■第11回 理念経営で儲かりますか
1 資金力のない中小が従業員のモチベーションを高めるには
『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』シリーズも、早いもので今回を入れてあと2回を残すのみとなりました。今回、第11回のテーマは「理念経営で儲かりますか」です。
この疑問は、「そもそも理念経営なんて何がいいの?」と懐疑的な経営者の方からいただくことが多いように思います。
シリーズ第1回「理念経営って何がいいのですか?(1)」の冒頭でご紹介した、私がある会合でお会いした若手経営者Aさんを覚えているでしょうか。急成長のベンチャー企業を率いていた彼は「理念経営ですか。僕には必要ないですけど」と笑っていました。
恐らく「理念などなくても要は儲かればいいんでしょ。所詮ビジネスは一番儲けたやつが勝ちなんですから」と言いたかったのでしょう。
会社は儲けなくてはなりません。継続し、成長を続けていくためには十分な利益が必要ですが、Aさんにとっては最大限儲けることそのものが経営の目的だったのです。
Aさんはその後、会社を売却して個人で多額の利益を得ました。「会社は物であって、高いうちに売れ」と考えていたのでしょう。同社は買収先の大手資本の下で継続し、従業員も引き継がれています。
彼らが変わらず意欲的に働けているのであればよい意思決定だったと言えるのかもしれません。が、創業時から寝食を忘れてAさんと共に頑張ってきた幹部やAさんに憧れて入社した人たちは、会社売却を知ったときにどういう気持ちだったでしょう。
会社ははた目には物かもしれませんが、人がいなければただの箱、「会社は人でできている」のです。
従業員のモチベーション次第で会社は変わります。モチベーションが高ければ、よりよい商品やサービスも生まれ、みんなで協力し合い、さらに上を目指そうとします。結果として業績は上向き、儲かるはずなのです。
では従業員のモチベーションを高めるには何が必要か。手っ取り早いのは相応の報酬です。
平均的な報酬が高いこと、さらに頑張った人への報酬が上乗せされること。しかし資金力の乏しい中小やベンチャーには難しい。
たとえ多少の資金力で優秀な人材を集められたとしても、結果が出るまで資金が続くとは限りません。経営には紆余曲折は付き物、一気に大企業にまでなる会社はほんのひと握りと言っていいのですから。
では中小やベンチャーにとって、従業員のモチベーションを高められる方法は何か。私はその答えの一つが「理念経営」だと考えています。
今回のホンネの疑問である「理念経営で儲かりますか」の私の答えはこうなります。
Q.理念経営で儲かりますか
A.経営トップが会社を通じて「何を大切にしながら何を目指したいか」という経営理念を明らかにし、それを従業員全員と共有しながら目指していけば、共感する顧客が増えていき、結果的に儲かるはずです。
2 実は経営者自身が、理念を追求していけば儲かるはずだと信じている
多くの経営者の理念作成をご支援してきた私に言わせれば、経営者自身が「この経営理念を追求していけば儲からないはずがない」と心から信じているものです。
自分が考えに考え抜いてまとめた「何を大切にしながら、何を目指したいか」が間違っていないと本当に信じているからこそ従業員にも熱く語り、一緒に働きたいという共感者が現れて、大手に負けない高いモチベーションで経営できる。これで儲からないはずがないのです。
ただし爆発的に儲かるかどうかは分かりません。急成長して儲かっている企業の要因は世の中のトレンドに合ったから、あるいはビジネスモデルや商品の競争優位性によるところが大きいように思います。
それらはあらかじめ狙ってうまくいくこともありますが、現実には高いモチベーションで取り組んでいたら、振り返るとそうなっていたということが多いのではないでしょうか。
もし自分の信じる理念経営を追求しているのになかなか儲からないと、経営者は不安になってくるでしょう。けれども自分の信じる理念をまとめるときに十分に考え抜いたのであれば、「いや、理念自体は間違っていないはずだ」とすぐに思い直せることでしょう。
恐らく伸びない原因は、製品化や売り方、仕事の進め方や人の育て方といった、「何を大切にしながら、何を目指したいか」以外の部分にあるのだと思います。
理念経営を目指せば(爆発的かどうかはさておき)結果的に儲かるはずだ、儲からないはずがないとお話ししてきましたが、実際にどうなのか、理念経営を追求していくプロセスを通して詳しく見ていきましょう。
3 「Step.1 理念の明確化」でトップが「すっきりした、迷わなくなった」
理念経営のステップには3つあることを、このシリーズで何度かご説明してきました。
Step.1は「理念の明確化」です。全社で共有して実現を目指していくための大本である経営理念を明確にするプロセスです。経営者自身が「何を大切にしながら、何を目指したいか」を突き詰めて整理し、従業員の誰にも分かりやすい言葉で表現します。
経営者の中には一人で整理から表現までできる方も中にはいらっしゃるのですが、なかなか自分自身を客観的に見て整理するだけでもハードルが高いようです。
分かりやすい表現、あるいは覚えやすく印象に残るようなキャッチフレーズに仕上げるとなると、さらに素人には難しいため、私のような外部の専門家の力を借りるケースも出てきます。
