還暦前の気付き ② 振り返り(後半)

確かに、世間一般には、外資系金融会社で成功する人は、「極めて利己主義で、お金が『やる気』の最大のエンジン」とのイメージを持たれているかと思います。

事実、小生も30代から40代と歳を重ねるにつれ、それなりの職務の重責を担ってくると同時に、子供の教育費や住宅ローンの重圧も感じる立場になると、より「稼ぐ」事が遣り甲斐になった時期はありました。それは、たまたま勤務地がNYのウォール街でしたり、外資系金融会社に転職していたせいもありましょう。会社の収益を上げれば、年収が上がり、それにより躊躇なく高級レストランに行けたり、ブランド物が買える自分に多少なりとも酔っていたのかもしれません。しかし、余りに激しく働いていると(当時は「コンピューター的ブルドーザー」と揶揄され)、当然、仕事以外の「人生」のバランスが崩れ、例えば、飛行機のマイレッジ・ポイントが世界2周分以上も溜まっても、それを使える時間も労力も全く残っていませんでした。遺憾にも離婚したのもこの頃です。皮肉な事に、日本の証券会社の時もセブン・イレブン状態以上に激務でしたが、案外、働きによって年収が幾らでも増える状態の方が、かえって「遣り甲斐」を見失い、挙句の果て、燃え尽き症候群に陥るリスクが高まっていた様に思われます・・・。

確かにまわりに体調を崩してしまった同僚を目の当たりにするにつれ、悪循環の様に、「一刻も早く自分自身が社長になって、自ら『自由に』会社の方針やルールを決定できる様になるんだ」と、一層、馬車馬の様に働き、やっと数年後にその座を射止める事ができました。さすがにその頃には、「利己」より「利他」の重要性を認識し、具体的には、本当に顧客(主に個人投資家)が長期的な分散投資による蓄財(お子様の教育資金も含めて)ができる様なアドバイスを最優先にする会社体制に舵を切る事ができました。

しかし、その頃は当然だと思っていたものの、最近、還暦間近になって大間違いだった事に気付きました。
当時、自分にとっての「社長」は、やっと勝ち取った権力であり、我こそは「リーダー」として、テキパキと部下に指示を出すべきだと・・・。そして、自分の読み通りに組織を率先して成果を上げるのが社長冥利だと。しかし、今回の講演会の直前に読んだ「座右の書『貞観政要』」(出口治明著)の中国古典によると、真逆で、社長こそ「我慢」をしなくてはならないそうなのです。決して「君はわかっていない」などと権限を振るって、部下の小さなミスまでもすぐに直さずに、まずは「我慢」をしなくてはならないのだと。君主が心に留めておくべき10の思慮(十思)と、積むべき9の徳行(九徳)にも網羅されていますが、「実績を出したら信頼する」のではなく、「信頼するから実績が出る」と。

確かに、各国の「リーダー」に対する文化違いは当然として、率先する組織の規模や部下のレベルおよび競争相手との力量差やタイミングなど(いわゆる「天の時、地の利、人の和」)にもよるのでしょうが、根本は「君は舟なり、人は水なり。水はよく舟を載せ、またよく舟を覆す」(荀子)と「リーダーは『謙虚』に自制する様に心掛けすべきだ」との当たり前と言えば当たり前の事に還暦前の気付いたのでした。それにより、チームメートもやる気が高まる事によって、一層すばらしい結果が出続け、自分・チームメート(会社)・社会(顧客)のwin-win-winの関係(近江商人の「三方好し」)が実現するのであると。

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