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■第5回 「よい経営理念」「悪い経営理念」とは?

1 「よい経営理念」の第1条件は「トップのホンネ・本気である」かどうか

 『武田斉紀の「理念経営 ホンネの疑問」』第5回のテーマは“「よい経営理念」「悪い経営理念」とは?”です。これもよくいただく質問です。

 経営理念には、“よい”“悪い”があるのでしょうか。私の答えは「イエス」。しかし「よい経営理念」の条件は小難しいものではありません。

■「よい経営理念」の条件

1.トップのホンネ・本気であること
2.分かりやすいこと
3.表現がシンプルで覚えやすいこと
4.他社と差別化されていること

 では、順に詳しくご説明していきましょう。

 「よい経営理念」の第1条件は「トップのホンネ・本気であること」です。

 経営理念(企業理念)とは何度も申し上げているように、トップである経営者自身が「この会社を通して、何を大切にしながら何を目指したいか」です。

 ホンネで本気であってこそ、従業員は信じるし、ついていけるのであって、ホンネが違うとか、本気でないならついていけません。また「この会社を通して、何を大切にしながら何を目指したいか」の中身がホンネで本気であれば、1年やそこらでコロコロと変わることはないはず。

 ところが、経営理念の中身がホンネや本気でなくて簡単に変わってしまったらどうでしょう。

 昨日は右と言っていたのが今日は左と180度違う。トップが今日は何を言い出すか分からないのであれば、従業員は言い出すまで待つようになります。勝手に右に動いたら今日は左だと怒られるかもしれない。処遇を含めて決していいことはない。無駄な動きをしたと後悔するだけ。

 当初の方針を信じて自ら考えて行動していた従業員がいたとしても、次第にトップや上司の顔色を見ながら動く人ばかりになっていきます。少なくとも積極的に自分で判断して行動することはしなくなるでしょう。

 トップや上司の顔色ばかり見ていては、顧客のほうを見ている時間も余裕もありません。

 トップが昨日は「お客様の満足が最優先です」と言っていたのに、今日は「何においても売り上げ数字の達成が最優先です」と言えば、優秀な従業員ほどお客様ではなく数字を見ることに一気にかじを切るでしょう。

 昨日も今日も来店したお客様からすればどうも昨日と今日とでは対応が違う、とても同じ会社とは思えない、信用できないと感じることでしょう。

 経営理念(企業理念)はトップのホンネ・本気でなくてはならず、結果としてコロコロと変わるようではいけないのです。


2 変わらないだけでなく、毎日口にして求め続ける

 経営理念(企業理念)がトップのホンネ・本気で、10年、20年と変わらないものであれば「よい経営理念」の第1条件は満たしているわけですが、運用上はそれだけでは足りません。経営理念が絵に描いた餅にならないように、少し触れておきます。

 トップが「この会社を通して、何を大切にしながら何を目指したいか」を一度発表しただけでは、従業員への影響は日に日に弱まっていくものです。

 最初は日常業務の中で「大切にすること」「目指すもの」を意識していたとしても、日々の忙しさの中で次第に忘れてしまう。1年後に「去年社長がしゃべっていたことを覚えていますか」と聞いて答えられる人は少ないでしょう。

 トップや上司は従業員に、経営理念をこれは大事なことなのだと毎日しつこく語り続けなければなりません。

 15年ほど前、通勤列車の脱線事故があり、若い運転手を含む百余名の方が亡くなり、数百人がけがを負いました。直接的な原因は、運転手がブレーキを踏むべきカーブの手前で踏めなかったことでした。

 会社の経営理念には以前から「安全第一」が掲げられていましたし、入社時の研修でもその言葉を本人は聞いたことでしょう。

 しかし都会近郊の乗降客の多い路線。通勤時間帯には5~10分置きの運転間隔という過密ダイヤに加えて、事故やトラブルで日常的に遅延も起きていました。競合企業の路線もあり、会社からは日ごろより「時間厳守」を強く求められていたようです。

