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第4回 社長の思いを明らかにする質問<現在編・過去編>

1 「社長の思い」を明らかにする4種類の質問の関係とは?

 「社長の思いはこうすれば伝わる」と題してスタートしたこのコラムも4回目になりました。

 社長の思い(=会社として「何を大切にしながら(価値観)、何をめざしたいのか(目的)」)を整理し、わかりやすい言葉にして全員で共有浸透し行動していけば、顧客や社会、株主からも支持されて、従業員も社長も喜べる会社になる。みなさんがご存じの「従業員が生き生きと働いている会社」にも、恐らくは全員で共有浸透している思いがあって、それを規準に現場の一人ひとりが判断し行動しているはずです。

 理念経営を進めている会社は、顧客や社会の多様なニーズや変化にスピーディーかつ柔軟に対応できます。一人ひとりが判断できる共通の規準があるので、いちいちすべてを上に確認する必要も、上から言われているからできないといった画一的な対応も必要ありません。

 また未曽有の環境変化が起こっても一致団結して立ち向かうことができます。結果として企業として長く生き残ることができるのです。

 前回は、「社長の思いを明らかにする4種類の質問とは?」と題して、私がふだん「社長の思い」を整理・明確化するために使っている4種類(カテゴリー)の質問をご紹介しました。

1.会社の現在について
2.会社の過去について
3.会社の未来について
4.社長自身の個人史について

 簡単に言えば、「現在・過去・未来という会社の歴史」と「社長の個人史」です。

 会社の歴史における現在・過去・未来は連続しています。会社の時間軸という一本の線上には「会社の現在」という点があって、時間とともに進んでいきます。進んだ軌跡すべてが「会社の過去」となり、まだ進んでいない(実際はまだ線が引かれていない)延長線が「会社の未来」です。

 何度も言いますが、会社の実態は人の集団であって、重要な意思決定をしているのは社長(代表取締役)です。人が意思決定をしている以上、そこにはその人個人の価値観がおのずと出てくるものです。

 創業社長の場合は、会社の歴史が「社長の個人史」そのものであるといっても過言ではありません。「社長の個人史」が会社の時間軸、過去・現在・未来を貫いていくのです。

 「重要な意思決定をしているのは社長(代表取締役)である」という点については創業社長以外であっても同じです。

 2代目、3代目といったファミリー社長であろうと、サラリーマン社長(駅伝社長)であろうと、ある時点で手を打ったこと、手を打たなかったことも含めて、その意思決定には社長の価値観が関わっています。

 歴代の社長が率いてきた会社では、創業社長やファミリー社長に比べると影響は少ないものの、社長それぞれの個人史が関わりながら現在に至っているといえるでしょう。

 昨今お会いする若手創業者の中には「私はワンマンが嫌いです。だから基本的にすべての意思決定は従業員に任せている」という人がいます。本当にすべて決めさせているのであれば取締役会などいりませんし、社長の代表権も返上すべきでしょう。

 でも実際は、いくら従業員の総意でも、会社として(創業者個人として)認められない決定は権限を行使してひっくり返しているはずです。会社に対する思い入れが強い経営者であればあるほど、譲れない価値観は決して譲れないものですから……。

  「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」の関係をご理解いただいたところで、今回は「1.会社の現在」と「2.会社の過去」の質問について、もう少し詳しい解説をしていこうと思います。


2 「会社の現在」は事実を確認した上で、社長がそれをどう見ているのかが肝心

 「会社の現在」は会社の現状把握から始まります。

 まずは3C(Company:自社、Customer:顧客、Competitor:競合)や4P(Product:製品、Price:価格、Place:販売場所、Promotion:販促)、5フォース、PPM分析といったベーシックな視点から会社の現状を整理して把握していきますが、これらはあくまで本来したい質問のための事前準備です。

 社長に質問できる時間は限られています。私が質問される側の社長なら「データや事実はあらかじめ担当に聞くか調べてきてよ」と言いたくなります。

 私が任せていただく場合は、あらかじめ業界の情報や歴史、その会社が公開している財務データや業界の中での位置づけといった情報をあらかじめ担当者からいただいたり、事前に調べてインタビューにのぞみます。

