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八王子のご当地怪談第2弾『八王子怪談 逢魔ヶ刻編』(川奈まり子)著者コメント・試し読み・朗読動画

第2弾!
心霊多発地帯・八王子を地元出身の著者が徹底取材

内容・あらすじ

八王子城跡に佇む異界
毎日“出た”旧マルイの地下
大和田刑場跡の凄惨な祟り
本当に人を攫った高尾山の天狗
小峰トンネルに潜む女の幽霊
霊道が通る大栗川沿いの家

霊気みなぎる高尾山や東京屈指の心霊スポット・八王子城跡――
東京のベッドタウン・八王子には豊かな自然と歴史、そして怪談好きを唸らせる数々の心霊スポットがある。地元出身の作家・川奈まり子が、緻密な取材をもとに八王子ならではの怪異に迫る第二弾!

・幼少時代に住んでいた数寄屋造りの家には人ならぬモノも棲んでいた「祖父の家」
・戦国時代の惨劇の怨恨は今なお訪れる者へ何を伝えたいのか…「八王子城奇談」
・著者が再会した地元の知り合いから聞いた奇妙な話の数々「御陵の東」
・謂れのある場所に建つ家を買った叔父の顛末「さげ坂の家」
――など37話収録。

著者コメント

 ふるさとの怪談を上梓する機会を再びいただきました。
 八王子は古来より桑都そうとと呼ばれた絹織物の産地ですが、どういうわけか、私の怪談も織物に似ているようです。
 歴史を経糸たていとに、人を緯糸よこいとに。
 SNSで募った体験者をインタビュー、お話の舞台を取材して、悲喜こもごもの人間模様や時代の空気を怪談に織り込んでいる次第です。
 今回も、先ごろ重要無形民俗文化財に指定された八王子車人形にまつわる逸話をはじめ、学生や社会人、誰かの両親や祖父母、登山愛好家や元走り屋など、現代の八王子を生きる、さまざまな市井の人々の体験談を綴らせていただきました。
 さらに、これら 42話(※)に加えて、前作『八王子怪談』にはなかった試みとして、 民話や伝説を紹介する「昔語り」4話を盛り込みました。
 八王子は「東京最恐都市」と呼ばれるオカルトマニアのメッカです。
 しかし、この大きな街を一反の布だとすれば、現代怪談は新しいまゆの一つに過ぎません。
 そう思えば、昔ばなしや言い伝えこそ、ご当地怪談の一丁目一番地にほかならないと思うのです。
 ――幽世と現世が溶けあう、逢魔ヶ刻のような実話集ができました。
 恐怖と郷愁の綾なす織り模様を、どうぞご覧くださいませ。
(※) 小題31話+「八王子奇譚」6話+「霊山異聞集」5話

試し読み 1話

高月城の夜行さんと橋の子ら (高月町)

 八王子市高月町たかつきまちはあきる野市に隣接しており、市境に秋川が流れ、橋が架かっている。
 秋川は下流で多摩川に流れ込むが、その合流地点にある東秋川橋は、橋の北詰があきる野市、南詰が八王子市になるのだ。
 民俗学的には、川も橋も境界とされる。彼岸と此岸。幽世かくりよ現世うつしよ。この世ならざるものと軒を接しているわけでもなかろうが、昔からこの辺りには怪談や幽霊の目撃談が多い。
 それには原因が二つ考えられる。
 一つは、秋川と多摩川の合流地点周辺の限られたエリア内に、高月城と滝山たきやま城という二つの古城跡があること。
 高月城は、一四五八年に武蔵国守護代・大石顕重おおいしあきしげによって築城された。
 小田原の後北条氏が興隆してきた頃、大石氏は多摩の南側・由井ゆい領で権勢を振るっていたが、後北条氏の陣地が拡大して、高月城の西方一五キロに津久井つくい城を築くと、高月城を廃城にし、南東に退いた位置に滝山城を築いた。
 しかし結局、防戦ならず、一五四六年、第一三代当主・大石定久さだひさは娘の比佐ひさを後北条家の三男・北条氏照うじてると縁組させて城から退いた。そして入道して八王子市下柚木しもゆぎ永林寺えいりんじ蟄居ちっきょしたものの、失意のまま三年後に野猿やえん峠で切腹して生涯を閉じたのだった。
 ――二つの城跡は、いわば大石氏の夢の跡だ。当時は血なまぐさい小競り合いが繰り返されていた。死と戦いが身近だった時代の記憶が、怪異を生んでいるのかもしれない。

