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【スポーツ心理学#10】「帰れま10系」の練習の意味を考える

※4月14日午前9時25分、反復練習の意義を加筆しました。


こんにちは。早川琢也です。

つい最近、知り合いが「10人連続成功のような帰れま10みたいな練習でスキル獲得に繋がるのだろうか?」と疑問を投げかけてくれたので、それについて考えていきたいと思います。


このタイプの練習、色んなスポーツでありそうですね。

・バスケなら、スリーメンを制限時間内に何本連続成功しないと終われない、
・野球なら、ノックで10人連続でストライク返球しないと終われない、
・バレーボールだと10人連続でセッターに返球出来ないと終われない、

おそらく他の種目でもあるかもしれませんが、思いつく限りはこんなところでしょうか。


さて、練習の目的がスキルの獲得であるとしたら、これらの練習は本当にスキル獲得の上で効果はあるのだろうか?スポーツ心理学と運動学習の目線から考えていきたいと思います。


スポーツ心理学:プレッシャーの観点から

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まず、私の専門のスポーツ心理学の目線から考えてみます。

真っ先に思い浮かんだのは、プレッシャーのかかり方です。

練習やドリルに対するモチベーションが低い状態だと、練習の質が落ちたり学習効果が低いことは、研究でも言われていますし実体験と照らし合わせても想像がつくのではないでしょうか。

まず、「何人連続成功しないと終われない」はかなりのプレッシャーがかかります。

連続成功している中で自分がミスしたら、最初からやり直し…

想像するだけでものすごいプレッシャーです。


ただ、ここで疑問。

このような考えから生まれるプレッシャーって本当に試合に適したプレッシャーと言えるだろうか?

バスケであれ、バレーであれ、仮にポイントを失ったとしても、すぐに次のプレーが始まります。そして何より、プロであれ試合の中では一定数のミスは起こる物です。

そう考えると、普段の練習でやっておくべき事は、ミスした後は素早く次のプレーに移る練習でないでしょうか。もちろん、連続して成功する事も大事ですけど、それ以上に大事なのはミスやポイントを失った後に素早く点数を取り返せる事の方が、試合全体を見た時に有利に試合を運べると思います。

そうなると、「帰れま10」系の練習でかかるプレッシャーは試合では必要ないプレッシャーと言えそうです。


このタイプの練習でかかるプレッシャーは結果を気にすることで生まれています。

「ミスしたらどうしよう」
「成功しなかったら仲間に迷惑がかかる」

このような考え方をしている時に向いている注意はプレーの結果です。

未来の結果に注意を向ける事は、不必要なプレッシャーを生みパフォーマンス発揮にも繋がりません。


パフォーマンス発揮で向けるべき注意は、「今この瞬間のプレー」です。

自分が今この瞬間できるベストなプレーをする事。

この事に意識が向くと、プレッシャーがかかりにくくなります。

ですので、スキル練習やトレーニングの段階から「どうすれば今出来るベストのプレーが出来るのか?」を考える習慣を持つことの方が結果的にパフォーマンス発揮に繋がります。


例えば、セッターに正確にレシーブを返すために心がけるべき点は、それぞれの選手がきっと持っているでしょう。

例えば、
「素早くボールに入るために、スパイカーの手の向きに注意を向ける」かもしれませんし、
「膝が硬いとボールの勢いを殺せないから膝を柔らかくする」かもしれません。

いずれにしても、「パフォーマンスが成功するかどうか」を気にするのではなく、「パフォーマンスが成功するために何をするのか」に気を向ける方が実力発揮の面から考えると望ましいと言えます。


教育心理学:ミスに対する認知

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前述と少し重なる部分はありますが、教育心理学の観点から考えると「帰れま10」系の練習ではミスから学ぶ姿勢を養いにくいと考えられ、スキルの獲得には不向きだと言えます。

「帰れま10」系の練習は、性質上ミスが許されません。ミスをしているうちは終われないので、この練習を続けていけばミスをしないことが練習の目的になってしまいます。

しかし、教育であれスポーツであれ、学習する場面はミスした時です。言い換えると、ミスが許されない環境ではミスから学ぶ余裕が無いため、成長する機会も失われてしまいます。

加えて、ミスした後になぜミスをしたのか振り返る時間が無いと、同じミスを繰り返すリスクも増してしまいます。

成功するまで続けるような練習では絶え間なくプレーをする事になり、体力も消耗して集中も出来ていない状態で成功したプレーが、ベストプレーと言えるかは疑問です。

このように、教育心理学の目線だとミスを学ぶ機会に出来なかったり、ミスしたプレーを振り返る余裕が無い状態では、スキルの成長の効率はいいとは言えません。


運動学習:パフォーマンスのイメージを使ってスキル獲得

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最後に運動学習の観点から考えていきます。

運動学習において、運動スキルを学習するプロセスはinformation processing theoryとして説明されています。

これは、スキルを認知して、反復して、自動化する、の3つのステップによって練習したスキルが自動化される事を示しています。

どんなスポーツの練習でも、スキルの定着の為に反復が行われるでしょう。まず、大前提として一定回数の反復は必要です。

しかし、それはベストパフォーマンスの反復でないと意味を成しません。加えて、どんなパフォーマンスのイメージを活用するかも鍵を握ります。

加えて、どのように反復するかでパフォーマンス習得のスピードが変わってきます。


運動学習の研究では、体を使った練習とイメージトレーニングの組み合わせがもっとも効率よく運動スキルを獲得出来ることが報告されています。

では、どのような点を意識してイメージトレーニングをすればいいか?

