第3回 社長の思いを明らかにする4種類の質問とは?
1 「社長の思い」の整理・明確化のプロセスは“オーダーメード”
「社長の思いを伝える、共有すること」のゴールは、「社長の思い」を現場の従業員たちと共有し、行動につなげることで、お客様や社会、株主にも伝えて、結果として会社を永続的に発展させていくことです。
しかしそれを実現していくためには、“そもそも”大本となる「社長の思い」がしっかりしていないと話にならないということを、前回(第2回)お話ししました。
かといって現在「社長の思い」を伝えるべく頑張っている管理職や従業員の人たちの努力が、すべて無駄になるということではありません。「社長の思い」がどれだけしっかりしているか(=根本方針が明確でブレないか)によって、「社長の思い」の伝わり方が大きく左右されてしまうということです。
そこで前回『「社長の思い」のしっかり度を確かめるための質問』をご提示したわけですが、これらの質問は「社長の思い」の現在の状態を知るためのものです。今後、「社長の思い」が、より伝わるように明確でブレないものにするための質問ではありません。
そこで第3回の今回は、私が外部コンサルタントとして依頼を受けた時、「社長の思い」を整理し、明確でブレないものにするためにどんな質問をしているのかについてお話ししていきたいと思います。
さて、「社長の思い」の整理・明確化のプロセスは、基本的にオーダーメードです。理由は相手が生身の人間で、一人ひとりの思いが違うから。
「社長の思い」がまったく同じなのであれば一人分だけ明確にして、あとはそれを流用すればいいでしょう。はたしてA社長、B社長、C社長の思いは、まったく同じでしょうか。
「業界が同じ」だから、めざす目的も譲れない価値観も同じでしょうか。そんなことはありませんよね。
中にはめざす目的が近い、あるいは譲れない価値観の1番目は、近く見える社長はいるかもしれません。が、「なぜそう思うのか」という背景や理由までひもといていくと、「社長の思い」がまったく同じなんてことはあり得ないことがわかってきます。
私自身これまでに多くの社長にお会いして、その思いを伺う機会をいただいてきましたが、めざす目的や譲れない価値観のまったく同じ人がいたことはありません。そして一人ひとり違うからこそ、個別にオーダーメードでやる必要があるのです。
(ちなみにこの社長とあの社長は近いなというのはあります。私としては彼らが事業でコラボレーションできれば、素晴らしい商品やサービスが生まれるのではとワクワクしてしまいます。お互いの希望も聞きながら、機会を作ってご紹介するようにしています)。
2 すべての答えは質問する側にではなく、社長の中にある
もう一つ、「社長の思い」の整理・明確化のプロセスで大切かつ忘れてはいけないことがあります。
それは、「社長の思い」は一人の人間である社長の中にあるということです。すべての答えは質問する側にではなく、社長の中にあるのです。
外部コンサルタントの中には、「社長とはかくあるべきですよ」とか、「こういう理念を持ちなさい」と用意した理想像を持ち出す人や会社もあるやと聞きます。
中には宗教的な教えを説くケースもあるとか……。私からすれば、「社長の思い」はかくあるべし、つまりは同じであるべきだと諭しているように見えます。「社長の思い」は社長の数だけ存在するはずなのに。
私はいろんな思いを持った社長が世の中にいた方が面白いし、みんなが幸せになれると信じています。
会社という組織を引っ張る一人の人間として社長がいて、一人ひとり思いが違う。「何を大切にしながら(価値観)、何をめざしたいのか(目的)」。その違いがはっきりさえすれば、働く側は自分に合った会社を選べる。思いが自分に合った会社の中から、あとは求める条件に近い会社を選べばいい。
私はお会いした社長に、「『社長の思い』はこうあるべきですよ」と言ったことは一度もありません。「答えは社長自身の中にあります。あなた自身がどうありたいかだけなのです」と。
究極を言えば「社長の思い」は「自分は世界一の金持ちになりたい」でもいいのです。ただしその思いに共感する従業員が存在するかどうか。独りよがりなだけの「社長の思い」では人を引きつけられるはずもありません。
ではより多くの就業希望者が集まるように、本当は心にも思っていないのに「世の中をよくしたい」とか「従業員を幸せにしたい」と言えばいいのでしょうか。もちろんそんな嘘はすぐに見破られます。
