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【第1話】死体が動いたっ!? 新人火葬場職員、驚愕の初出勤【下駄華緒の弔い人奇譚】

――第1話――

ぼんやりと葬祭業という場所に飛び込んでみたいと思いを馳せていると、神のいたずらか天の采配か、知人が火葬場職員として働いているという情報を得ました。
早速相談させていただき、晴れて面接を経て初出勤の日がやって来ました。

「当日持ってきてください」と電話越しに言われたのはメモと筆記用具、そして勤務開始にあたっての書類や印鑑などごくごくありきたりなもので、これから働く「火葬場」というある特殊な環境のイメージと相反するようで不安と複雑な気持ちで一杯でした。

「今日から勤務になります、宜しくお願いします」と、なんの変哲もない挨拶で僕の初出勤は始まりました。少しは奇をてらった挨拶でも、と考えていたのですが火葬場という重い雰囲気とその場の空気にかき消されました。

事務所兼従業員の休憩所でもあるこの部屋の机をはさんで正面に寡黙で経験豊富そうな初老の男性Aさん、隣には優しそうな僕より少し年上であろう男性Bさん。二人ともこの「火葬場」という場所にものすごく溶け込んでいて、そもそも奇をてらった挨拶など望んでいないようでした。
制服や業務に関する細かい説明などBさんがものすごく丁寧に教えてくださり、感謝しつつもあまりにも手厚いので「もしかして辞める人が多いのかな?」と、思いつつもぐっと心の内に秘めておくことにしました。

「じゃあ、いきましょうか」と重い腰を上げたのは初老のAさん。これから実際に火葬場の設備を一緒に見に行こうというのです。

とうとうきたか……と、少し心拍数が上がったところで「ははっ、緊張しなくて大丈夫だよ」とAさんが声をかけてくれました。緊張を表に出したつもりはなかったのですがすぐに見抜いたAさんに対する僕の気持ちは早々に尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。

思っていたより、火葬場は綺麗で現代的な気がしました。
真っ白で艶のある床、高い天井、最初に感じた重い空気は少しばかり晴れていました。
――が、でもよくみると沢山の小さな扉。

「あれが炉ね」と、Aさんが教えてくれました。炉(ろ)とは要するに「火葬炉」のことで、この大きくキレイな壁面にずらっと並ぶ小さな扉に遺体を運んで火葬するのか……と先ほどまでの晴れた気持ちが現実に引き戻されたようでした。

Aさんが重そうな鉄扉を開けて「で、ここが炉裏、わしらは焼き場ともいうけどね」と案内してもらった先は、表の雰囲気とはまるで違う、「ゴー!」という大きな音が立つ大きくて広い機械室のような場所でした。
しかも、ものすごく暑い。この暑さの原因はこちらから聞くこともなく、言わずもがなでした。

「見てみる?」と突然Aさんが言いました。なにやら大きな機械のごく小さな小窓を開けて僕に何かを見せようとしているのです。
なんとなく何を見せられるのか想像できていたので「はい」と答えてさっさと小窓の中を覗きました。

その瞬間「うわ・・!」と声にならない声を出し少しのけぞってしまいました。

だって、中にはもちろん火葬中の遺体があるのですが、それよりも、
――遺体が上半身を上げて、後ろを振り返りこちらを見ていたのです。

初めて見た火葬中の遺体と目があったんです。
いや、皮膚はほとんど焼けて目はなかったですけどね。

そしてそんな僕を傍観しながらAさんが「この人は事故死でね……」とお話ししてくれました。
落ち着いた僕にさらに色々と教えてくれました。人は火葬するとゆっくりとファイティングポーズのような姿勢に向かう、ということ。しかし皆が必ずしもそうなるわけではなくて、稀に今見たように起き上がったりもするんだよ、と。
それを聞いた僕は「なんていじわるな人なんだ……」とも思いましたが、後に聞いた話では、敢えてショッキングな状態を見せて、新入りが続くかどうかを判断しているとのことでした。

なにはともあれ、僕は合格だったようでその日の内に歓迎会もしていただきました。
でも、歓迎会の会場が焼肉屋さんだったのは絶対に意地悪だったと思うんですけどね……。

著者紹介

下駄華緒 (げた・はなお)

2018年、バンド「ぼくたちのいるところ。」のベーシストとしてユニバーサルミュージックよりデビュー。前職の火葬場職員、葬儀屋の経験を生かし怪談師としても全国を駆け回る。怪談最恐戦2019怪談最恐位。

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