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第11回 「左脳理解」と「右脳理解」を回し続ける

1 どうなっていれば本当に“伝わった”といえるのか

 このシリーズ第2回の冒頭「1 社長の思いは、現場の従業員が行動し、お客様や社会に伝わってこそ」でお話ししましたが、「社長の思いや会社の理念は、一人ひとりの従業員が思いを行動として体現してこそ“伝わった”といえる」のです。

 さらには「会社の外にいるお客様や社会、あるいは株主に伝わってこそ、本当に“伝わった”といえる」のです。

 逆に言えば、企業理念をそらんじて唱和できるだけでは、本当に“伝わった”とはいえないし、この時点では恐らくお客様や社会にも何一つ伝わってはいないのです。

 もちろん唱和すること自体を否定しているわけではありません。そらんじて唱和できることは“伝わった”への一歩とはなりますし、ホームページに掲載すれば、運が良ければお客様や社会が知るところとはなるでしょう。

 ただこの段階では、従業員の行動は恐らく、ほぼ何も従来から変わってはいないでしょうし、お客様や社会はホームページに掲載された内容を信用してはくれないでしょう。実質的には何も“伝わっていない”のです。

 社長の思いや会社の理念が本当に“伝わった”といえる状態になるためには、従業員一人ひとりが行動レベルで変わらなければなりません。それも上からの強制ではなく自発的に。

今回はまず、社長の思いや会社の理念が明確になったとして、それを現場レベルで実現していくために「前提となる要素」について整理してみましょう。


2 本当に“伝わった”とは、一人ひとりが自ら判断し行動できる状態

 従業員一人ひとりが行動レベルで変わらなければならないとして、なぜ上からの強制ではダメなのでしょうか。

 「理念の実現方法をマニュアル化して強制的にやらせればいいではないか。やらない従業員には懲罰を与えて全員がやるように徹底させればいいではないか」。そうした考えのほうが、一昔前まではむしろ一般的だったかもしれません。けれども世の中は複雑になり、お客様のニーズは多様化しました。

 消費や購入を繰り返すことで進化したといったほうがいいでしょう。極端に言えば、お客様一人ひとりのニーズに対応できて初めて満足してもらえる時代です。

 ホテルの接客サービスを例に挙げてみましょう。笑顔(スマイル)さえあれば消費者を満足させられる時代は終わりました。笑顔が接客の基本であることには変わりはないでしょうが、笑顔の押し売りにかえって気分を害されるお客様もいらっしゃるはずです。

 またお客様から個別の細かなご要望をいただいたときにどのように判断し、対応するべきか。安さだけを売りにしているホテルであれば、お客様も多くを望まないでしょうし、ホテル側も「個別のご要望にはお応えしておりません」とあらかじめ宣言しておけば大きな問題にならないかもしれません。しかし、そうでないホテルの場合、お客様からのご要望に対してどのように応えるべきなのか。

  ご要望はさまざまでしょう。ある程度のパターンはマニュアルで用意できたとしても、ニーズの多様化した現代、全てのケースを網羅することは不可能です。たとえ網羅したとしても、辞書や百科事典のようなマニュアルになります。

 とても新人には覚えられませんし、お客様の前で「少々お待ちください」とめくっている場合ではありません。結局は個々のお客様を目の前にしている従業員が、個別にその場で判断せざるを得ないのです。

 上から強制ができないのであれば、判断を一人ひとりに任せてしまったらどうでしょう。ベテランと新人、あるいは個人によって判断が大きく分かれることは想像に難くありません。同じような要望をしても従業員によって、アタリとハズレが出てしまいます。

 こうした不公平な対応はその場でバレることもあれば、ネットなどで共有されることも大いにあります。不公平感は大いなる不満になり、お客様に不信感を生むでしょう。私もアタリハズレのあるホテルに泊まりたいとは思いません。

 ホテルを例に挙げましたが、これはホテルや接客サービス業に限ったことではありません。またB to Bであれ、B to Cであれ、同じことです。

 もうお分かりでしょう。

 従業員によってアタリハズレのないように社長の思いや会社の理念を反映した商品サービスを実現するためには、明確な判断基準を用意するとともに、それを「従業員全員が理解し、自ら判断し行動できること」が必須です。

 これこそが社長の思いや会社の理念を現場レベルで実現していくために「前提となる要素」なのです。


3 自ら判断し行動できる状態に必要な“車の両輪”

 抽象的な質問になりますが、「人が何かを理解し、自ら判断し行動できるようになる」ために必要なものは何でしょう。

 ちょっと仕事の話を離れます。初めてスキーをするという人に、最初に教えることは立つことです。そこで「斜面に対して水平にスキーを置いている限り滑らないから、真っすぐに立っていられますよ」と理論を教えます。

 初心者はなるほどと感心しながら頭で理解します。さっそく言われた通りに斜面に水平に立ってみる。ところがスキーが勝手に流れてしまい、尻もちどすんの繰り返し。「なんだ、理論なんて役に立たないじゃないか」と腹を立てるのですが、それさえ知らなかったらどうだったでしょう。立つこと一つを覚えるのに随分と時間がかかったはずです。

 次の段階の「カーブを左右に繰り返しながら滑る」も同じです。スキーで曲がることができるのは、スキー板の上に体重を乗せることで板が反り返ってカーブができるためです。よって最も体重が乗る位置に重心をかけられれば、それだけきれいに曲がることができます……というのが理論です。

 もちろん初心者は立つことで精いっぱいなのに斜面を滑ってみろと言われて、七転八倒することに……。しかし一度体が曲がる感覚を身に付けると、先ほどの理論の意図がよく分かるようになります。きれいに上手に曲がるという次のステップにスムーズに進めるのです。

