第14回 Doはエンジン、褒めるはアクセル
1 Doを減速、加速させるもの
前回は、「日々の現場で、理念の実現を邪魔するもの、進めるもの」と題して、「社長の思いや理念を共有して従業員一人ひとりが行動し、継続・発展させていく」ための2番目の仕組み、「実践する(Do)仕組み」について詳しくご紹介しました。
理念実現に向けた実践行動(Do)のためには、「トップと上司が部下に言い続ける、求め続ける」ことが大前提。同時に、「思いや理念に共感してさえいれば、本来はやりたいことのはず」なので、社長の思いや理念に共感できる人材を採用時に集めることも重要。そして現場の一人ひとりがDoを始めるには時間もかかるものであり、トップや上司からすればかなり我慢強く待つことも必要です。
ただ「いったん現場に理念に基づく行動が習慣のように根付いてしまえば、継続・発展させていくことはさほど難しいことではない」と前回言いました。
理念に共感している人なら、その実現に向けて行動することは苦痛ではないし、自分が善かれと思って取り組んだことが、手応えとして返ってくるならむしろ楽しい取り組みとなるはずだからだと。
さて、問題は“手応えとして返ってくるなら”の部分です。共感した思いや理念の実現に向けて行動しても、“手応えが一切なかったら”どうでしょうか。
お客様のために、仲間のために、会社のためになると思って取った行動に反応が無い。1度や2度なら「まあでもどこかで何かの役には立っているだろうし、自分が信じている方向に行動したのだからそれでいい」と思えるでしょう。ところがこれが3回、4回と続くとどうでしょうか。
「自分が取った行動は、共感した方向に本当に向かっていたのだろうか。本当に○○の役に立ったのだろうか」「逆に口に出さないだけで相手は不満に思っているのではないだろうか」と不安になっていくはずです。
こうしてせっかく動き始めたDoのエンジンは次第に減速していくことになります。
逆に共感した思いや理念の実現に向けて行動したところ、“手応えが十分にあったら”どうでしょうか。
お客様のために、仲間のために、会社のためになると思って取った行動に対して、その相手から認められる、褒められるといったプラスの反応がある。そうなれば共感した思いや理念に対する自信はさらに増し、「次はもっとうまくやろう、いっぱいやってみよう」とどんどん前向きになれるのではないでしょうか。
たとえ対象からのマイナスの反応であったとしても、理念の方向に対して自分が間違っていたと納得できれば、「そうか失敗だった。次は修正してプラスの反応をもらおう」と思えることでしょう。
マイナスの反応ばかりが続くと落ち込むこともあるでしょうが、時々プラスの反応さえあれば、またモチベーションを保つことができるはず。そこには自分が共感し、信じているという前提があるからです。
失敗しても前向きに修正し、改善し続けていれば、遠くないうちにプラスのループに入っていくでしょう。そうなればDoのエンジンは減速するどころか、ぐんぐん加速していくはずです。
Doという理念実現に向けたエンジンを減速させたり、加速させたりするもの……それが3つの仕組みの3番目、「褒める(Admire)仕組み」なのです。
2 理念のエンジンは放っておくと減速する
先ほど、行動しても“手応えが一切なかったら”不安になりDoのエンジンは次第に減速していくと言いました。ところがDoのエンジンの減速要因はこれだけではありません。
対象からのプラスの反応があったとしても減速していく場合があるのです。いわゆる“マンネリ”です。
日々の仕事の中で、理念実現に向けた行動をします。例えば「高品質の機械部品の提供」を掲げて、工場で一人ひとりが品質向上の実現方法を考えて取り組む。現状の不良率に対して少し高い目標を設定します。
従来はただ作っていればいいやと思っていたのが、さまざまな工夫や新たな提案によって不良率が改善して目標を達成。チームは会社や上司から褒められ、仲間も「○○さんのあの提案が良かったからだね」と笑顔でたたえてくれます。
単純作業の繰り返しでしかなかった仕事が、とても創造的に思え、やりがいや楽しさまで感じている自分に気が付きます。Doのエンジンがスタートし、褒めるアクセルがうまく機能し始めた状態です。
不良率はさらに改善し、次第にゼロに限りなく近くなってきました。何も意識しなかった状態からDoをスタートさせアクセルが利き始めた頃のような、画期的な数字の向上はありません。またすぐに思いつくような大抵の改善策は実施済み。改善策を徹底し維持する仕組みもできて、ふつうにやってさえいればめったに不良品は出なくなりました。
