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第13回 日々の現場で、理念の実現を邪魔するもの、進めるもの

1 ダイエット以上に?“毎日続けること”の難しさ

 みなさんはこれまでに一度くらいはダイエットに取り組んだことがあるでしょうか。ダイエットの最大の悩みは“毎日続けること”の難しさでしょう。

 誓ったつもり、わかっているつもりなのに、それを上回る別の力が働く。「好きなものを食べたい」とか「もうちょっと食べたい」といった誘惑。「仕事上どうしても今日は食べ(飲ま)ざるを得ない」「他のことで忙しくて今日はダイエットどころじゃない」など。

 「社長の思いや理念を共有して従業員一人ひとりが行動し、事業を継続・発展させていく」ための3つの仕組みの2番目、「実践する(Do)仕組み」の基本も“毎日続けること”にあります(3つの仕組みについては以下に再掲しておきます)。

 「ちょっと待ってくれ、自分にとってのメリットや目的意識がはっきりしているダイエットさえ難しいのに」と思われるでしょう。

 確かにそうですね。社長の思いや理念を共有することのメリットや目的意識は、会社全体で一度共有できたとしても、日々の現場においてはすぐに実感がわきにくいものです。

 いくら会社や社長が「この会社の理念を毎日共有していきましょう」としつこく言ったとしても、「とはいえ目の前の仕事をこなさないと怒られる」「目標達成に向けて頑張らないと給料も上がらない」など、日々のさまざまな圧力が働きます。

 会社としても目の前の仕事や目標達成を後回しにして良いとは言いません。理念の中身と日々の現場の仕事がつながって見えない以上、理念はどうしても後回しになってしまいがちです。

 毎日続けることがただでさえ難しい上に、日々の業務や目標といったやるべきことがあるとなると、社長の思いや理念の共有浸透の未来はちょっと暗そうです。

■「継続のための3つの仕組み=IDeA(イデア:理念)」

1.理解する(Identify)仕組み:「理念研修」「初期研修」「継続研修」

2.実践する(Do)仕組み:「日常トライ&エラー」「事例ノウハウ共有」

3.褒める(Admire)仕組み:「表彰制度」「人事評価への反映」「褒める文化」


2 トップが言い続ける、求め続けるという大前提

 共有浸透を進めるために、トップである社長や経営陣に求められる大前提があります。それは「決して諦めないで言い続ける、求め続けること」です。

 この会社として「何を大切にしながら、何を目指すのか」が明確になり、それを目指そうと決断した以上、諦めてはいけません。諦めた途端に誰もがついてこなくなってしまいます。頑張ったところで褒められもしないのですから。求める側はトーンダウンすることなく、しつこいほどに毎日言い続ける、求め続けるしかありません。

 そもそも共有浸透に時間がかかる上に続けにくいことなのですから、何もしないで放っておけば現場はどう思うでしょう。

 「あれ、昨日は言っていたけれど、今日は言っていないな」「先月は言っていたけど、今月は言っていないな」と思ったら、すぐに取り組みをやめてしまいます。上が本気でないことは、下の人はやりません。自分にとって直接的なメリットが見えないし、そんなことをやっている余裕もないからです。

 繰り返しますが、本気を伝えるためには、社長や経営陣が言い続ける、求め続けるしかないのです。

 トップにそう申し上げると、「わかるんだけど、毎年の年頭あいさつの時くらいしか、“全員に”“直接話す”機会なんてなくてねえ」とこぼす人がいます。私は「伝える機会なんて本気で探せば、いくらでもありますよ」と返します。

 確かに“全員に”“直接話す”機会は年に何度もないでしょう。業種によっては交代勤務のため全員は無理というケースも少なくありません。

 でもちょっと待ってください。“全員に”“直接話す”ほうが伝わりやすいのかもしれませんが、目指すべきは「言い続ける、求め続けること」であって、“全員”を集めて“直接話す”ことではありません。

 “全員に”でなければどうでしょう。トップが顔を出している会議は毎週、毎月何回くらいありますか。相手は役員のことも各事業部の幹部のこともあるでしょうが、会うたびに「会社が目指す目的は○○で、その実現のために譲れない価値観は○○なのです」と言い続けてはどうでしょう。例えば「安全第一だけは忘れるなよ」と口を酸っぱくして言うわけです。

 トップも出社すると社長室まで誰にも会わないわけではありません。退社するまでに多くの従業員と行きかう機会があるでしょう。例えばエレベーターで一緒になった従業員に、会社として大事にしているお客様第一主義をイメージして、「どう、最近お客様に喜んでもらってる?」と声をかけてみる。

 聞かれた従業員はびっくりしながらも、「実は昨日こんなことがありまして……」と話してくれるかもしれません。お客様が喜んでくださったエピソードはトップにとってもうれしいはずです。「それは良かったね、どんどんやってよ」と声をかけてあげればいいのです。

 同じように“直接話す”のでなければ今の時代、チャンスはいくらでもあります。

 社内報の原稿はいつも「安全第一」や「お客様第一」で始めればいいのです。文末に毎回添えるのでもいいでしょう。紙の社内報でなくとも、社内ネットワークを通したコミュニケーションの場もあるはずです。

