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体験者の想いごと受け取って綴る、松本エムザ渾身の最新実話怪談『実話異聞 狐火怪談』著者コメント、試し読み

青白き妖炎が異界へと誘う恐怖譚!

内容・あらすじ

「引きずり込まれそうになるんです。あれを見ると…」
踊り場の窓からだけ見える光。その時、誰かが死ぬ――。

「夜、光る」より

信号待ちの車にぶつかってきた老婆の叫び「どっちだ?」の意味とは…「道の先に」
公演初日を前に舞台に供える酒。翌朝、黒い濁りが…「演劇の神様」
鬼怒川の河川敷に打ち上がった鯉の口から聞こえた言葉…「栃木の怪 其ノ参 忠告」
階段の踊り場の窓から見える光。そこにはある法則が…「夜、光る」
シャンプー中、客の頭の中に指が沈むことがあるという美容師。一体何が…「しずむ」
保育園の子供たちの口に上る存在しない子の名前。その正体とは…「園児は見た」
結婚に縁遠い女性。実家の雛人形を出してみると驚愕の事実が…「私のお雛様」
亡くなった同級生の家に線香をあげに行った帰り道に体験した奇跡…「君の名を」
ほか、体験者の想いごと受け取って綴る全36話収録!

著者コメント

 日本の夏、怪談の夏。
 昨夏に上梓しました「実話異聞 貰い火怪談」に続き、この季節に再び自著をお届けできることを大変嬉しく思います。
 今作も、体験者様からお預かりした様々な怪異の火種を大切に育て、一冊に纏めさせていただきました。
 さて「試し読み」にはどの作品をと思案したところ、暑い「夏」だからこそ敢えて「冬」のお話を選んでみました。
「パーフェクト・スノーマン」
 怪異と雪の、Wで涼しくなっていただければ幸いです。