考え抜いた新たな提案も、導入したところで改善率への貢献はせいぜい零コンマゼロゼロゼロ…程度。誰もがDoへの手応えを感じられなくなり、会社や上司から褒められることもなくなりました。あるいは同じように褒められることに慣れっこになってきてしまっています。いつの間にか職場には理念実現のDoに対する“マンネリ”感が漂っていました。
あなたならこのような状態をどう見るでしょうか。
事は不良率の改善にとどまりません。「夢がかなう場所の実現」を目指している現場にも“マンネリ”は訪れます。夢には不良率の改善のようにゼロという限界はなく、いくらでも工夫次第で改善向上し、広がっていくように思えます。が、日常という仕事の中では放っておくと“マンネリ”感が知らず知らずのうちに忍び寄っているものです。
つまり、「人間は同じことを繰り返していると飽きてくるし、“マンネリ”になってしまうものだ」と考えるべきなのです。
それは人間にとってはごくふつうのこと。減速した従業員を責めても良い結果は得られません。むしろ上の無理解に対して失望し、やる気をさらに無くして、減速を早めるだけでしょう。
会社や上司としては、「理念実現に向けたDoのエンジンは、放っておくと減速するものだ」という前提で対策を考えていくべきなのです。
そしてこの、“マンネリ”によるDoのエンジンが減速するのを抑えられるのも、実は「褒める(Admire)仕組み」なのです。
3 でも私は人を褒めるのが下手なのです
「褒める(Admire)仕組み」の基本は、「褒める文化」です。
「表彰制度」や「人事評価への反映」も褒める仕組みですが、普段から褒められてもいないのに、いきなり表彰されたり、人事評価を上げられても従業員はピンとこないでしょう。むしろ人によっては「会社や上司は現場の声を聞くつもりなどなく、表彰や人事評価でごまかそうとしている」と取るかもしれません。
普段から「褒める文化」があって褒められていないと、突然褒められても素直に受け入れにくいということです。
従って、日常的に自然に褒めていくことが大事ということになりますが、よくいわれるように日本人はおおむね「褒め下手」です。 これは多くの企業の現場に入ってコンサルティングをしてきた私自身の実感でもあります。日常的に部下や仲間を上手に褒めている会社のいかに少ないことか。
「かといって急に褒め出しても、部下は気持ち悪いと思うのではないでしょうか」。確かにそうでしょう。ですが新しいことをやろうと思えば、何だって最初はそんなものです。褒められて嫌な人はいないのですから、最初は多少照れくさいのを我慢してでも始めてみるしかありません。
かくいう私も昔は人を、自分の部下を褒めるのがとにかく下手でした。独立するまでは比較的褒める文化を持ち、褒めるのが得意な人が多い会社に身を置いていながら。それどころか、そもそも人を褒められなかったのです。
今はどうかというと、かなり褒め上手になれたのではないかと思います。嘘やおべっかを言うのは苦手なほうなので、そういうことではありません。ではどうすれば自然に相手を褒められるようになるのか……これについては次回お話しすることにします。
話をいったん戻しましょう。
理念実現に向けたDoのエンジンを減速することなく加速させていくために「褒める仕組み」、とりわけ「褒める文化」を少しずつでも育てていく必要がありそうです。その先頭には社長に立っていただきたいし、幹部や管理職のみなさんに続いていただきたい。
素直な日本の従業員は、上司や社長のふりを見てまねをします。
上の人が日常的に褒めるようになれば、特段の制度などなくても下の人たちは自然と日常的に褒めるようになるものです。
ただ毎日同じように褒めているだけでは、すでに書いたように人間は慣れてくるし、“マンネリ”になってきます。そこで「表彰制度」や「人事評価への反映」、あるいは日常的なDoとコラボした仕組みの出番となります。
これらの詳しい説明は次回以降に譲ります。
4 上司が褒めなくても本人がやる気になってしまう職種とは
世の中には、会社や上司が日ごろから意識的に褒めなくても、従業員が十分やる気になってDoし続けられる仕事があります。
1つは顧客接点のある仕事です。例えば接客サービス業。ただしこれには本人が接客サービス業を本当に好きであるという前提が付きますが。
私は以前、ウエートレスを自分の天職だと思っている女性にインタビューしたことがあります。言葉を選びながらも、私が普段から抱いていた素朴な疑問をぶつけました。
「毎日お客様が来たら注文を聞いて、料理ができたら運ぶという単純な繰り返しですよね。飽きないですか?」。すると彼女はびっくりしたように私の目を見返しました。「えっ? 飽きたことなんてないですよ。楽しくてしょうがないです」