 そして事故当日のその一瞬、彼は「安全第一」と分かっていながらもブレーキを踏めなかった。現場の従業員のたった1つの動作が大惨事を生んでしまったのです。

 たらればを言っても亡くなられた方は戻ってきませんが、もしトップが現場の従業員に口酸っぱくこう言っていたらどうだったでしょう。「安全も時間厳守もどちらも大事だ。だが最後に絶対に守らなければいけないのは安全で、そのために時間が遅れたとしても怒らないからブレーキを踏め!」と。

 毎日言われると従業員は「耳にタコができる」と思うかもしれません。でもそれくらいでちょうどいいのだと私は思います。スピードが出たときにはっと思い出して「ブレーキを踏まなきゃ」と反射的に行動できるからです。

 日々の運転台にいるのは現場の従業員であって、社長や上司ではありません。社長も上司も直接ブレーキは踏めないのです。

 だからこそ会社としてホンネの本気で目指すものが「安全第一」なら、社長や上司は現場の従業員たちが必要なときにブレーキを踏めるように、毎日しつこく語り続けなければならないのです。


3 分かりやすいか

 話を「よい経営理念」の条件に戻しましょう。

 2つ目の条件は「分かりやすいこと」です。

 分かりやすさについては前回第4回「理念、社訓、ビジョン、行動規範…あり過ぎて覚えられない」で触れています。つまり経営理念に当たる会社方針を整理して明確にすること、分かりやすく体系化することです。

 私が長年見てきた各社の経営理念、会社方針の中で最も“分かりやすい”と思うものの1つは、ディズニーの「行動規準」です。

 詳しい解説は、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランド社のホームページにありますが、この行動規準は「全キャストにとって、ゲストに最高のおもてなしを提供するための判断や行動のよりどころ」(キャストは従業員、ゲストはお客様のこと)と位置付けられています。

 The Four Keys~4つの鍵~」と呼ばれ、「Safety(安全)」「Courtesy(礼儀正しさ)」「Show(ショー)」「Efficiency(効率)」の4項目だけと分かりやすく、さらに秀逸なのは優先すべき順番もこの順に明確に決まっていることです。

 ゲストに対して最優先するべき行動は「安全」です。同社の掲げる「夢がかなう場所」を楽しみに、全国から来園するゲスト。彼らに夢を感じていただくための大前提は安全なことであって、安全でなければ夢どころではないと。

 「安全な場所、やすらぎを感じる空間を作りだすために、ゲストにとっても、キャストにとっても安全を最優先すること」と説明されています。

 実際、私たちがパークを訪れて安全を意識することはありません。もしも意識しているとしたら安全でなく不安にさせていることになるからです。

 「安全」の次に取るべき行動は「礼儀正しさ」。抽象的な言葉ですが次のように説明されています。「“すべてのゲストがVIP”との理念に基づき、言葉づかいや対応が丁寧なことはもちろん、相手の立場にたった、親しみやすく、心をこめたおもてなしをすること」。

 言葉の意味が分かりやすく分解されています。

 ようやく3番目に来るのが、ゲストの印象に一番強く残っているであろう「ショー」。パーク内の「施設の点検や清掃など」も含めて「あらゆるものがテーマショー」で、キャスト自身もショーの一部であり、「毎日が初演」の気持ちを忘れずに演じることとされています。

 最後が「効率」ですが、これまでの3つ「安全、礼儀正しさ、ショーを心がけ」「さらにチームワークを発揮すること」で高められるとあります。

 効率を高めるのは、ゲストに「夢がかなう場所」を感じていただくためです。

 優先順位があるということは、例えば突然の危機的状況で「安全」を確保するのに精いっぱいであれば、2番目の「礼儀正しさ」はなくてもいいという“規準”です。

 「安全」確保のために一瞬「礼儀正しさ」が失われても、「安全」を確保してから行動することもできます。「ショー」についても同じで、状況によって内容と優先順位が守られていれば上司や会社から怒られることはありません。

