国際政治を学んでいる人なら知っておきたい政治地理の基本基礎

国際政治学を学ぶための基礎として政治地理に関する基本知識を持っておくことは非常に重要なのですが、大学教育の現場でその意義はあまり認識されていないかもしれません。この記事では、国際政治学の研究で特に古典的な業績を残しているハンス・モーゲンソー、ロバート・ジャーヴィスの著作、論文を取り上げ、それぞれの議論で政治地理が国際政治に与える影響がどのように分析されているのかを紹介してみたいと思います。

国力の要素としての地理

モーゲンソーは地理という要因が国家の勢力を構成する要素の一つであると考えていました。例えば、アメリカの領土がどれほどの広さを持っているのか(規模)、ヨーロッパの他の国家とどれほど隔てられているのか(立地)、どのような地勢であるのか(形態)などを幅広く考慮に入れるべきであると論じています。

世界最大の領土を持っているのは今ではロシアですが、モーゲンソーの時代にはソ連が最大の面積を誇る国家でした。このことは、戦争が勃発し、敵軍によって一部の領土が占領されたとしても、直ちに国家としての存続が危うくなることはないことを保証しているとモーゲンソーは指摘しています。

ナポレオンが1812年にモスクワを目指して進軍した際には、兵站線が長く伸びきってしまい、部隊の補給に多大な困難が生じましたが、これも国土の規模が大きいことの影響です。つまり、ロシアを他国の軍事侵攻に対して頑強しているのは、ロシアの領土の規模によるところがあり、モーゲンソーは広大な国土を持つ国は狭隘な国土しか持たない国に比べて核戦争の際にも優位に立つと指摘しています。

どれほど他国との距離があるのか、その位置関係もその国の対外関係を考える上で重要です。アメリカの領土はロシアの領土から遠く離れているだけでなく、大西洋、太平洋、北極海によって隔てられており、他のヨーロッパ諸国からも孤立した位置関係にあります。このため、ヨーロッパの国がアメリカに対して侵攻するためには必ず海路を確保する必要があり、それが武力攻撃を困難なものにしていると考えられます。もちろん、立地の影響は通信技術、交通技術、軍事技術の発達によって変化する可能性があるともモーゲンソーは述べています。

最後に注目すべき特徴は形態です。これは山地の険しさや平野の広さ、あるいは河川の大きさなどで評価することができます。例えば、スペインはフランスと国境を接してきましたが、その国境はピレネー山脈に沿って引かれた自然国境です。このような天然の障害によって国境が守られていることは、軍事的観点から見て攻めにくく、守りやすいことを意味します。モーゲンソーはこのためにスペインはヨーロッパの国際政治史において軍事的紛争に巻き込まれることを回避することを容易にしてきた効果があると評価しています。

攻撃と防御に及ぼす影響

上述したように、モーゲンソーは各国の領土の規模、立地、形態といった地理的条件は国際政治の相互作用に影響を及ぼすことを述べていましたが、多くの国際政治学の研究者は地理を取り入れた理論やモデルの構築を避けてきました。しかし、ロバート・ジャーヴィスは「安全保障のジレンマの下での協調」という古典的な論文の中で地理が国際政治に及ぼす影響を考慮に入れた議論を展開しています。

ジャーヴィスはこの論文で取り上げたのは、自国の安全を確保しようとする際に直面する安全保障のジレンマという問題です。安全保障のジレンマについてここでは詳細は割愛しますが、自国の防衛のために軍備を増強すると、他国は自国の軍備拡張に危険を感じて軍備を拡張する恐れがあります。すると、当初の目的であった自国の防衛という目的を達成することがかえって難しくなるというジレンマです。

ジャーヴィスはこの安全保障のジレンマを避けるためには、自国の攻撃能力を強化する性質の軍備を拡張することを避け、防御能力だけを強化する性質の軍備を拡張することが重要であることを明らかにしているのですが、この際に地理的環境も考慮に入れる必要があるとも指摘しています。

その国が海に囲まれて孤立しているのであれば、他国の動向にさほど注意を払う必要性が低下するでしょう。なぜなら、遠く離れた国は自国が軍備を拡張したとしても、そのことで直ちに身の危険を感じることはないためです。しかし、その国が周辺諸国と近い位置にあり、しかも陸上国境で隔てられているだけであれば、軍備拡張の影響は直ちに周辺諸国に広がり、軍拡競争に陥るリスクがあります。

基本的に地理上の要因が攻撃に有利であるほど、安全保障のジレンマは起こりやすくなると言えるでしょう。反対に海に囲まれている場合や、険しい山岳地帯で国境が守られている国が多い地域の情勢は安定しやすいと考えられます。

参考文献

モーゲンソー著、現代平和研究会訳『国際政治:権力と平和』福村出版、1998年
Robert Jervis, 1978. Cooperation under the Security Dilemma, World Politics, Vol. 30, No. 2, pp. 167–174.

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