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【連載短編小説】第10話―傾き【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!


第10話 傾き


 無料で開催されたカウンセリングの会場で、一通りのレクチャーが終わった。ぞろぞろと会場を後にする人たちを尻目に、男二人が会場の隅で話し込んでいた。

「これを言うと、人間性を疑われてしまうかもしれないが、俺は家族への愛こそが全てに勝るものだと考えている。それを守るためには命すら犠牲にする覚悟もある」

「……言っている意味はわかりますが、愛と命、その二つが天秤にかけられるような状況、そうそうないと思いますよ」

「あくまで仮定の話だよ。あんたにだって、なんとしてでも守りたいもの――並々ならぬ愛を注いでいるものくらいあるだろ?」

「まあ、はい……」

「ここのカウンセリングではそこまで踏み込んだ話はしてくれないよな」

「やめちゃうんですか?」

「ああ。あんたも考えたほうがいい。悩みなら俺がいつでも聞いてやるよ」


 広島県三原市。人口約10万人の町で殺人事件が起きた。

 殺されたのは三原市在住の26歳フリーターの男。現場は駅近くの大通り。

「で、絞殺か……」

 広島県警所属の水本みずもと和成かずなりは三原警察署の駐車場で資料を眺めながら缶コーヒーを飲んでいた。

「またサボってんのか水本」

「あ、高田さん。サボるたって、会議終わったばっかじゃないですか」

 特捜本部は三原警察署に設置された。そこに水本と高田が呼ばれた形だ。高田は水本の上司で、いかにも刑事といった険しい顔つきをしている。

「会議に出ることだけが刑事の仕事か?」

「いや、そうは思ってないっすけど……」

「なら戻るぞ。俺たちだけでもう少し事件の整理をしたい。ここの連中は殺人には慣れてないだろうからな」

 そう言って、高田は署の建物へ向かって歩き出した。水本は缶コーヒーをゴミ箱に入れると、その背中を小走りで追った。


「強盗殺人にしちゃ、結構人通りの多いとこでやりましたね、この犯人」

「うむ、強盗殺人に見せかけた可能性が高いな。被害者がほとんど遠出をしない人物だった点を考えると、犯人は地元の人間か」

「俺もここ、地元なんすよねー」

「おい、それをもっと早く言え」

「何度か話したはずですけど……」

 そこで会議室の外がざわつき始めた。

「おいおい、マジかよ」

「どうしたんすか?」

「この感じ、長年刑事やってりゃ分かる。二件目だ」

 と、会議室のドアが開かれ、そこには、所轄の刑事が汗だくの状態で立っていた。

「現場から200メートルほど離れた場所で、二件目の殺人です!」

 高田の言う通りだった。水本は感心しつつ、しかし平常心は保ったまま、移動の準備を始めた。おそらく、緊急会議が開かれるはずだ。


「今度も指紋は出なかったか。だが、これで強盗殺人の線は完全に消えたな」

「犯人は同一人物だと考えてるんですか?」

「被害者同士に接点はなかったが、こんな地方に殺人犯が二人もいるなんて考えたくねえよ」

「それが理由っすか……俺は連続殺人が地元で起きたって考えるほうが嫌ですけどね」

「俺はホテルに戻る。明日からは徹夜が続くと思っておけ」

「はい。お疲れさまです」


 それから一週間が経過した。犯人を特定するどころか、被害者は増え続け、今朝六人目の遺体が見つかった。事件は世間を賑わせる大ニュースとなり、水本の体力も限界に近いところまで来ていた。しかし、捜査の手を緩めるわけにはいかない。

「高田さん、ちょっといいですか」

「おう、なんだ」

「ちょっと事件について、地理的に分析してみたんです」

 それは特捜本部でも充分に話し合われたものだ。しかし、高田は腕を組んだまま続きを待った。

「まず、犯行現場から次の犯行現場まで、毎回等間隔ですよね、これはやっぱり犯人にとってのこだわりなんだと思います」

 水本はホワイトボードに簡単な地図を描いて、犯行現場に印をつけた。

「それから、犯人は必ず、交通量の多い道路の脇で犯行に及んでいる。目立ちやすいどころじゃない、警察署からも近い場所をためらいもなく選んでいる」

「まあ、それらに何らかの意味があるんだろうな。だが、犯人が捕まるのはもう時間の問題だ」

「そう……ですか?」

 高田は大きく息を吐いた。

「規則性に沿って犯行現場を予測する。そこに張り込めばいい」

「確かにそうなんです……ただ、何か違和感が――あっ!」

「おい、急にでかい声だすな。疲れた頭に響くだろうが」

 高田を無視して、水本はホワイトボードを一心に見つめていた。

 そして、犯行現場を赤い線で結ぶ。

「これ、三原市で毎年行われてる夏祭りのルートになってます……」

「はぁ?」

「地元だから分かるんですよ。間違いない」

「……そうか。仮にそうだとすれば、尚更次の犯行現場は特定しやすくなるな」

「いえ、次の犯行はないかもしれません――」

 水本は息を飲んで続けた。

「――ルートは既に完成しています」


 三原市では毎年、やっさ祭りという名の夏祭りが開催される。そこで、学生や様々な団体が踊りながら決められたルートを移動するのだ。

 犯人はそのルートに沿って連続殺人を行った。そう仮定して行われた捜査は、すぐに結果を出した。犯人は三原市に異常とも言える執着心を抱えていた。それは病的――いや、実際に強迫性障害と診断されるものだった。あらゆる物事を三原と関連付けなければ気が済まず、殺人も例外ではなかったというわけだ。

 しかし、事件はひとつの謎を残したままだった。

 一件目の殺人の動機である。


 俺は心底思う。刑事には定期的なメンタルケアが必要だと。

 そんなことを考えている人間が、たまたま無料カウンセリングを受けたおかげで完全犯罪を成し遂げたのだから、皮肉なものだ。

 俺は中学生の頃、いじめられていた。精神的ないじめだ。連休で三原市に帰省していたとき、そのいじめの主犯格に出くわした。忘れていた黒い感情が噴き出し、気付けば俺はそいつを殺していた。目撃者がいなかったのは奇跡としか言いようがない。その後、俺はどうやって罪を免れるか必死に考えた。そこで思い浮かんだのが、強迫性障害を患っている知り合いだった。無料カウンセリングで知り合った彼に、連続殺人犯になってもらった。罪悪感はない。五人殺すのも六人殺すのも、大差ないだろう。

 適切なシチュエーションを用意してやれば、あとは言葉ひとつで想いのままに動いてくれる。

 俺はただ、彼の内にある天秤を少し傾けてやっただけだ。


―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field