 経験を積めば普段から「4つの鍵」をほぼ同時に実現することも可能になってきます。

 東京ディズニーリゾートで働くキャストは約2万人、その8~9割が高校生以上のアルバイトで、毎年何千人もが入れ替わっています。

 接客が中心となる現場では、日々刻々とさまざまなゲストとさまざまなケースに接することになり、マニュアルだけではとてもカバーしきれません。もし全てをマニュアルに書き込んだとしても、分厚くなり過ぎて全てのケースを覚えることなど不可能でしょう。

 しかし行動規準という判断規準が分かりやすく用意されていれば、入社後の研修を終えて今日現場にデビューしたばかりの新人でも、目指す“理念の実現”に向かって自ら考えて行動することができるのです。

 スピーディーで的確な判断による接客は、ゲストの満足度向上に大いに寄与します。高い満足度は同パークを唯一無二のブランドへと高め、毎年安定した高い業績へとつながっているのです。


4 表現がシンプルで覚えやすいか

 「よい経営理念」の3つ目の条件は「表現がシンプルで覚えやすいこと」です。

 先ほどご紹介したディズニーの「行動規準」も分かりやすい上に、表現がシンプルで覚えやすい好例でしょう。とはいえ、2の条件に従って、幾つかの概念を整理して分かりやすくまとめていこうとすると、項目の表現がやや抽象的になることもあります。

 ディズニーの「礼儀正しさ」や「ショー」も、例えば「嘘をつかない」「お客様のありがとうのために」などと比べれば抽象的です。

 前回、ある老人福祉法人が所属する協会での事例でお話ししましたが、入所者の「人権を尊重する」というのも、人権をどう捉え、尊重するとはどうすることかは人によって判断が異なります。どこまでやれば「礼儀正しさ」「ショー」ができたといえるのでしょうか。

 項目の表現としての言葉はできるだけシンプルでありたいですが、抽象的な言葉には補足説明文を添えてできるだけ定義しなければなりません。

 「人権を尊重する」とは“どうすることか”。“尊重している状態と、していない状態の境目”は当社においてはどこか。“〇〇より〇〇のほうが、より尊重している状態”の例を挙げるとすればどうなるか。

 あとは個々の例を経営者と従業員で共有しながら、「これは当てはまる、当てはまらない。これはより当てはまるから次はこのレベルを目指そう」と話し合っていけばいいでしょう。

 シンプルな表現は、だいたい同時に覚えやすいものです。が、シンプルにしきれなかったとしても覚えやすくする方法はあります。幾つか挙げてみましょう。

・項目の最初の文字で語呂合わせをする(語呂合わせになるように表現する)
・「私たちは~します」など、表現の始まりや語尾や統一する
・五、七、五など、なるべくリズム感を合わせる
・各項目内のキーワード部分を「〇〇」とカギかっこでくくる
・項目同士の関係を図式化して見せる など

 表現がシンプルで覚えやすい経営理念は、社内の共有浸透に有効なだけではありません。自社の理念を顧客や取引先、株主、社会に知ってもらうホームページなどで公開する場合にも、そうでないものと比べるとかなり効果的です。

 社内では日々経営理念を唱和し、カードにして携帯したり会社の壁に貼るなどして繰り返し目にすることになりますが、社外の方が触れる機会は限られています。

 そんな中で自社のこだわりである経営理念を覚えてもらい、購入する際に思い出していただけたら、こんなにうれしいことはありません。


5 他社と差別化されているか

 「よい経営理念」の最後となる4つ目の条件は「他社と差別化されていること」です。

(話がそれますが、辞書を引けば出てきますが“差別化”とは“差別”とは異なる言葉で、違いを創ることです。)

 差別化されていると3つ目の条件のように覚えやすい利点もありますが、何より従業員が「これぞ当社の経営理念だ」とアイデンティティーや誇りを感じられるのです。

 洗練されたオリジナルの表現は社外向けや採用時のブランディングにおいても宝物です。

 経営理念そのものではありませんが、iPhoneでおなじみのアップル社が1998年に展開したCMでのキャンペーンメッセージを覚えているでしょうか。「Think different.」。