 理想は事実確認の質問はゼロ、質問のスタートは事実に対して社長がそれをどう見ているかを聞くことです。

 例えばここ数年で売上が漸減しているとします。この事実に対して由々しき事態と見ている社長も多いでしょうが、中にはさほど意に介していない社長もいるものです。

 ある社長は数年前に大きな決断をして、利益重視型経営にかじを切っています。彼は「3年くらいは売上が下がるだろう、でも利益率が回復してくればそれでよし」と考えていたりします。

 またある社長は、従来の大量生産型から付加価値の高い多品種少量生産にかじを切っています。彼の最大の関心事は、売上よりもいかに付加価値の高い製品が生み出せるように変われるかでしょう。

 来月の資金繰りさえ苦しい時は、経営者は目の前の細かい利益に拘泥します。従業員の生活を守り、会社を存続させるためには最優先課題だからです。

 けれども社長が本来やりたいこと、考えていたいことは本当は次なる一手です。自らのめざす理想、「何を大切にしながら(価値観)、何をめざしたいのか(目的)」に向かってもっと上を考えている時が、多くの社長にとってワクワクする瞬間なのです。

 自ら信じる理念に向かうに当たり、社長は現状のさまざまな事実をどのように見ているのか。答えの中に、社長のめざす理想、目的と価値観が見え隠れしているものです。

 例えば私が用意する質問は次のようなものです。

 「ここ3年ほど売上が下がっていますが、どう判断していますか?」
 「売上が下がっている間もずっとこだわり続けていること、社員に要望し続けていることは何ですか?」
 「競合他社と自社の戦略をどのように見ていますか?」
 「社長が今一番気になっていることは何ですか?」

 会社としての強みや弱み、チャンスと脅威を整理するSWOT分析なども、第三者の視点での整理は客観的でよい場合もあれば、当の社長の視点からするとズレていることも少なくありません。

 企業の現状分析をする場合、ともすると売上や利益、事業の現状や商品といったカネやモノばかりに注目してしまいがちですが、企業の中心にあるのはあくまでヒトです。

 現状どんな組織があってどのように機能しているのか、その中で組織やヒトについて社長が強みと見ているのはどこで、気になっている問題は何か? それはなぜか?

 「会社の現在」についてこうした質問を重ねていくだけでも社長の思い、めざしたい目的や大切にしている価値観がぼんやりと見えてきます。が、まだ確信はありません。

 仮説は仮説として持ちつつも、固定観念を捨てて残りの3つの質問へと移っていきます。


3 「会社の過去」は社史沿革の中から重要な決断場面に注目する

 私がトップインタビューをする場合、最初にする質問は決まって「会社の現在」に関してです。では次はというと、「会社の過去」というケースと「社長の個人史」というケースがあります。

 2番目に「会社の過去」を聞くのは、サラリーマン社長(駅伝社長)の場合に多いです。創業社長に比べて「社長の個人史」が、企業理念にそれほど大きな影響を与えていないし、「会社の現在」の質問の流れから聞きやすいのが理由です。

 相手が創業社長の場合は、出会いから1回目のインタビューまでで一定の信頼関係ができていれば、「社長の個人史」の質問に入っていきます。「会社の過去」について後でご説明する“当たり”が付けやすいからです。

 ここでは「会社の現在」に直接つながっている「会社の過去」からお話ししていくことにします。そもそも「会社の過去」とは何でしょう。それは会社が創業されてから、現在まで生きてきた足跡であり、歴史そのものです。

 私は各社がホームページで掲載しているコンテンツの中で、とりわけ社史沿革を見るのが好きです。

 多くの人にとって社史沿革は、年号とその年にあった事実だけを無機質に羅列された一覧表にしか見えないかもしれません。しかしながら会社には1年に1つと言わず、数多くのできごとが起こっています。

 数えきれないほどの史実の中からあえて選んで社史沿革に掲載しているからには、それなりの思いが込められているはずなのです。

 例えば規模拡大を大命題としてきた会社は、売上や店舗数が拡大した経緯をこと細かに並べています。一方で新商品が生命線と考えてきた会社は、新商品の発売とその反響について詳しく触れています。