試し読み1話

パーフェクト・スノーマン

 体験した当時は深く考えることのなかった出来事が、あとになって不意に思い出した際、奇妙に映ることはないだろうか。
 二児の母の理香子さんは、雪が積もった冬のある日、子どもたちと一緒に少ない雪をかき集め、なんとか丸めて庭先に雪だるまを拵えた。泥交じりで、少々不格好ではあるけれど、愛嬌のある雪だるまを見て、ふと幼かった日の記憶が呼び起こされた。
 幼少の頃、理香子さんは北関東の山間に住む祖父母の自宅に、家の事情でひと月ほど預けられていたことがあった。
 その年の冬、祖父母宅周辺地域は例年にない大雪に見舞われた。
 ある朝目覚めると、寝泊まりしていた客間から覗いた窓の外は、一面の銀世界に変わっている。 
 雪を被った生垣の向こうに、何やら白い塊が見えた。二つの雪玉が積み重ねられた、一体の雪だるま。生垣の高さと比較して、それはずいぶんと大きな雪だるまだった。
 家の中はまだ静かで、朝が早い祖父母もまだ眠っているようだった。そんな時間に、既にあんなに大きな雪だるまを、誰が作り上げたのだろう。不思議に思うよりも興奮が先に立ち、もっと近くで見てみたいと、パジャマのまま外へ出た。
「まだ幼稚園にも行っていない頃だったから、自分の身長は一メートルもなかったと思うんだよね」
 そんな理香子さんが若干見上げてしまうほど、大きな雪だるまだったという。
「大人と同じくらいの高さがあったはず」だと。
 家の中から見えていたのは背中側だったらしく、前に回ると、炭団と木炭という昔ながらの材料で、顔もちゃんと作られていた。自分には到底作れない、素晴らしく立派な雪だるまだ。でも何かが足りない。
「完成させなきゃ!」
 その一心のみで行動した。駆り立てられるように庭の木へと向かい、枝を二本へし折ると、両手に握り締めて雪だるまの元へと走った。
「えいっ!」
 掛け声とともに一段目の雪玉の両脇に、枝を思い切り突き刺した。
 足りなかった「腕」を、付けてあげたのだ。
「自分がこの立派な雪だるまを、完成させたのだ」
 そんな達成感とともに、一旦家の中へと戻った。着替えて朝食を取ってから、ゆっくりまた遊ぼうと。
 躍る心に、木の枝の腕を刺した瞬間に覚えた違和感は、すぐに記憶から消えてしまった。
 朝食の場で理香子さんは、
「あの雪だるまは誰が作ってくれたの?」
 祖父母にそう尋ねたが、二人ともキョトンとした顔で首を傾げている。更に、
「どこにそんなものがあったんだい?」
 などと、逆に聞いてくる。
「見せてあげるから、来て」
 祖父母の手を取り、生垣の向こうの雪だるまへと導いたが、
「あれぇ?」
 確かに明け方そこにいた雪だるまが、理香子さんが両腕を付けてあげた雪だるまが、跡形もなく消えていた。
 溶けたわけではない。誰かに崩されたわけでもない。
 理香子さんの足跡の他には、何ひとつ乱されていない、まっさらな雪景色が広がるだけだった。
「夢でも見たんだね」
 などと言われても、まったく納得がいかなかった。だったら何故、自分の運動靴は朝からこんなにも冷たく濡れているのか。
「だって、近所にゃ雪だるまを作って遊ぼうだなんて子どもは、いないしよ」
 祖父母はあくまでも、理香子さんが寝ぼけたのだと言いたいらしい。
 不満は残ったが、反論できるほどの語彙も持っていなかった幼い理香子さんは、理解してもらうことを諦め、ひとり外に出て雪遊びを始めた。消えてしまった雪だるまを思い出しながら、真似をして作ってはみたが、あれほど大きくて立派な雪だるまは、子どもひとりの手ではとても作ることができなかった。
 その晩、散々遊んで疲れ果て、夜になりさあ眠ろうとなった際、ふと今朝見た雪だるまのことを思い出した。
(絶対この目で見たのになぁ)
 記憶を辿るように、カーテンを開けて暗い窓の外を眺めると、部屋の明かりがぼんやりと届く範囲の端に、雪だるまがいた。朝見たのと同じ場所、同じ大きさ、だが今朝と違うのは、炭団と木炭で描かれた雪だるまの顔が、しっかりこちらを向いていたことだ。
(ほら、やっぱりいた!)
 自分の見間違いなんかじゃなかったと嬉しくなった理香子さんは、明日早起きして見に行こうと、胸を弾ませながら布団に入った。だが──、
 朝起きてすぐに窓を開けると、雪だるまはいなかった。
 外に出て辺りを確認してみたが、夜の間に再び相当量が降ったのだろう。生垣の向こうは手つかずの雪原状態で、雪だるまが作られていた痕跡はまったく残されていなかった。
 そして時は流れて数十年。
 とある雪の日、二人の息子と雪だるまを作っていた理香子さんの脳内に、あの日の出来事がフラッシュバックした。そして、
(あれって、本当に雪だるまだったのか?)
 数十年ぶりに湧き上がった疑問が、次第に大きく膨らんでいった。
 いきなり現れたり、消えたりするのも変だった。更にあの雪だるまは、異様なほどに丸かった。完璧な球体が二個積み重ねられていた。表面は見たこともないほどに滑らかで、あんな物体が人の手によって作ることができるのか? そして子どもたちと作った雪だるまに、折れた箒の柄を腕にしようと突き刺した際、一番の違和感を理香子さんはまざまざと思い出した。
 あの日、庭の木の枝を折って、腕のなかった雪だるまに腕を付けた。雪玉に枝を突き刺したときの手の感触、それが両手に蘇った。
「雪に刺した感触じゃなかったの。もっと弾力がある、にちゃあってした肉々しい物体に、包丁を突き刺したような手ごたえだったの」
 思い出せば出すほど、あれは奇妙な雪だるまだった。
 数十年経って呼び起こされた両手の感触に、今更ながら理香子さんは身を震わせたという。

―了ー

著者紹介

松本エムザ Mza Matsumoto

主婦業の傍ら小説を執筆。
恋愛、ホラー、ショートショート、実話怪談と、幅広いジャンルのアンソロジーに参加。
2019年、竹書房怪談文庫より初単著『誘ゐ怪談』を上梓。
共著に『現代実話異録 村怪談』『恐怖箱 霊山』、単著に『実話異聞 貰い火怪談』、出演DVDに『怪奇蒐集者』『真夜中の怪談』等、「綴り」と「語り」で怪談の魅力を鋭意発信中。
怪異の中で仄かに灯る、人の優しさ、希望を見出した瞬間が至福。
栃木県在住。

好評既刊


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