見出し画像

ロシアの権威主義体制は利益団体を通じて広がるネットワークに支えられている

あらゆる国家と同じように、ロシアの権威主義体制も上から下に向かって行使される権力だけで成り立っているわけではありません。下から政権を支持する集団がおり、彼らは利益団体を通じて繋がっています。

利益団体は政策に影響を及ぼすために活動する組織という意味で使われる政治学の用語です。企業、組合、教会、学生団体、職能団体、メディア、犯罪組織、非政府組織、民族団体、趣味団体など、社会のあらゆる組織が利益団体となる可能性を持っています。ただし、それは政党とは厳格に区別されています。これは利益団体の関心が権力の獲得ではなく、それぞれの利益を実現することだからです。政党は基本的に選挙で自党の候補者を当選させ、公職を支配することに関心を持っている組織なので、利益団体とは異なる動機を持っています。

ロシア政治をめぐる議論では、メディアで露出することが多いウラジミール・プーチン大統領の言動に注目が集まる傾向がありますが、その政権の下部には自己利益を追求する利益団体があり、それらが政府の決定に影響を及ぼしていると研究者は考えています。ただ、ロシアの利益団体が必ずしも公然な組織とは限りません。Kimmage(2009)は、ソ連の諜報機関だった国家保安委員会(KGB)元職員の非公然なネットワークもあれば、オゼロ(Ozero)のように農園経営を目的とした協同組合として法人格を持つ利益団体もあると述べています(Kimmage 2009: 53-4)。ただ、これらの利益団体の構成員はいずれもロシアの財界、官界、政界のエリートでまとまっています。プーチン自身が両方に属していることからも分かるように、対立関係にあるわけではありません。

Alena Ledeneva(2013)もKimmageと同じように少数の利益団体で繋がったエリートがロシアの政治を牛耳っていると認識しています。しかし、ロシアで縁故主義的な利益団体が存在することを指摘するだけでなく、彼女はその影響力があまりにも強大になっていると指摘し、そのためにロシアで法の支配を確立し、官僚制を合理化し、腐敗を撲滅することは不可能になっていると主張しています。Ledenevaが見たところ、このような利益団体はロシアの政官財界が癒着し、汚職の温床となっています。その中心的な人物であるプーチンは政府を動かして、それを手助けしていると彼女は指摘しています。政府に透明性がないために、恣意的な行政活動が横行しており、そのために経済的自由、政治的自由も制限されています。このことがロシアの近代化を妨げているというのがLedenevaの見解です。

Karen Dawisha(2015)は、ロシア政治における腐敗は1990年代にまでさかのぼることができると述べています。その調査によれば、1990年代の前半からプーチンは自らの権力基盤として仲間を組織化しており、それは自然発生的なものではありませんでした。最初の一歩はサンクトペテルブルクであり、プーチンは1990年にKGBを退職した後で、在学時の恩師と懇意となり、サンクトペテルブルクの対外関係委員会議長に就任しました。これはプーチンが政界に進出する足掛かりを与えただけでなく、自らの職権を使って、仲間だったKGBの元職員を援助することにも繋がりました。KGB元職員はソ連解体時の混乱に乗じて海外の口座に資金を避難させることに成功していたので、それらを活用することでロシアの財界に進出することに成功しました。プーチンが2000年に大統領に就任することができたのは、このような仲間が背後で彼を支えていたためであるとDawishaは考えています。

これらの研究はロシア政治を理解する上でプーチン大統領だけでなく、その周辺の人間関係に注意を払う必要があることを示唆しています。ただ、その実態を解明することは簡単なことではなく、情報源は絶対的に不足しています。例えばDawishaはプーチンとその側近の腐敗を解明するために、信頼性に問題がある情報源を利用しているのではないかと批判を加えられています。Dawishaはプーチンから決別した個人の信頼できる証言を利用することで自らの研究の妥当性を確保しようと試みていますが、アメリカ政府筋の匿名証言に依拠していたり、あるいは腐敗の程度を誇張して推定する傾向があります。ロシア政治の調査研究では利用できる情報源が限られているため、このような問題を抜本的に解決することは難しいでしょう。

ただ、プーチン政権の基盤がエリートの縁故主義的な非公然なネットワークであり、それが非政治的に見える利益団体を通じて維持されていることは独立して実施した複数の調査研究で裏付けることが可能です。Dawishaが指摘している通り、オゼロは重要な利益団体の一つであり、その事業用口座は組合員であるプーチンとその側近で共有されています。研究者はこうしたエリートの繋がりを地道に解明することによって、ロシア政治の構造を明らかにしようと努めています。

参考文献

Dawisha, K. (2014) Putin’s Kleptocracy: Who Owns Russia? New York: Simon & Schuster.
Kimmage, D. (2009) Russia: Selective Capitalism and Kleptocracy, in Undermining Democracy: 21st Century Authoritarians. Washington DC, Freedom House.
Ledeneva, A. V. (2013) Can Russia Modernize? Sistema, Power Networks and Informal Governance, New York, Cambridge University Press.

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。