 社内の電子掲示板に書く、メーリングリストで定期的に発信する。個別のメールでもいいでしょう。毎日大量に送るメールの署名欄に「何が何でも安全第一」と書いておくだけでもいいのですから。


3 トップの姿を見て、上司も言い続ける、求め続ける

 言い続ける、求め続けるのは社長や経営陣だけの仕事ではありません。

 トップのひと言は直接言われれば現場へのインパクトは絶大ですが、普段はどうしても遠い存在です。それにいくらトップがこまめに発信し続けていても、大きな組織では現場の隅々にまで毎日メッセージが行き届くものでもありません。

 ではどうするか。現場に影響のあるのは上司でしょう。部長、課長、係長、現場の上司に当たる人も、社長や経営陣と同じように部下たちに言い続ける、求め続けるのです。

 日常的な機会はトップ以上にあるはずです。小さなミーティングであれば職場単位で毎日やっているというところも多いでしょう。毎朝理念を全員で唱和する。できれば上司からひと言添える。「安全第一」や「お客様第一」を本気で目指すのだということを。従業員の側からも理念の各項目について、最近体験したことを一人ずつ報告してもらいましょう。

 仲間から「いいね」といった感想や「さらにこうしたらもっと良くなるんじゃないかな」といったアドバイスをもらう。一人やるのに1日5分程度でしょう。そして、この毎日の試行錯誤の積み重ねが大きいのです。

 毎日の朝会以外にも、もう少し大きい職場単位での毎週や毎月のミーティング。業績の現状を確認・共有することももちろん大切ですが、会社にとって目指すべきことを上司が言い続け、求め続けない限り、現場は日々の忙しさの中で忘れてしまいます。覚えていても優先順位を下げてしまう。本当はそうではないはずです。

 優先順位は高いし、そもそも「安全第一」にしても、「お客様第一」にしても、日常の仕事の中でこそ実現していくべきことなのです。

 一人ひとりの従業員が社長の思いや理念の実現に向けて、日々試行錯誤を繰り返す。その中から、もっと良いアイデアや良い取り組みが生まれ、できるところは仕組み化しながら全員で取り組んでいく。理念の実現に一歩一歩近づいていっている実感が、なんとなく現場の一人ひとりも持てるはずです。

 社長の思いや理念に共感した人なら、それらを実現していくことには本来抵抗がない、むしろ喜びを感じられるはずなのです。

 では邪魔しているものは何か。日常の忙しさの中で、何がこの会社にとって大切なことなのかという認識をトップや上司が伝えること。そしてそれを日常の仕事を通していかに実現していけばいいかを、一人ひとりが、職場のみんなが考えて毎日試行錯誤を繰り返すことなのです。

 あとはそれをどんどん推進していけばいい。


4 大切にするべき価値観を現場が毎日実行できる会社、できない会社

 都市圏の通勤・通学の足である公共交通機関の列車を運行しているA社に憧れ、小さい頃からの夢だった運転手となって1年のXさん。同社が掲げる「お客様から安心、信頼していただける鉄道を目指す」という目的も「安全第一」という価値観も、当然のことと思っていました。

 けれどいざ現場に入っていくと、朝のラッシュ時は分単位どころか秒単位での運行。まだ慣れないために停車位置を前後してしまったり、駆け込み乗車や乗客のトラブルなどでしょっちゅう時間がオーバーしてしまったりする。

 会社からは「時間厳守」ができていない、それでは同じ路線の競合他社に負けると叱られ、毎日のように反省文を書かされて懲罰的に勤務から外される。大好きな運転ができなくなることは、Xさんにとって耐えられないことだったでしょう。

 その日も朝から自分のミスも重なりトラブル続き。時間は積み重なるように遅れていき、反省文を書かされる暗い部屋と上司の怒った顔がXさんの脳裏に浮かんだのかもしれません。

 直線でいつもより加速した後、カーブの手前でブレーキを踏むのをためらってしまったようです。次の瞬間、列車は傾き一気に脱線。辺りは血の海、地獄のような惨状。多くのけが人とXさんを含むたくさんの命が失われました。

 恐らく社長や経営陣、上司たちはXさんに「安全第一」を求めていたのでしょう。でもそれは毎日だったでしょうか。ただ唱和させるだけでなく、しつこいほどになぜ「安全第一」が重要かを伝え、求め続けていたでしょうか。

 同時に、公共交通機関にとって「時間厳守」はもちろん大事だけれど、「最後の最後に優先すべきは何をおいても安全なんだぞ」「だから最終的に安全を優先した従業員を会社は絶対に責めない」と伝えていたでしょうか。