あの会社は言っていることとやっていることが違うと、ネットの時代には情報として一気に広まってしまいます。理想と現実のギャップが大きすぎると働く人だけでなく、その会社の商品を買う人もいなくなり、会社は存続できなくなるでしょう。
先ほどの究極の例で言えば、「自分とこの会社で共に働く全員を世界一の金持ちにする」なら、共感する就業希望者はいることでしょう。理想にいつまでたっても近づいている実感がなければ人は離れていくでしょうが、本気でそれをめざしている社長の会社が世の中にあっても面白いのではと思えるのです。
一方には、「いっそ最初から何も言わない方がいいじゃないか。給料や勤務条件だけを提示して『社長の思い』なんて伝えなければいい」という声もあるでしょうか。
本当にそう思うならそれが「社長の思い」なのかもしれません。もう一度言います。要は「社長であるあなた自身がどうありたいか」だけなのです。
3 結局は「自分はこの会社を通してどうありたいか」を信じるしかない
社長にとって「自分はこの会社を通してどうありたいか」を突き詰めることは、簡単ではありません。
会社は従業員とその家族の生活を支え、地域や社会を支える存在、そして株主の期待に応える存在です。そのために「利益を出し、存続し続ける」ことは大前提となります。
こうした前提に立って、社長として「自分はこの会社を通してどうありたいか」=「何を大切にしながら(価値観)、何をめざしたいのか(目的)」を定めることになります。
最初は「利益を出し、存続し続ける」確率が高そうな目的や価値観は何だろうと発想する社長も少なくありません。しかしながらこうすれば「利益を出し、存続し続ける」ことができるという絶対的なルールや秘訣など存在しません。
そうしたものが存在するかのようなタイトルのノウハウ本が売られていますが、実践して「利益を出し、存続し続ける」会社になれたという人を私は知りません。
私が理念の共有浸透コンサルティングの仕事をしながらよくいただく質問に、「『社長の思い』を会社の理念として掲げて商売をすればもうかりますか?」というのがあります。私は「それはわかりません」と答えます。
「利益を出し、存続し続ける」かどうかは結果であって、どうやればいいかという正解はありません。正解がわかっているならみんなその通りにやってバンバンもうかっているはずですし、倒産する会社など1社もないはずです。
会社経営に正解がないならどうするか。その“答え”が、「自分はこの会社を通してどうありたいか」なのです。その“答え”を信じてやっていくしかない。
私は逆にこう質問します。「(現時点で明確かどうかは別として)あなたにとってこの会社を通してどうありたいかはありますか? それを実践していってもうからないと思いますか?」。
社長で利益の出ない、存続できない方向に発想する人はいません。みんな「自分の信じることをやっていけば、結果的にもうかるはずだ」と信じているはずなのです。
となると問題は行きつくところ、自分の信じる“答え”は何か。すなわち明確でブレない、心からの「社長の思い」とは何かということになってくるのです。
4 だからこそ、社長が自分自身の心の声としっかりと向き合うこと
社長自ら「自分はこの会社を通してどうありたいか」を整理し、明確でブレないレベルで定められている人もいます。しかし、現実には自分自身のことを客観視しながら整理していくことは容易ではありません。
個人の人生において「自分はどう生きたいのか」の答えを見つけるのさえ大変なのに、多くの従業員の生活や顧客や社会の期待も背負いながら、社長として答えを見つけなければならないのですから。
社長の答え探しを手伝ってくれるパートナーが社内にいるといいですね。しかし社長に対してコーチングやファシリテーションをしながら、整理・明確化を手伝える幹部や社員が社内にいるでしょうか。
またそうしたノウハウがあるでしょうか。そこでやはり外部の力を借りようかとなるわけですが……。
外部のコンサルタントがやってきて、「社長とはかくあるべきですよ」、また「こういう理念を持ちなさい」と提案。社長は「なるほど、何となくそうかもしれない」と従ったとしましょう。
けれども十分に突き詰めて出した結論でないと、一旦は従ったはずが次第に違和感を覚えてくることになります。