 高月町には、高月城にちなんだ〈夜行やぎょうさん〉という妖怪の伝説がある。
 夜更けの高月町で歩いていると、背後から妙な音が近づいてくる。
 カポカポ、カポカポ……。
 振り返っても、そんな音を立てそうなものは何も見当たらない。やがて馬のようだ、と思いつく。ひづめの音だ。しかし音だけが追ってくるので、たまらない。
 ――この音の主の姿が見えたら、さらに恐ろしいだろうと思うが。
 と、いうのも、この妖怪《夜行さん》は、姫君を乗せた首のない馬か、もしくは、上半身が姫君でその他が馬といったケンタウロスを髣髴ほうふつとさせる姿をしているのだから。
 大石氏の高月城が敵襲を受けたときのこと。姫が馬にまたがって逃れようとするも、追手の刃が一撃、走る馬の首がねられてしまった。ところが馬はたおれず、姫を乗せたまま天高く駆け上がり、彼方へと走り去ってしまった。
 この首なし馬と姫君が妖怪と化したのが《夜行さん》なのだ。
 岩手県遠野とおの地方のおしらさまの伝説と似通っているけれど、今も存在する高月城跡が、合戦の時代と現代とを結びつけてリアリティを生んでいるような気がする。
 大石氏が盛んだった一五世紀から一六世紀、つまり室町時代や安土桃山時代の姫君の着物なら、華やかな意匠を凝らしたきらびやかな衣だったのではあるまいか……などと夢想して、私は変人だから、ぜひ遭遇したいと思うのだが、目撃することはおろか、寄せられた体験談にも《夜行さん》らしきオバケが登場したためしがない。