ただ「Step.1 理念の明確化」で目指すべきゴールは、覚えやすく印象に残るようなキャッチフレーズを作ることではありません。経営者本人が「これこそが自分の心からの正直な思いだ」というレベルにまで整理できて、「これは自分の言葉だ」と思える形で従業員にも分かりやすく表現されていれば十分です。
私がご支援したケースに共通していて面白いのは、理念の明確化を終えた経営者が一様に「すっきりした」あるいは「迷わなくなった」とおっしゃることです。
整理を手伝い、表現案をご提案した責任として、半年くらいたったところで「その後、仕上げた理念の言葉に違和感はありませんか?」と改めて感想を伺うのですが、答えは同じ。全く違和感はなく、「すっきりした」「迷わなくなった」なのです。
納得のいくまで掘り下げて考え抜いた経営理念であれば、簡単に変わるものではないし、ブレないということでしょう。
シリーズ第3回でも触れたのですが、私は「Step.1 理念の明確化」をご支援してから何年もたった経営者にも同じように質問します。「あれから〇〇年になりますが、〇〇さんがこの会社を通して“何を大切にしながら、何を目指したいか”は変わりましたか?」と。
返ってくる答えは「いえ、何年たとうがちっとも変わりません」。そしてその間に経営上の困難に直面した際にも、よりどころとなる経営理念があったことで迷わなくて済んだとおっしゃるのです。
老舗食品メーカーの3代目となるBさんは、父親から経営を引き継ぐことを迷っていました。
小さい頃から社長を引き継ぐことを命令された記憶はなく、大学を卒業して就職する段階となっても、好きなところに行けばいいと言ってくれたそうです。
継げと言ってくれないことにどこかでさびしさを感じながらも、自分のやりたい仕事が見つかってBさんは充実した社会人生活を謳歌していたそうです。時々実家に帰るとき以外、父親の会社のことはすっかり忘れていました。
年月は流れ、Bさんが30代になった頃、突然父親が体調を崩しました。そのとき、Bさんは父が本音では会社を託したいと思っていたことを病床で知るのです。
うれしかった半面、心の中は複雑でした。父親の会社の事業のことはある程度知ってはいましたが、自分がやりたいこととは違っていたからです。
父親の思い、従業員と家族のこと、長男としての責任、そして自分の人生、さまざまな葛藤に苦しみながらも事業を継ぐ日はやってきました。
その頃に私はBさんと親しくなり、相談をされました。「社員には絶対に言えない話なのですが、私は正直言って今の仕事が好きになれないのです。安全第一で地道に食品を作って卸に売る仕事に意味がないと思っているわけではありません。ですが私がこれまでやってきたグローバルで華やかな仕事とはあまりに違い過ぎるのです」
私はBさんという一人の経営者が形成されたプロセスを知るため、さまざまな質問をしました。
インタビューから抽出したキーワードを整理して浮き上がってきたのは、Bさんは仕事に対するこだわりが強く、仕事を通してより多くの人を幸せにしたいと思っていることでした。
私は報告書にまとめてBさんに言いました。「Bさんが食品を作る工場やプロセス自体に興味がないのは分かりました。そこは社員の得意な人に任せておけばいいのではないですか。
Bさんはよりおいしい商品を作ることで、世の中の人が喜ぶ顔を見るのは大好きなはずですよね。そこに集中すればいいんじゃないですか」と。
自然とBさんの「何を大切にしながら、何を目指したいか」がまとまりました。Bさんは笑顔になり、「すっきりした、もう迷わないと思います」と私に言ったのです。
経営者に迷いがなく元気でいることは、会社が儲かるための必要条件の一つだと思います。「Step.1 理念の明確化」だけでも、理念経営は儲かる会社につながっているのです。
4 「Step.2 社内への共有浸透」で会社全体が元気になる
理念経営のステップの2つ目「社内への共有浸透」が進むと、共感した全員が生き生きと働き、会社全体が元気になります。
経営トップが自ら掲げる経営理念を宣言し、共感する社員を集めて要望し続ける。経営理念のよいところの一つは、経営理念の下では社長も新入社員も関係なく、同じ実現者の一人だということです。
東京ディズニーリゾートでは、もしパーク内に小さなごみが落ちているのをたまたま通りかかったトップが見つけたら、迷わずさっと拾うそうです。掃除をする係の人をわざわざ呼びつけて、「ごみが落ちてるじゃないか、しっかりやれ」と怒りながら拾わせたりはしません。
トップであっても“夢がかなう場所”の実現者の同じ一員として、落ちていてはいけないごみを見つけた以上拾う責任があるからです。
事実を後で知った掃除係の人はきっと深く反省するでしょう。そして二度と起こらないように考えて行動する。それでいいのです。
目指す理念の実現にも近づけるし、その従業員は一つ成長して、より高いサービスが実現できるようになるでしょう。
トップでさえ、もしも理念の実現に手を抜いていたら新入社員からでも指摘されます。「社長が熱く語ってくれた理念じゃないですか。僕ももっと頑張って実現に近づきますから社長ももっと頑張ってください」と。
実際に指摘されるかどうかはさておき、理念経営を進めるということは、経営する側も常に理念に照らし合わせて見られているということ。とてもオープンでフェアな経営なのです。