「でも文句やいちゃもんをつけてくる嫌なお客さんもいるでしょう?」。彼女は答えます。「確かに初めての人の中にはそういう人もいますが、ごく一部です。私の店は常連のお客様ばかりなのですが、また来てくれたことがうれしいし、お客様のほうから私に声を掛けてくれたりします。
私もお客様の表情や動作を見ながら今日は元気そうだなとか、元気が無さそうだなとか、何かうれしいことがあったのかなと想像しながら、お掛けする言葉を変えています。それにまた反応してくださるのが楽しいのです」
なるほど、彼女の言いたいことが少し分かったような気がしました。「お客様はこの店に来て、私とちょっとした会話を交わすことが日課で、楽しみだったりするそうなのです。私がお休みしていると、今日はいないんだねって寂しそうに帰っていく方も少なくないみたいで、申し訳ない気持ちになりますよ」
「私はこの仕事は自分の天職だと思っています。一生続けたいですね」と。彼女にとっては会社や上司が“褒める”かどうかよりも、お客様の喜びが自分の喜びそのものなのです。
周りの“褒める”がなくても従業員が十分やる気になってDoし続けられるもう1つの仕事は、何かを究めていく、例えば研究者や職人といった職種です。
接する相手は人間ではなく、科学的な真理であったり、技の極みであったり。彼らは会社や上司が褒めようが褒めまいが、真理や究極の技に一歩近づけたという実感さえあれば、どんどんやる気を出してDoのエンジンを回し続けることができます。
いずれの仕事も、彼らが好きであったり、追究したい方向性が会社の目指す思いや理念に合致したりしていれば、会社としては何の問題もありません。会社や上司は、彼らがしたいことができる環境を整備して、見守ってあげればいいだけです。
5 “Do”と“褒める”の切っても切れない関係
しかしこのように「会社や上司が日ごろから意識的に褒めなくても、従業員が十分やる気になってDoし続けられる仕事」は世の中にそう多くはありません。
あるいはあっても本人が大好きで天職と思えていたり、とことん追究していきたいと思っていることが前提となります。それ以外の仕事に関して言えば、Doのエンジンを回し続けるためにはやはり、会社や上司、そして周りの仲間からの“褒める”が必要なのです。
もちろん周りが理由もなくただ“褒める”のでは物事は何も進みません。前提として社長の思いや会社の理念に向かって現場の一人ひとりの“Do”があり、そのプロセスや結果を“褒める”ことで、減速することなくむしろ加速され、実現に近づいていくことができるのです。
もしかしたらそれは、夫婦の関係にも似ていないでしょうか。たとえば夫が毎日仕事でがんばれるようにと快適な家庭や食事で支える妻。この場合、奥さんの顧客接点といえば夫しかありません。彼のことを好きで好きでたまらない間は、丹精込めて作った手料理に一言もなくてもうまくいくのかもしれません。また特別なケースとして、料理そのものを究めたい奥さんならうまくいくことでしょう。
でもそうでなければ、夫が仕事をがんばろうと思えるような食事を、毎日毎回用意(Do)し続けることは、奥さんにとって難しくなっていくでしょう。
「おいしいね」「今日も(いつも)ありがとう」「腕が上がったね」。そんな“褒める”一言があるだけで、Doのエンジンは減速しないどころか加速していくはずです。
料理に限りません。仕事を終えて帰ってくる我が家をきれいで快適に保ち、明日の準備をし、子どもがいても心配なく仕事に集中できる状態をつくってくれている、そのことに気付いて声をかける。
確かにお金を渡しているのは夫のほうかもしれませんが、それを支えてくれている彼女への感謝の気持ちが生まれてくるはずです。奥さんを“褒める”言葉は自然と見つかるのではないでしょうか。
今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。本文中で告知したように次回は「どうすれば自然に相手を褒められるようになるのか」について、もっと詳しくお話ししたいと思います。
※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。
(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年5月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。
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