ30分皿洗いをしただけの何処の馬の骨かも分からない僕に飯を食わしてくれた。おじさんたちは僕を憐れむわけでもなく咎めるわけでもなかった。普段の世界とは別の世界がそこにはあった。
腹を満たした僕はお礼を言って頭を下げリュックを持って店を出た。もちろん僕が店を出る時も「いらっしゃい!!」と大きな声が聞こえた。僕は奇妙な時間と空間を体験した。でもそれがなんだか嬉しく、口笛を吹きながらチャリに乗って鴨川を通りながら帰った。
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