当然ですが、自分が目指したいと掲げた理念なのですから、トップが一番の実践者でなくてはならないのです。
話を戻しますが、理念が分かりやすくて全社で共有できていると、一人ひとりが自分で判断し行動することができるようになります。
仕事は人にいちいち指示されてやるほうが、失敗は少ないし考えなくていいので楽かもしれませんが、そこに自分という個性はなく、やっていてあまり楽しいとは言えません
一方で理念の実現という共通ルールが明確であれば、現場の一人ひとりが自分で判断して行動することができます。自分で考えた結果としてお客様が喜んでくれた、仲間が褒めてくれたとなれば嬉しいもの。
失敗することもあるでしょうが、自分で判断して行動したからこそ深く学び、同じ失敗をしなくなります。
こうして従業員が自ら考え判断して行動している組織は、一人ひとりのモチベーションが高く、チームも会社全体も元気です。
一人ひとりが判断して行動できるということは、同時にさまざまなニーズにも臨機応変に応えられ、世の中の変化にも対応できるという側面もあります。「Step.2 社内への共有浸透」もStep.1同様、会社が儲かるための必要条件の一つなのです。
実際私がご支援した会社で「Step.2 社内への共有浸透」が進むことで、会社全体が元気になっていく様子を目の当たりにしました。
C社は理念を社内で共有していくために、理念の発表と併せて全員参加の導入研修を実施しました。
社長は「理念の中身を聞いて、自分には合わないと辞めていく従業員が大量に出ないか」と心配していましたが、ふたを開けてみると退職を申し出たのは1人だけ。
本人は「以前からどこかしっくりこないなと思っていたのですが、今回理由がはっきりしました」と納得し、これまで世話になったことに感謝の言葉を残していったそうです。
本当は入社時に分かればよかったのでしょうが、お互いにとって早目にはっきりしてよかったのかもしれません。
それ以外の社員からはむしろ好評でした。「社長の理念の中身は薄々分かっていたけれど、今回明文化してくれたのではっきりして働きやすくなった」「価値観が近いことが分かった。頑張れそうだ」と。
共通言語ができて、「〇〇」という理念から判断してこれはやめよう、もっとこうできるのではといった前向きなコミュニケーションが増え、業績にもつながったそうです。
5 「Step.3 社外への共有浸透」まで進むとお客様が手放さなくなる
理念経営の最後のステップ「社外への共有浸透」が進むと、会社の理念に共感して商品・サービスを買ってくれたお客様が元気になっていきます。
最近では「従業員第一主義」といった、外にいる顧客からするとやや内向きに見える理念を掲げる会社も増えてきました。
私は世の中にいろいろな理念の会社があったほうが、働く側は自分に本当に合った1社を見つけやすくなるのでとてもよいことだと思っています。
理念は唯一「自分だけが儲かりたい」といった独りよがりな目的でない限り、どんな内容でも構わないのです。
日本には約6500万人の就業者がいます。たとえ1万人に1人しか共感者がいなさそうな変わった理念だとしても、日本中には6500人もの仲間がいるのです。
ネットやSNSの時代に、日本中に声を掛ければ簡単に共感してくれる仲間を見つけられるでしょう。むしろ少々とんがった理念のほうが見つかりやすいかもしれません。
とはいえ、「従業員第一主義」を理念に掲げる会社の商品をお客様が支持してくださるでしょうか。私は支持してくれるお客様は1万人に1人よりもずっと多いと思います。
人々はこう考えるはずです。「従業員を第一に大切にする会社はいい会社に違いないし、そういう会社では従業員も会社のためにと頑張っているはずだから、いい商品を作っているに違いない、安心だ」。買う側のお客様は、一般消費財なら全国に1億2600万人もいます。
掲げた理念がどんなに変わっていたとしても、恐れることはありません。共感してくれる仲間と共に追求していけば、十分な数のお客様も見つかるはず。後は欲張らない程度に利益が出る仕組みさえあれば、結果として儲かるはずなのです。
理念の実現に終わりはありません。もっと上をもっと上をと追求し続けていれば、お客様にとっては無二の存在となり、手放せなくなります。
簡単に他社に乗り換えたりしない、愛にあふれた固定ファン(=ロイヤルカスタマー)となり、応援し続けてくれるようになるのです。
彼らはこちらから頼まなくても、勝手にどんどん周囲の人に勧めて新たな顧客を開拓してくれます。となれば会社は安定的な収益が望めるばかりか、自然と増益となる好循環が生まれます。
もはや顧客維持や新規顧客開拓に大きな資本を投じる必要はなく、会社としては自らが掲げた理念のさらなる実現に向けて、さらに磨きをかけた商品の開発やサービスの提供に集中すればいいのです。
いかがだったでしょう。繰り返します。理念経営は儲かるはずなのです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回はいよいよこのシリーズの最終回です。理念経営についてのある意味で“究極のホンネの疑問”にお答えしたいと思います。
(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。
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