宣言した「自分はこの会社を通してどうありたいか」について、やがて社長自身が口にしなくなる。従業員からすれば掲げている理念と社長のしていること、言っていることが違って見えてきます。
「社長の思い」が伝わらないばかりか、トップと現場の間に不信感が増していく。まったくの逆効果です。
これは例え話ではありません。この仕事をしながら私がよく耳にする話です。
やはり社長は周りや専門家のアドバイスに左右されることなく、「自分はこの会社を通してどうありたいか」という自分自身の心の声と、しっかりと向き合わなければならないのです。
少々手前味噌になりますが、私が会社を設立して10年。設立当初に「社長の思い」の整理・明確化のお手伝いをした社長に久しぶりにお会いして、「どうですか。当時の思いはその後変わりましたか?」と質問すると、「いえ、全然変わりませんよ」と笑顔で即答されました。「だって私自身の変わらぬ思いなのですから」と。
思いがより強くなったという人はいても、変わったという人は聞きません。それは一人ひとりがしっかりと自分自身と向き合い、「社長の思い」を整理・明確化できたからだろうと思います。
逆に言えば、社長という一人の人間を十分に掘り下げて、「変わらない思いは何か」を突き詰めていかない限り、「社長の思い」が明確になったとは言えないのです。
5 社長が心の声としっかりと向き合うための4種類の質問
「社長の思い」の整理・明確化のプロセスは、基本的にオーダーメードであると最初に申し上げましたが、私が社長に投げかける質問も基本的にはオーダーメードです。
インタビューに当たっては事前に多くの資料を読み込んだ上で、質問グループを用意して臨みますが、いざ始めてみると1つ目の質問への社長の反応によって、2つ目以降の質問をがらりと変えることもあります。
時には社長と名刺交換しながら交わした会話によって、1つ目の質問さえその場で変更することもあります。
目的はこちらが想定してきた質問の通りにインタビューすることが目的ではありません。すべての答えは質問する側にではなく、社長の中にある。それを明らかにしていくことが目的だからです。
ただ「社長の思い」に社長自身が向き合い、掘り下げていくための質問は、大きく次の4つの種類(カテゴリー)に集約されます。
1.会社の現在について
2.会社の過去について
3.会社の未来について
4.社長自身の個人史について
4についてはオーナー社長以外の場合は、あまり大きく影響しないことが多いので質問項目は限られます。彼ら「社長の思い」の中心にあるのは、前任社長からバトンを受け継ぎながら、すでにある「会社としての思い」をどのように継承していくかです。
大改革を所望されて就任というケースもあるでしょうが、歴史ある会社の前で、やはり「会社としての思い」をどのように継承していくかで悩むものです。
逆に創業者はもちろん、事業承継されたオーナー社長の場合は1~3以上に4が「社長の思い」の根幹を担っているものです。
4の質問は、生い立ちから大人になるまでに関わって影響を与えたすべての人、例えば付き合った恋人にさえ及びます。
本音を語っていただくためには、インタビュアーとなる私に対する信頼関係が必要です。なので多くの場合、インタビューを始める前に何度かお会いして面談したり、1対1で質問したり、少なくとも最初は1のカテゴリーから始めるなど、一定の信頼関係ができてから質問するようにしています。
4の質問については1~3以上に社長という一人の人間に迫っていくだけに、インタビューのプロセスでさまざまなエピソードを経験しました。
信頼関係に関わりますので会社は特定できない形にはなりますが、今後のお話の中で、その人生ドラマについていくつかご紹介していければと考えています。
さて次回は、4つのカテゴリーの質問について、その中身や質問の際に留意している点などをご紹介してまいります。お楽しみに。
※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。
(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年7月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。
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