このポイントをまとめたまとめたPETTLEP modelと呼ばれるイメージトレーニングの方法が2001年にHolmesとCollinsによって報告されています。

PETTLEPは
Physical component of the model(ただ座ったり横になってイメージするよりも、イメージしながら体を動かした方が定着が早い。)
Environment(イメージしたスキルをプレーした場所や周りの景色も一緒にイメージすると、イメージの鮮明度が高まり効果的)
Task component(実際の動きとイメージしている動きが出来るだけ正確な方が好ましい)
Timing(実際の動きと同じスピードやタイミングでイメージする方が好ましい)
Learning component of the model(スキルの発達段階に応じてイメージするポイントを変える。例えば、スキルを覚えたての段階では動き全体をイメージする方が効果的だが、既に自動化された動きは動きの感覚をイメージする方が良い)
Emotion(スキルと一緒に感情もイメージする事で、イメージの鮮明度が増す)
Perspectives(イメージしているスキルは、自分を第三者の目線から見ている外的イメージか、自分の主観的な目線からの内的イメージか。動きを覚える目的であれば外的イメージ、体が動いている感覚を養うのであれば内的イメージが好ましい)

の頭文字からきています。

よって、研究目線だと成功するまでひたすら反復する練習よりも、PETTLEPのポイントに沿ったイメージトレーニングをしながら体を動かす方が、スキル獲得の効率がいいと言えます。


反復練習の意義とは?

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とは言え、シンプルな反復練習が全く役に立たない訳ではありません。スキル獲得の段階によっては、反復練習が必要な段階があります。

それは、体が動きを覚え始めてその動きをある程度自動化させる段階に来たタイミングです。


新しいスキルを覚える時には、まずお手本を観たり、ゆっくり体を動かしながらやるものの、動きは意識しないと出来なかったりぎこちなかったりします。

それが練習を繰り返す事で、少しずつスムーズに出来るようになってきます。この段階に入ったら反復練習の意義は大きく、同じ動きを繰り返して、あまり意識しないでも出来る事を目指すことは効果的です。


他にも、スキルの動きや感覚の確認の目的で単純な反復練習を行う事も必要な練習と言えます。

ただ、自動化された動きを反復する際に気をつけたいのは、パフォーマンスの結果が思った結果ではなかった時に、必要以上に細かい部分に注意を向けすぎない事です。

これは、reinvestment(注意の再分配)と呼ばれ、自動化された動きを意識しすぎる事で動きがぎこちなくなってしまう現象です。

既に意識せずに出来るスキルなのにシュートが外れて「あれ、何か感覚おかしいぞ?」と腕の角度や力の入れ具合など、細かい部分を気にしすぎた結果、普通に出来てたプレーが出来なくなってしまった、といった経験があれば、それがreinvestmentです。

連続成功したら終わるのも1つの方法ですし、連続成功を目標にすることでやることを明確にして集中しやすくする側面もあります。もし、パフォーマンスの結果が優れない時は、パフォーマンスの結果からパフォーマンスの感覚に注意をシフトするのも1つの方法です。

反復練習をする際には、この2つの視点を持っておくとパフォーマンスの乱れを防ぎやすくなります。


まとめ

ひたすら反復や成功するまで続けるような、「帰れま10」系の練習は一定量の反復が行える練習ではありますが、ただ延々と続けるだけだとしたら、スキル獲得にはデメリットが多いと考えられます。

まず、ミスしないことが目的になってしまい必要以上にプレッシャーを感じてしまいます。そしてスキル獲得を促すには、ベストパフォーマンスを発揮する為に意識すべき事を意識する方が得策なため、「帰れま10」系の練習は適した練習とは言えません。

そして、ミスから学ぶ機会が失われてスキル獲得に必要な成長の機会も失われてしまいます。

効率よくスポーツスキルを獲得するには、体を動かしながらイメージする事が大切です。効果的なイメージトレーニングをするポイントはPETTLEPを抑えたイメージです。


多くのスポーツ現場では「とにかく量をこなせば上手くなる」という考え方が主流かもしれません。

しかし、「どのように量をこなす」かによって、成長のスピードは変わってきます。

一度普段の練習を振り返り、どのように量をこなすかを考えてみてはどうでしょうか?

早川琢也


参考文献

Hill, D. M., Hanton, S., Matthews, N., & Fleming, S. (2010). Choking in sport: A review. International Review of Sport and Exercise Psychology, 3(1), 24-39.

Holmes, P. S., & Collins, D. J. (2001). The PETTLEP approach to motor imagery: A functional equivalence
model for sport psychologists. Journal of Applied Sport Psychology, 13, 60–83.


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