 本当に伝えられていたとしたら、Xさんは無理な加速をすることもブレーキを踏むことに躊躇することもなかったように思えてならないのです。

 テーマパークを企画運営するB社の現場で働き始めたばかりのアルバイトのYさんは、「お客様に夢の国を体験していただこう」という会社の理念にはとても共感しました。

 けれどもあるお客様が「○○というアトラクションにはどう行けばいいのか」と聞いてくるそばから、別のお客様が「落とし物をしたのですぐに探してほしい」と言ってくる。さらに「○○というレストランは今日は何時ごろに空いていそうか」「○○と○○ではどちらがお薦めのアトラクションか」というお客様も加わって一気に囲まれてしまいました。

 とそこへ走ってきた小さな子どもが目の前で転びます。Yさんは朝のミーティングで上司から言われた月間目標も気になってパニック状態に。どうすればやり過ごせるだろうかという思いでいっぱいいっぱいです。

 「夢の国を体験していただこう」という遠い理想をイメージすることなど到底できません。

 ところがその時Yさんは思い出しました。「当社ではお客様の安全を全てに優先します」「安全が確保できたらできるだけ礼儀正しく対応しましょう」「さらに余裕があれば楽しんでいただき、夢の国を感じていただける工夫をしましょう」。

 優先順位が見えてきました。道順、落とし物、レストラン、お薦めのお客様にはひと声かけて、まずは転んだ子どもにしゃがんで優しく声をかけてけががないか確認します。けががなければ、走ると危ないことと、「けがをしないでこの後も楽しんでね」と声をかけます。

 次に急ぐべきは落とし物でしょうか。他のお客様には落とし物を早く探す必要を話して、係に連絡を入れた後に引き取り場所を案内します。Yさんはこうして優先順位も考えながら、礼儀正しく全てのお客様に対応していきました。

 楽しんでいただくひと言を思いついた時は「あそこのレストランは○○が人気なんですよ」とか、「あのアトラクションの列の途中に隠れマークがあるので探してみてくださいね」と添えるようにしました。みなさん笑顔で「ありがとう」と言って目的地に向かっていきました。翌日のミーティングでYさんは前日の体験を仲間に話しました。

 特にレストランのメニューをお薦めしたお客様と隠れマークのことを話したお客様には帰り際に再会して、声をかけられ感謝の言葉をいただいたことがうれしかったと。仲間は「それは良かったね」と共感してくれました。

 また「そんなに一度に質問が来たんだね、僕もそばにいたので気が付くべきだったね。今度は周りにも声をかけてね、みんなでサポートするから」と言われました。

 Yさんは「そうか、自分一人がスタッフじゃないんだ。夢の国の体験はみんなで協力しながらお客様に感じていただければいいんだ」とわかったのです。Yさんの体験は、Yさんの職場だけでなく、部署全体で共有されました。

 すると「安全第一ですから、私もまずお子さんに声をかけたと思います」といった感想や、「仲間の存在に気が付けて良かったですね」「うちではお客様に夢の国を体験していただくためにこんな取り組みをしています」といった声が返ってきました。

 Yさんが手ごたえを感じたのはもちろん、職場の仲間も「他のチームに負けていられないね、夢の国を体験してもらうために僕らももっと上を目指そうよ」と言い出し、チームの一体感がさらに増したように感じました。


5 思いや理念に共感したなら、本来はやりたいことのはず

 実現したい目的は「お客様から安心、信頼していただける鉄道を目指す」「お客様に夢の国を体験していただこう」と異なっていたものの、実現のために大切にするべき最優先事項として「安全」を掲げていた両社。違いはどこにあったのでしょうか。

 答えは今回お話ししてきたことを振り返っていただければ、もうおわかりですね。

 人間は忘れる動物なので、社長や経営陣、上司は大切なことは何かを言い続け、求め続けなければなりません。

 それでも一旦現場に、理念に基づく行動が習慣のように根づいてしまえば、継続・発展させていくことはさほど難しいことではありません。理念について共感を覚えている人なら、その実現に向けて行動すること自体は苦痛ではないわけです。

 何気ない日常サイクルの中で自分がよかれと思って取り組んだことが、手ごたえとして返ってくるなら、むしろ楽しい取り組みとなるはずなのです。

 となると、トップや上司が日々の現場で理念の実現を邪魔するものを取り除いてあげればいいだけということになります。取り除くという表現は正しくないかもしれません。以前の回でお話しした通り、本当は一人ひとりが目の前の仕事や目標を達成しない限り、理念は実現しないのですから。

 例えば営業であれば、自社製品やサービスをお客様に買っていただかない、使っていただかないで会社の掲げる理念が実現するでしょうか。お客様の満足のために一生懸命企画した製品・サービスをお客様に買っていただき、使っていただいてこそ、会社の目指すお客様の満足が初めて実現するのですから。

 すなわち、トップや上司が伝えるべきは理念の中身と同時に、「あなたが共感して一緒にめざせればいいなと思ったことは、あなたの日々の仕事の中にあるのですよ」ということなのです。

 そう、社長の思いや理念実現への一歩は、日々の現場の仕事にこそあるのです。

 今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回は、「2.実践する(Do)仕組み」と「3.褒める(Admire)仕組み」の深い関係についてお話ししたいと思います。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。

(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2021年4月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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