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書評『民主的軍国主義(Democratic Militarism)』有権者が戦争を望む理由

ノースウェスタン大学の助教授ジョナサン・キャバリーの『民主的軍国主義:投票、資産、戦争(Democratic Militarism: Voting, Wealth, and War)』(2014)は民主的な政治システムが、国内の状況によっては、軍事費を増やし、武力攻撃を好む場合があることを論じた独創的な著作です。民主主義が常に平和の維持に寄与するとは限らないことを実証しており、学界でも注目された研究です。

18世紀に活躍したドイツの哲学者イマヌエル・カントは民主主義を採用し、民衆が権力を握れば、戦争が勃発する可能性は低下すると論じたことで知られていますが、著者はそのような見方では説明ができないケースがあると指摘しており、民主主義国が常に対外政策で穏健であるわけではないと論じています。

大きな問題とされているのは、民主主義国家における有権者を一定の態度や利害を共有する集団とカントが見なしていたことです。著者は、そのような過度な単純化を避けるべきだとしており、所得水準に応じて有権者集団を分類した上で、それぞれが対外政策についてどのような政治的態度を形成するのかを調べる必要があると考えました。

この著作の第3章では米国の世論調査が取り上げられているのですが、そこでは有権者の所得水準が低くなるほど、対外政策で軍事的手段を活用すべきだと考える確率が高いことが報告されています。イスラエルの世論調査を使った分析でも、家計の支出が平均を下回ると、和平交渉に消極的になる傾向を見出すことができます。

つまり、高所得者になるほど、軍事費の増額に反対し、戦争にも消極的であることが認められました。反対に低所得者になるほど、軍事費の増額にも、戦争行為にも積極的になりやすいことも判明しています。

このような分析結果を踏まえ、著者は戦費を負担するだけの収入がない人々は、戦争を遂行するために必要な経済的負担を軽視しやすくなるため、強硬派の立場をとりやすくなるのではないかと考察しています。資産がある人であれば、それを戦争によって失うリスクを真剣に恐れますが、資産がない人はそのような抑制が効きません。著者は富の偏在が進むほど、武力紛争に積極的な有権者が増加する可能性を指摘しています。

また興味深い点として、著者はジニ係数を使いながら、国内で所得格差、つまり不平等が大きくなればなるほど、高額な武器や装備に依存した軍事組織を構築するようになる傾向もあることを報告しています。ただ、この問題に関する統計的分析の結果が複雑であり、著者は自分の理論で十分にその結果を説明することができないことを率直に認めてもいます。この点についてはさらに研究が必要とされるでしょう。

これまでにも政治学者は所得の格差、不平等の拡大が政治的な不安定化を招く要因であると論じてきましたが、国際社会の平和と安定を脅かす要因にもなるという著者の議論は大変興味深いものです。国内政治と国際政治が密接に関係していることを改めて考えさせる研究ではないかと思います。

参考文献
Jonathan D. Caverley, Democratic Militarism: Voting, Wealth, and War (Cambridge Studies in International Relations Book 131), Cambridge University Press.

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