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セックスワーカーたちの3.11――小野一光『震災風俗嬢』(集英社文庫、2019年)

3・11と性風俗といえば、ノンフィクションでは山川徹『それでも彼女は生きていく 3.11をきっかけにAV女優となった7人の女の子』(双葉社、2013年)、フィクションでは廣木隆一『彼女の人生は間違いじゃない』(河出文庫、2017年)などが思い浮かぶ(後者は著者自身によって2017年に映画化もされた)。どちらにおいても、震災をきっかけにAVやデリヘルなどセックスワークの世界に足を踏み入れるようになった女性たちの現状がリアルに描かれていた。

そうした類の一冊かと思って手にとったのが本書だったが、ちょっと違った。この本は、宮城や岩手などのデリヘルで働く女性たちが3.11というできごとをどのように体験し、生き延びてきたのか、とりわけ震災直後から数年間という時期における被災地の性産業の現場がどのようなものであったのかを記録した「セックスワーカーたちの3.11」である。著者は、「戦場から風俗まで」を掲げ、殺人事件や風俗嬢インタビューなどの取材・執筆を行うフリーライター。

本書に登場する9人の風俗嬢たちのなかで、最も印象的なのが石巻市内で暮らすユキコさん(取材当時40代)のライフストーリーである。夫と3人の子どもたちと暮らし、ほかに恋人ともつきあいながら、デリヘルで働く彼女は、津波で両親を失っている。震災前に離婚直前だった彼女は、3.11をきっかけに「いまはそれどころじゃない」と、ケアのユニットとして〈家族〉――そこには婚外の恋人もふくまれる――を再編し、危機を乗り越える。

彼女だけではない。大切な誰かを津波で失い、深い傷を負った「女の子」やその客の男たちが、本書には数多く登場する。自身もトラウマを抱えながら、他者をいやす感情労働に関わり、ときにその傷を悪化させる被災地のセックスワーカーたち。彼女らの知られざる献身が傷ついた男たちを救った側面はあるのだろう。だが、それは美談になるのだろうか。美談としてうけとるのでないとしたら、私たちは彼女らのストーリーをどのように聴けばよいのだろうか。(了:2024/01/21)

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