 物理学者アインシュタインや画家のパブロ・ピカソなど、「Think different.」によって世界を変えた多くの人たちを起用したモノクロCMはセンセーショナルで、当時話題となりました。

 同時にアップル社の価値観を見事に表現した言葉として、アップルファンのアイデンティティーを満たしただけでなく、多くの人々の記憶に残っています。

 リクルート社の「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」も同社で働くことの価値観を表現した差別化の妙例だと思います。

 この言葉の先には、「自らを変え、世の中を変えよ」という現在の「ウェイ(大切にする考え方)」の1番目「新しい価値の創造」につながる創業以来の価値観があります。かつては経営理念の一部としての社是で、現在は違うのですが現役従業員の誰もが知る言葉です。

 またOB・OGたちはこの言葉を耳にするたびに、かつて同社で汗を流したこととその誇りを思い出すのです。

 2つの例はいずれも、当時のトップがプロのコピーライターと相談しながら生み出した表現と聞いています。

 印象的でインパクトの強い事例を紹介しましたが、「他社と差別化されていること」を「よい経営理念」の最後に置いたのには理由があります。最低限「1.トップのホンネ・本気であること」が満たされていれば、私は十分に「よい経営理念」だと考えます。

 さらに「2.分かりやすいこと」「3.表現がシンプルで覚えやすいこと」「4.他社と差別化されていること」を満たしていれば、もっと「よい経営理念」だと思いますが、逆に言えば「4.他社と差別化されていること」が満たされていなくてもいいと考えています。

 一番大切なことは、経営理念の表現がトップ本人の心の声になっていることだからです。

 受け取る側の従業員も、「うちの社長はこんな言葉や表現は使わない、違和感がある」と思えば共有浸透しづらいでしょう。

 会社のトップが突き詰めて考えたホンネ・本気の経営理念が「お客様の満足の追求」なら、これ以上シンプルに覚えやすくする必要も、差別化を意識してひねってみる必要もありません。

 自分にぴったりとフィットした言葉や表現であれば、同じ言葉でも重みが違います。なぜその言葉や表現を経営理念に選んだのかを聞かれたとき、トップは語りたくてしょうがなくなるはずです。

 また語り続けているうちに、当初は一般的に聞こえていた理念の言葉も、いつしか会社独自の言葉に育っていきます。言葉だけでなく、事業活動の全てを通して行動し実現していくことで、「“お客様の満足の追求”といえばこの会社」となっていくからです。

 私が表現案の作成までご支援しているケースでも、トップインタビュー、会社の歴史や社風、さらには働く従業員の方が口にしている言葉なども参考にして表現案を練っています。

 差別化を意識しながらも、トップが「これは自分の言葉だ」と思えるかどうか、聞く側にとっても違和感のない言葉や表現となっているかを意識するようにしています。

 今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回もまた新たなるホンネの疑問にお答えします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年6月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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東京大学卒、(株)リクルート入社。人事部経てHR事業部で様々な業種規模の企業をコンサルティング。2003年に理念経営コンサルの現社設立。著書『行きたくなる会社のつくり方』他多数、三菱UFJ銀行の法人向けサイトで10年以上コラム執筆、日経ビジネスでも上位ランク獲得。全国各地で講演

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約20年に渡って理念経営コンサルタントして多くの企業を支援してきた筆者が、講演や執筆、企業向けコンサルティングを進める中でいただくことの多かった10のギモンに対して、ホンネでズバッと答えます。全12回。『第11回 理念経営で儲かりますか』『第3回 理念があると縛られませんか? 変えてもいいのですか?』『第4回 理念、社訓、ビジョン、行動規範…ありすぎて覚えられない』『第7,8回 経営理念はあるけれど浸透も継続もできていません』など。※当シリーズは、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容を一部改編したものです。

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