 高月町の秋川沿岸部に怪しい現象をもたらしているもう一つの原因は、ここが水難事故の多発地帯だったからではないかと推察される。
 東秋川橋のたもとの河川敷は、かつては水遊びをする人々でにぎわっていた。
 私も子どもの頃に……というと五〇年近く前になるが、当時は秋川市だったあきる野市に住む母の友人家族や妹と一緒に、夏になると遊びに行ったものだ。
 無事で幸いであった。昨今はこの一帯では、遊泳が禁止されている。禁止の理由は単純、溺死する者が後を絶たないからだ。特に子どもが亡くなるケースが多い。
 私のもとにも、東秋川橋付近を舞台とした、こんな実話が寄せられている。
 あきる野市在住の琉夏《るか》さんは、今から数年前のそのとき、八王子市内の高校時代の友人宅から帰っている途中だった。時刻は辺りに黄昏の気配が満ちてきた、午後の五時頃。
 その友人とは、かつては親友同士だったが、近頃は疎遠になりかけていた。高校を卒業してから一〇年も経つ。今では、お互い家庭がある忙しい身だ。
 久しぶりに会った理由は、共通の知り合いが七歳の子どもを亡くしたからだった。
 琉夏さんには同い年の一人娘がおり、友人にも四歳の息子がいる。子どもをうしなった知人は高校時代のアルバイト先で知り合った当時の同僚だった。日野の人で家も遠くないし学年も一緒だったから、結婚するまでは、ときどき三人で集まっていたものだ。
 とはいえ、子どもの葬儀に参列するほど親しかったわけでもない。
 そこで、その代わりに葬儀から二ヶ月ばかり過ぎた今日の午後早く、友人と二人で日野市の家を訪ねてご焼香してきたというわけだ。子どもが死んだのは八月だった。そろそろ落ち着いているかと思ったのだ。
 だが、知人は憔悴しょうすいが著しく、少し正気を失っている節も見られた。
 ――仏壇のコップの水をゴクゴク飲んで、ケロッとした顔で「あら、間違えちゃった」と言ったときには、悪いけどゾーッとしちゃったな。
 琉夏さんは午前中に見た光景を思い出して、あらためて身震いした。
 そそくさと知人宅を立ち去り、友人宅に場所を移して、さっきまでおしゃべりしていた。
 友人の子が通う幼稚園は、四時までに迎えに行かねばならないという。友人は車の免許を持っておらず、いつも路線バスに乗って送り迎えしていると聞いて、「ついでだから」
と琉夏さんが車で幼稚園まで一緒に行って、友人親子を家まで送ってあげた。
――親切にしすぎちゃったかな。すっかり遅くなっちゃった。
 娘は小学一年生だ。下校の時間は過ぎている。でも、帰りが遅いときにはマンションの一階ロビーで待っているように、いつも言い聞かせていた。五時半まではロビーの受付に管理人もいる。大丈夫だろう。
 そのうち、東秋川橋に差し掛かった。
 五時ちょうど。最近、日の入りが早い。六時すぎには暗くなってしまう。すでに太陽は西に傾いて、橋の下は薄暗く沈んでいた。
 ――いやだわ。あの子が亡くなったのって、すぐそこじゃない。
 そうなのだ。知人の子は、あきる野市側の河川敷で家族がバーベキューに興じていて目を離した隙に、川で溺れて死んだのだ。
 ――うちの娘と同じ七つで逝くなんて。でも、あの子は男の子。うちの子とは違うわ。
 彼女も夫もアウトドアには関心がなく、秋川に娘を連れてきたことがなかった。バーベキューも好きではない。近場で水遊びするなら市営プールかサマーランドがいい……。
 ――なにかしら? 小さな子たちの声がする。
 橋を渡りはじめたら、急に、子どもたちが楽しそうに群れ騒ぐ声が聞こえてきた。
 後続車もなかったので、速度をゆるめて橋の上から左右の河川敷を見渡したところ、右に見える川で、二、三歳から七、八歳ぐらいの幼い子どもばかり二、三〇人も遊んでいた。
 驚いてブレーキを掛けた。運転席から目を凝らして眺めても、引率している大人の姿を見つけることができなかった。「大変だ」と思わず独り言が口をついて出た。
 慌てて車から降りかけた。ところが、運転席のドアを開けるのと同時に、子どもたちの姿が見えなくなった。
 子どもに特有の甲高かんだかい、なんとも楽し気な歓声だけは、まだ木霊しているのに、である。
 そちら側に一歩、二歩と近づいて、誰もいない河川敷を信じがたい気持ちで見つめていたら、後ろから走ってきたトラックにクラクションを鳴らされた。
「バカ! 危ないだろ!」と罵声を浴びせられて、我に返った。
 いつのまにかセンターラインの近くまで歩いてきていた。
 危うく轢かれてしまうところだ。一瞬で全身に冷たい汗をかいていた。手の甲で額をぬぐいながら、子どもたちの声が止んでいることに気がついた。河原の方を振り向いても、無人の川面が夕焼けを照り返しているばかりだった。
 車に戻ると急いで家に帰った。マンションの駐車場に車を入れて、運転席から降りた。
 そのとき、車体に捺された小さな手形が目に入った。
 娘の掌ぐらいの大きさだ。子どもの掌はペタペタとあぶらっこくて、すぐに跡がつく。
 出掛ける前には手形はついていなかったと思うけど、気にするほどのこともでもないかしら、と思いつつ車から少し離れたが、やはり気がかりで振り返ってみて……。
「ギャッ」と悲鳴をあげた。
 手形は一つではなかった。車体や窓のいたるところに、無数の小さな手形があった。
 これに気づかずに出掛けるわけがない。しかし急がねば。もう管理人が帰った頃だ。恐ろしくて膝が震えるのを、なんとかこらえてマンションのエントランスに入った。
 ロビーに娘の姿がない。慌てて周りを見回していたら、後ろから「ママ」と呼ばれた。
 エントランスから娘が入ってくるところだった。
 安堵のあまり倒れそうな心地で「お外で待ってたの?」と訊ねて、彼女は凍りついた。
 ――「うん」と答えた娘の後ろに、子どもの形をした黒い影が幾つも群がり、小さな頭をひょこひょこと動かして、こちらのようすをうかがっていた。

―了―

朗読動画

4/27 18:00 公開

著者プロフィール

川奈まり子 (かわな・まりこ)

東京都八王子市出身。
怪異の体験者と土地を取材、これまでに5000件以上の怪異体験談を蒐集。現在怪談イベントや動画などで活躍中。
単著は『八王子怪談』をはじめ、「実話奇譚」「一〇八怪談」各シリーズのほか、『実話怪談 穢死』『赤い地獄』『実話怪談 出没地帯』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』など。
共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」各シリーズ、『実話怪談 犬鳴村』『嫐 怪談実話二人衆』『女之怪談 実話系ホラーアンソロジー』など。
近年は怪談の語り手としても活動。ホラーアカデミア会員。日本推理作家協会会員。最新刊は『八王子怪談 逢魔ヶ刻編』。

シリーズ好評既刊

八王子怪談
実話奇譚 蠱惑
実話奇譚 怨色
一〇八怪談 飛縁魔
一〇八怪談 鬼姫


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