神が憑く…禁忌の実話怪談、新シリーズ始動!『「弔」怖い話』(加藤一)著者コメント・試し読み・朗読動画
人の霊は弔い、成仏させればいい。
ならば神は――?
弔えない恐怖。
神に纏わる実話怪談
内容・あらすじ
「超」怖い話四代目編著者が長年追いかけてきた神に纏わる実話怪談。
幼い頃に山神と出会い憑かれた少女は、長じて京都の龍神の元へ導かれる。
龍神は彼女の前世に繋がるある人物を探しており、そのために彼女を呼び寄せたのだが…「おいちとおえんの物語」
鬼の洗濯板と呼ばれる名勝近くの祠にお詣りした夜、宿の鏡の中で恐ろしい現象が…「修学旅行」
四国八十八箇所巡りの六十五番札所付近の山道で起きる怪異…「札所ドライブ」
新居探しで訪れた二つの物件。片方には腕を引く男の霊が、もう片方には土地神様がいたのだが…「内見の旅」
他、弔うことも祓うこともできない戦慄奇談!
著者コメント
試し読み 1話
ちゃんとお片付けしなさい
子供というものは、遊び、食べ、眠るのが仕事である。
特に未就学児ともなれば、そこに「散らかす」という重大な仕事が加わる。
玩具を楽しみ、絵本を眺め、人形やぬいぐるみと対話し、お絵かき帳に高い芸術性の片鱗を描き殴り、そして飽きたら放り出す。
結果、往々にして子供部屋は魔窟と化す。
渡辺さんちの一粒種の陽葵ちゃんの部屋も、床が見えないほどの散らかりようであった。四歳児の部屋であるとはいえ、やはり躾は最初が肝心である。
「……ひーちゃん、ママと一緒にお片付けしよっか」
「うん!」
掃除、片付け、整理整頓は躾の基本、である。これを嫌ったり嫌がったり面倒くさがったりする癖を付けてしまっては将来色々と大変。
故に、渡辺さんは、掃除片付けを楽しませることで苦手意識を持たせない、という路線を狙った。
幸いにしてゴミや紙屑の類は少なく、ただただ「出したものが出しっぱなし」という状態だった。
「玩具は玩具箱、絵本は本棚。ひーちゃんのぬいぐるみさんは何処がいいかな?」
「ぬいぐるみさんは、えーと、えーと、ひーちゃんの机の上がいい!」
「じゃあ、これ。並べてあげてねー」
ぬいぐるみを幾つか娘に手渡して床に目を落とすと、何やらフローリングが色鮮やかになっている。
「あれっ?」
ペンか何かだろうか。緑色のインクがフローリングにべったりと跡を残している。
やりおった――!
恐らく、お絵かきか何かで興奮して、そのままお絵かき帳の外にまではみ出していったのだろう。自分だって子供の頃にやらかしたことがある。畳に壁に大作を描き殴って、随分と叱られたものだ。我が子もそういう歳になったか。
しかし、こういうことも最初が肝心である。
「ひーちゃん! ちょっと! 床にお絵かきしちゃダメよ!」
一言だけ小言を言って、ウェットティッシュで擦った。お絵かき用の水性ペンにフローリングという組み合わせが幸いしたのか、緑のインクはすぐに消えた。
シール帳と折り紙を束ねて娘に手渡し、そして手元に視線を戻す。
またしてもフローリングに緑のインク。
つい今し方、拭き取ったばかりの場所である。
「ひーちゃん、ちょっ……」
言ってる側から、またやらかしおったか、と声を荒らげかけた。
が、娘は積み上げた絵本を彼女なりの順番で本棚に詰め込む作業に夢中になっている。
なるほどなるほど。これは娘に濡れ衣を着せてしまうところだった。
ペンのキャップが外れているのだな。剥き出しのペンが何処かに転がっているのだろう。
そう合点してペンを捜した。
ペンはすぐに見つかったのだが、キャップは付いたままだった。というか、そもそも、その他の玩具と一緒に玩具箱の中に入っていた。
なるほどなるほど。じゃあ、アレだ。ペンのインクが他の玩具に付いているのでは。
そう思って、床に転がっている玩具をひとつひとつ手に取って端々まで眺めてみたが、玩具にインクの汚れはない。
ということは、さっき汚れを拭き取ったウェットティッシュから床に色移りしたのだろう。たぶんそう。きっとそう。
新しいウェットティッシュで再びインクを拭き取り、すかさずゴミ袋に放り込む。
「ママ! お部屋、きれいになったね!」
「そうだね! よく頑張った!」
繰り返し拭いたフローリングにインクの跡はなく、散らかっていた玩具は片付き、絵本は小さめの本棚に誇らしげに並べられ、どうにか部屋は綺麗になった。
やりきった感から、母娘は満足げな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、手を洗おっか。お掃除、お片付けをしたら?」
「んと、洗面所で手を洗う!」
「よくできましたー。終わったらおやつにしよう」
娘に念入りに手を洗わせた後、自分も手洗いする。と、一足先に子供部屋に戻ったはずの娘がすっ飛んで戻ってきた。
「ママ! また緑になってる!!」
慌てて子供部屋に駆け込むと、綺麗に拭いたばかりのフローリングは一面緑色になっていた。例のインクがべっとりと付いている。
何処から? まさか、天井から垂れてきた? と見上げたが、天井は綺麗なものだった。
壁も、玩具も何ともない。クッション、ゴミ箱、その他の調度品も無事である。
ただ、床だけが緑色になっている。
「ママ……」
「オバケだよ。緑のオバケが怒ってるんだよ。お片付け、ちゃんとできない子は誰だ、ママに手伝ってもらってる子は誰だって怒ってるんだよ!」
答えに詰まって、咄嗟にそんな言葉が口を衝いて出た。
「緑のオバケさん、ごめんなさい! これからはちゃんと片付けます! 自分で片付けます! 言われる前にやります! だから許して下さい!」
娘は、畏まって大泣きを始めた。
それは、一回こっきりの不思議な出来事――ではなかった。
家事を終えた後、ふと掌を見ると緑のインク。
子供部屋の床、ではなく、机や壁に緑のインク。
娘はそれを見つけるたび、「ごめんなさい! ごめんなさい!」と、泣き叫び謝りながら部屋を片付けるようになった。
二〇二一年の春から緑のインクは都合四回ほど現れたが、何故現れるのかは皆目見当が付かない。
「まあ……咄嗟にダシにしちゃったけど、おかげさまで躾はうまくできたと思うんです」
―了―
朗読動画
5/24 18時公開!
著者プロフィール
加藤一 Hajime Kato
1967年静岡県生まれ。O型。獅子座。人気実話怪談シリーズ『「超」怖い話』4代目編著者として、冬版を担当。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル『恐怖箱』シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。主な著作に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。