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論文紹介 何が戦争を終わらせるのか?:戦闘と政権交代の影響を分析する

すでに発生している戦争を継続すべきか、それとも終結させるべきかを選択することは一国の政策決定者にとって非常に重大な問題です。

現代の研究者は、自己利益を最大化しようとする二国間で交渉が行われる過程で戦争が勃発するものとして分析するのですが、前提として両者とも相手の能力に関して限られた情報しか持っていないこと、つまり情報の不完全さがあるはずだと想定します。この理論を踏まえれば、両国間で情報の不完全さが解消されたときには、戦争を続ける意味がなくなり、終戦になるはずです。

この理論的な枠組みによれば、戦闘の最も重要な機能の一つは、敵を撃破することではなく、政治家に情報を与えることであると言えます。国家間の戦争で戦闘がもたらす影響を分析した論文を紹介しましょう。

Weisiger, A. (2016). Learning from the Battlefield: Information, Domestic Politics, and Interstate War Duration. International Organization, 70(02), 347–375. doi:10.1017/s0020818316000059

情報が不完全でなければ戦争にならないという考え方はそれほど奇抜な理屈ではありません。もし自分が相手に能力で劣ると確信できるなら、相手と戦う前に交渉の段階でさっさと譲歩してしまい、対立を解消してしまうことが合理的な戦略と言えるためです。ただし、この理論はどちらの行為主体も自らの利益を最大化しようとする合理的主体であるという前提に依拠しているため、名誉の観念から、あるいは見栄を張るために戦い始めることは想定されていない点にあらかじめ注意しておいてください。

理論的に考えれば、合理的な行為主体は、自分と相手のどちらが軍事的に優位なのか判断できなくなると、自分から相手に譲歩するべきなのか、相手に譲歩を迫るべきなのか正確に判断できなくなるはずです。このような場合、それぞれが自分の立場を相手に押し付け、どちらも譲歩しないことが想定されるので、このような場合に戦争が勃発すると考えられます。以上が情報の不完全さによって戦争の原因を説明する理論の特徴です。

戦争が始まると、戦闘を通じて自分と相手の能力に関する情報が大幅に更新され、より正確なものになっていくプロセスが始まると考えられます。ただ、どのような情報がもたらされた場合に戦争の継続が断念されるのかに関しては研究者の間でも定説がありません。この論文の著者は、この問題に取り組んでおり、戦争が交戦国の政治家に正確な情報をもたらすと考えるだけでは終戦の条件を理解することが難しいと批判しています。なぜなら、戦争は敵と味方に関する新たな情報をもたらすだけでなく、過去に有効だった情報を陳腐化させる場合もあるためです。

戦争における交戦国の優劣は、一回の戦闘で明らかになるとは限りません。戦闘を通じて両軍はそれぞれの戦い方を変化させるかもしれず、また時間が経過するにつれて新たな兵力を動員できるようになるかもしれません。このような複雑な戦争の経過を踏まえるならば、著者は戦争が政治家にもたらす情報にはばらつきがあると指摘しています。

著者の分析によれば、急激に戦局の優劣が転換した場合と、多数の戦闘が実施された場合において、終戦の確率は上昇する傾向がありますが、戦闘の烈度が上昇した場合には終戦の確率が少なくとも統計上有意に高まらないことを発見しました。この分析は19世紀から20世紀の戦争の事例を幅広く対象としたため、データに大きな制約はあったものの、著者は以前の研究よりも詳細な推定を行い、戦争のどの時期に兵士の死亡率が急上昇しているのかを特定することに成功しています。

また、戦闘の結果から軍事的に劣勢だと分かった後でも、政治家は自分自身の責任を逃れるために、あるいは個人や集団のバイアスのために、和平交渉に入ることに抵抗する可能性もあることを考慮しなければなりません。このような場合は、指導者が交代することによって、終戦に向けた譲歩を選択することが促されると考えられます。政権交代の効果は特に権威主義国で顕著だと著者は考えており、国家の首脳部が持つ情報を大幅に更新することに繋がると考えられます。

著者の分析でもう一つ興味深いのは、政権交代した後で就任した指導者が、開戦の責任を問われる可能性がある場合については終戦の確率を高めないと論じている箇所です。政権交代はその国家の首脳部が持つ情報を大規模に更新する効果がありますが、もし前政権と密接な繋がりを持った人物が政権を発足させたならば、そのような効果が得られないのかもしれません。

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