 自転車もそうでしょう。最初に補助輪無しで乗れた日の感動を思い出してみてください。人間が二足歩行をしていることさえ奇跡なのに、スタンド無しで自立することもできない自転車に乗って進もうというわけです。

 前後に転ぶことはまず無いので、左右のバランスさえ取ればよいという理屈は分かります。スピードがあればバランスは取りやすいことも何となく分かります。ただし頭で分かっていても、いざ補助輪を外せば怖いですし、あっという間に転んでしまう。

 バランスさえ取れば転ばないなんて理論は何の役にも立たないように思えますが、気が付けば一生懸命体、左右のバランスを意識しながら、繰り返しペダルを漕いでいる自分がいます。

 「人が何かを理解し、自ら判断し行動できるようになる」、できれば“より早く”できるようになるために必要なこと。それは基本や理論を「理解する」ことと、「実際にやってみる=試行錯誤しながら感覚で覚える」ことの両方です。

 私はこれを「左脳理解」「右脳理解」と呼んでいます。「左脳理解」は「理論的」あるいは「頭で覚える」ともいえます。対して「右脳理解」は「感覚的」あるいは「体で覚える」とも言い換えられるでしょう。

 「左脳理解」と「右脳理解」が、社長の思いや会社の理念を従業員が自ら判断し行動できるために欠かせない“車の両輪”なのです。


4 行動を継続し、さらに質を高めていくための仕組み

 スキーが少し滑れるようになれば楽しいですし、自転車に乗れた喜びは掛け替えの無いものでしょう。けれど、それだけでスキーをやり続けるでしょうか。あるいはもっとうまくなりたいと上を目指して努力を続けるでしょうか。

 会社として目指す世界も、社長の思いや会社の理念の実現も、1回行動して終わりではありません。現場と経営が一体となって永遠に継続し、さらにはもっと高いレベルで理想を実現するために行動を磨き続けていくことです。

 そのためには「左脳理解」と「右脳理解」をうまく回転し続け、質を高めていく仕組みを用意しなければなりません。実はその仕組みが前回ご紹介した「継続のための3つの仕組み=IDeA(イデア:理念)」なのです。

1.理解する(Identify)仕組み:理念に関する研修「初期研修」「継続研修」

2.実践する(Do)仕組み:「日常トライ&エラー」「事例ノウハウ共有」

3.褒める(Admire)仕組み:「表彰制度」「人事評価への反映」「褒める文化」

 3つの仕組みはそれぞれに「左脳理解」と「右脳理解」のどちらか、あるいは両方の側面を持っています。個々の仕組みの特徴をつかみながら、うまく組み合わせ、「左脳理解」と「右脳理解」をぐるぐると繰り返し回し続けることで、行動を継続し、さらに質を高めていくことができると私は考えています。


5 「1.理解する(Identify)仕組み」は「左脳理解」

 ここからは「継続のための3つの仕組み=IDeA」のそれぞれについて、「左脳理解」と「右脳理解」の“回し方”について解説していきます。

 「1.理解する(Identify)仕組み」は、基本的に「左脳理解」です。

 とくに新たに社長の思いや会社の理念を整理して共有するための「初期研修」、あるいは新入社員など新たなメンバーを迎えて一から理解してもらうための「初期研修」も、まずは理解してもらうことが優先です。つまりスキーや自転車を始めるに当たって、基本となる理論を頭に入れてもらうのです。

 「初期研修」のプログラムの一例は前々回(第9回)でご紹介しましたが、「新企業理念と行動規準」の理解と、それを全員が何となくでも“自分の言葉で話せるようになる”ことを目指します。

 できるだけ自部署の現実に当てはめて考えてもらいますが、スキーや自転車で言えばとりあえず立つことや滑ること、転ばずに漕ぐことの理屈が何となく分かってきたレベルです。

 大切なのは、何となく頭で分かった時点で、何でもいいので行動に移してみること。一旦は理論など吹っ飛んで、初めての行動トライで頭は精いっぱいになりますが、いざやってみると「なるほど、勉強したことはこういうことだったのか」と理論が“腑に落ちてくる”感じがつかめます。

 一度行動して何となく分かった状態から行動を継続させて、一通り滑る(漕ぐ)ことができるレベルになるためには、さらに「2.実践する(Do)仕組み」や「3.褒める(Admire)仕組み」の助けが必須となりますが、次回以降に詳述します。

 もっと言えば行動自体を何度か繰り返せたとしても、飽きることなく永続的に繰り返させることは簡単ではありません。

 スキーや自転車であれば「好き」になってしまえば容易でしょう。好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、好きなことは楽しいので継続が苦にならないからです。でも仕事となるとどうでしょう。

 「好き」という感覚までではなかったとしても、社長の思いや理念に心から共感さえできれば、繰り返すことは同じように苦にならないかもしれません。

 「1.理解する(Identify)仕組み」の「初期研修」と並ぶ大きな柱として、「継続研修」が挙げられます。簡単に言えば、「初期研修」の熱を忘れた頃に改めて思い出してもらうと同時に、さらに上の「理論」を知ってもらうための研修。これもやはり「左脳理解」の仕組みです。

 簡単な(=分厚過ぎない)マニュアルや事例集なども「1.理解する(Identify)仕組み」、「左脳理解」を進めるためのツールになります。もちろん頭では理解したところで、個々の問題に直面すると、全く同じケースに出合うことなどほとんどありません。

 最初にお話ししたように、会社の掲げる目的や大切にしたい価値観という基準の下に、従業員一人ひとりが、自ら判断し行動せざるを得ないというわけです。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回は「2.実践する(Do)仕組み」などについて、「左脳理解」と「右脳理解」の“回し方”を解説していきたいと思います。

※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年2月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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