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街、電車、会社、家…いつもの風景が突如異界に変わる!不穏な都会の横顔を綴る鳴崎朝寝の恐怖実話『宵口怪談 残夜』

夜と朝、心と心の隙間に爪立てる不穏な恐怖実話!

「指が、ずぶずぶ沈んでいく…」
新幹線で突然、男に手首を掴まれた女性。
冷たい指が肉の中まで…
(「ナタデココの手首」より)

あらすじ・内容

街、電車、会社、家…いつもの生活圏内でふと遭遇する不可解で空恐ろしい話を取材した実話怪談集。
地下通路のコインロッカーを開けた瞬間感じた異臭。背後の動く歩道からこちらを見る人影との関係は…「動くはずの歩道」
毎晩つける日記に書き込まれた見知らぬ筆跡の文。その不穏な内容とは…「ろふとにだれかいる」
会社の倉庫にしまわれた曰く付きの椅子。座った社員は心身を病み、夜は女の霊がそこに座っているというのだが…「野中さんの椅子」
ふらりと訪れた整体院で施術中に目にした不気味な光景とその結末…「駅前四階の整体院」
……他、朝が来るまで安心できない戦慄の恐怖夜話!

著者コメント

「残夜」というのは明け方も近くなった夜のことだそうです。

ここから明け方になる時間にはいつも、虚しさ、やるせなさ、いつかの後悔、いま起きている人はどのくらいいるんだろうとか、考えてしまいます。
あの時間自体が、あるのか、ないのか。残るのは感情だけなのか。
夜の終わりには消えてしまう、それでいて誰の近くにもあるかもしれない――そんな時間に似た怪談をお楽しみいただければと思います。

試し読み 1話

「ひとりめ」

 結婚したばかりの頃、祐実さんは、仕事と家事をひととおり終えるとベランダで煙草を吸うのが好きだったそうだ。
「別に部屋で吸ってもいいよって言われてたけど、少しだけひとりになる時間がほしかったんです」
 旦那さんも、その間はできるだけそっとしておいてくれた。
 八階建て賃貸マンションの、六階のベランダ。
 煙を肺にいれて、吐く。
 静かな夜の空気の中、マンションの他の部屋には他の家族がそれぞれ住んでいるのだという当たり前ことが、やけに優しく感じられた。見上げた空はいつも星がきれいに見えるわけではなかったが、それは大切なクールダウンの時間だったそうだ。

 ある冬の夜。その日も彼女はベランダの柵によりかかって煙草を吹かしていた。
 午前一時。深夜といっていい時間である。
 いつもと違ったのは、上のほうでサッシを開ける音がしたことだ。そちらの様子は見えないが、上の階のベランダに誰か出てきたようだった。
 ひとりではない。会話の様子から、どうやら女性ふたりであるようだ。話の内容はよく聞こえないが、たまに混じるくすくすという抑えた笑い声に親密さを感じた。
(そういえば、昔はよくこんな風に友達と話したっけ)
 忙しさにかまけて最近あまり高校時代の友達とも会っていないなあ、などと彼女たちの顔を思い出していたときだった。
「じゃあ、お先に」
「うん、あとでね」
 なぜかその言葉だけ、やけにはっきり聞こえた。まるでこれから出かけに行くかのような楽しげなやりとりだ。だが、この時間から?
 ――そんな考えは、目の前を落下していった女の姿にすべてかき消された。
 ベランダの手すりにもたれていた祐実さんの前を、髪の長い女性が逆さに落ちていく。
 一瞬で彼女は祐実さんの視界を通り過ぎた。
「……っ、あ……」
 何が起こったか、感情を素通りして事実を理解した。
 上の階から人が落ちた。ここは六階だ。その上からならば、助からないのではないか。
 が、祐実さんがおそるおそる地面を見てもそこには何もなかった。いつも通りの路面は街灯が照らすだけで静まり返っている。
(でも、今、人が)
 そう思った瞬間、もう一度、今度は鼻先をかすめるような距離で目の前を何かが落ちていった。地面を見ていた祐実さんははじめて、人が落ちた瞬間の重い音、落ちるとどうなるかの一部始終を目の当たりにした。
 物音に驚き、慌ててベランダへ出てきた旦那さんに、パニックになりながらも誰かが落ちたことを伝える。
「君は、中へ。すぐに行くから」
 旦那さんが救急車を呼んだものの、落ちた女性は助からなかった。

 後に聞いたところ、飛び降りたのは二階上の部屋に住んでいる主婦だったそうだ。育児ノイローゼになっていたという噂は聞いたが、定かではない。
 ただ、それはひとりの女性だけである。
 死体はひとつだけだった。飛び降りたのもひとりだけとされている。
 部屋にいた旦那さんの聞いた「何かが落ちた音」も一度だ。
 確かに、祐実さん自身も最初の女性が落ちた音を聞いていない。ふたりめの彼女が落ちたとき、「人が高いところから落ちるとこんな音がするのか」と思った。だがそれは、一度だけである。
「私だけがひとりめに落ちた人を見たんですけど、……本当にそれまで楽しそうに話してたんですよ」
 ……あれ、なんだったんでしょうね。
 それ以後、ベランダで煙草を吸う習慣はなくなったそうだ。

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著者紹介

鳴崎朝寝(なるさき・あさね)
東京都出身。
2018年より毎月開催中の〈怪談マンスリーコンテスト【怪談最恐戦投稿部門】〉で度々入賞し、デビュー。主な著書に『宵口怪談 無明』。松村進吉、丸山政也との共著に『エモ怖』がある。

シリーズ好評既刊

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