 私は新商品の発売年度の間を数えてしまい、しばらく空いていたりすると、何があったのだろう、売上が落ち込まなかっただろうかと気になってしまいます。

 他にも社会的評価を気にしている会社の社史沿革には、国やどこそこの団体から表彰された、認定されたといった項目ばかりが並んでいますし、従業員の働きやすさを大切にしている会社では、さまざまな社内制度を導入してきたことに記述が割かれていたりします。

 つまり社史沿革として記された項目には、会社が何を大切にしながら歴史を刻んできたかが表れているものなのです。そう考えると、「○○会社○年史」といった分厚い冊子ですらもちょっと興味を持ててくるから不思議です。

 「会社の過去」についてのインタビューに当たっては、あらかじめその会社の社史沿革を勉強しておきます。同時にその中から“当たり”も付けておきます。

 “当たり”を付けるのは、同社にとってその後の運命を決めることになったといえるくらいの重要な節目のできごととは何かです。

 実際のインタビューでは万が一掘り残しがないように、社史沿革の最初から現在までをひと通りなぞりますが、特に長い歴史のある会社では時間がいくらあっても足りません。そこで“当たり”が必要なのです。

 社史沿革に並んでいる項目から、会社が代々何を大切にしながら歴史を刻んできたかを想像し、「とすれば、特に重要な節目のできごとはこれやこれではないか」と仮説を立てます。

 3~5つくらいのできごとを選び、可能であれば詳しい史実も確認しながら、多くの考え得る選択肢の中からなぜその結論を選んだのだろうかと想像します。

 できごとを一つひとつ丁寧にひもといていくと、選んだ理由に共通のものが見えてくることがあります。それが同社にとって決して譲ることのできない「何を大切にしながら、何をめざしたいのか」という価値観や目的であることが少なくないのです。

 興味深いのは、現在の社長が創業者ではなく、2代目、3代目と事業承継したファミリー社長やサラリーマン社長(駅伝社長)である場合です。人類の歴史がそうであるように、史実に対する評価は時代や人が変わればガラリと変わることが珍しくありません。

 例えば記念日にするくらいに創業者が重要な節目と考えていた史実に対して、2代目は「そこにこだわり続けているからこそ、この会社は変われないんだ」と評価していたりします。

 どちらが間違っているわけでもありません。創業者がその時そう判断して現在があるわけですが、バトンを渡した以上、現時点で史実をどう評価するかは今の社長の自由なのです。

 コンサルタントとして創業者の思いを引き継ぐべきだと感じた場合は、会社と従業員の未来のために進言するようにしていますが、今言っても届かないだろうなと思う場合はタイミングを待つことにしています。

 大切なことは、現社長が「会社の過去」をどのように見ているかです。私が用意する質問は次のようなものです。

 「会社にとって創業以来の重要な節目のできごとを3つあげるとすれば?」
 「なぜその3つを選んだのですか? 共通の理由ですか? もし別々の理由であればそれぞれ教えてください」
「それぞれの場面で考え得るどんな選択肢の中であえてそれを選んだのでしょう。なぜそれを選んだのだと思いますか?」

 さらにファミリー社長やサラリーマン社長(駅伝社長)の場合、就任からしばらくたっていれば、これまでに自身が下した決断の中で最も重要と考える3つについて上記の質問をします。

 恐らく本人が一番聞いてほしい質問のはずです。「会社の過去」への評価を聞くのも大切ですが、現社長ならではの価値観をストレートに知れるチャンスなので十分な時間を取るようにしています。

 「社長の思いを明らかにするための4種類の質問」のうち、今回は「1.会社の現在」と「2.会社の過去」の質問についてご説明してきました。

 時間的な余裕と、身びいきのない客観的な視点さえ持てれば、社長自身や自社でも整理を進められる内容かもしれませんね。

 さて次回は、4つの質問の残り2つ、「社長の個人史」と「会社の未来」についてその中身や質問の際に留意している点などをご紹介してまいります。お楽しみに。


※不定期ですがあまり間を空けずに更新していく予定です。よろしければフォローをお願いします。


(著作:ブライトサイド株式会社 代表取締役社長 武田 斉紀)
※上記は、某金融機関の法人会員向けに執筆した内容をリライトしたものです。本文中に特別なことわりがない限り、2020年7月時点のものであり、将来変更される可能性があります。※転載される場合は著者名とコラムタイトルを必ず明記ください。

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