リトルウルフキャンプとはなんなのか
広大な森の中をパック(群れ)で探し追いかけ捕まえ逃げられ、それでもなんとか捕まえた鹿を引きずって、狩り場に入れようとするリトルウルフたち。そのパックをつながりを、引き剥がしに猛烈な勢いで突進してくる他の鹿たち。
リトルウルフたちの息は切れ腕の力と握力はもうほとんど残ってない。いろんなところが痛い。怖い。もう嫌だ。それでも身体の奥底から湧き出る力を振り絞って全身の力を振り絞って叫ぶ。
つながれ!絶対に離すな!
私が止める!あっちを助けて!
行け!!行け!!
リトルウルフたちと鹿たちの生命(いのち)をむき出しにした一瞬一瞬全身全霊の攻防が繰り広げられる。
我々マネジメントスタッフもまた、一緒に全力で走りながら、もみくちゃになっている中でリトルウルフや鹿が潰れてないか、首が絞まってないか、樹や根に頭をぶつけないか、確認しながら時に身体を入れて守っていた。心肺は悲鳴をあげてるが全集中して守る。絶対に守る。
狩場までなんとか引きずり込んだリトルウルフたちがパックで一気に鹿に覆い被さる。
カウントだ!!
そこにいるパックのリトルウルフたち、パック付きのグループカウンセラーたち、キャンプディレクターの松木さん、我々マネジメントスタッフたち、全員が喉が潰れるほど声をあげカウントをする。リトルウルフたちと鹿たちの極限の生命が躍動し魂がほどばしる。
僕も喉が枯れ切れそうになりながらカウントを叫びながら、内から何かが湧き出て溢れそうになる。涙が止まらない。
生命が尽きようとしている鹿役の者たちの、尊く、おごそかで、気高く威厳がある最後の瞬間。リトルウルフとなった子どもたちの、小さな身体の中に宿る生命の力強さと美しさ。
カウントを終えた瞬間、皆出したことのないような声で歓喜し、同時に狩られた鹿も剥がす鹿も力尽きる。そして吠える。僕も吠えた。内から湧き出る衝動のままにただただ吠えた。
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前述の情景はリトルウルフキャンプの一場面だ。
リトルウルフキャンプとは一体なんなのか。
広大な自然の中で、小学校4年生から中学校3年生までの年齢の子どもたちが「小さなオオカミ」になって過ごす2泊3日のキャンプ、それが「リトルウルフキャンプ」。
野性のオオカミになって、さまざまな課題に挑戦する。それを通して、子どもたち一人ひとりが、自分の中にある怖れや不安を乗り越え、普段の生活では出会うことのないような、新しい自分を発見する。
またキャンプ中には、本物のオオカミのように群れをつくり、仲間とコミュニケーションし、別の群れと闘い、獲物を奪い合う。こうしたアクティビティを通して仲間とのコミュニケーション能力やチームワークを高め、個としての自分の強さを知り、磨く。
このリトルウルフキャンプのディレクターで、アメリカ先住民の知恵と生き方から学ぶ環境教育、自分と自分を取り巻くさまざまな生命との関係教育を軸に「マザーアース・エデュケーション」を主宰する松木 正さんはこう語っている。
そして、冒険を通して子どもたちの心と体の成長をサポートするスタッフ陣たちが大勢いる。
僕もその一人であった、エレメントの準備や撤収、場づくりなどを行いながら、リトルウルフやグループカウンセラー、他スタッフが活動に集中できるようにメンバーの健康状態やココロの状態を把握し、必要なものを提供したりしてサポートするフィールドやマネジメントスタッフ。
リトルウルフのプロセスに寄り添い、話を聴いて、気付きを促し、リトルウルフたちのドリーミングな時間を途切れさせず、共に冒険に出るグループカウンセラー。
水分や栄養、暑さ寒さなどを考慮しながら、プログラムに合わせた内容とタイミングでつくり提供するキッチンスタッフ。
リトルウルフキャンプを、今年から軽井沢にある標高1,200メートル、40,000坪のアウトドアリゾート「ライジング・フィールド軽井沢」で開催しているが、株式会社ライジング・フィールド 代表の森 和成さんは初めて見たリトルウルフキャンプに、想像をはるかに超えた凄い場だったと驚き、その凄さの一つをこう語っている。
小さなオオカミたちは冒険に出る。
これまで見たこともない、新しい世界へ。
旅の最中には、たくさんの挑戦が待ち受けている。
仲間と力を合わせなければ乗り越えられない「壁」や、自分の限界を突破しなければ飛び越えられない「崖」。
小さなオオカミは、一人ひとりが自分と向き合い、自分を知る。
ときには仲間たちと「群れ」をつくって、モンスターと対峙する。
2泊3日、これまでにない冒険を終えたら、その先にあるのは、以前よりも少しだけたくましく、そして自分らしくなった、新しい子どもたちの姿だ。
リトルウルフキャンプとはなんなのか。
それは、
自分と群を信じて生きる
小さなオオカミたちの
小さな冒険ものがたり
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