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【連載短編小説】第9話―悪魔たちの四重奏【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!


第9話 悪魔たちの四重奏


タクシーで移動中、スマートフォンをいじっていると、掲示板に新しい投稿を見つけた。『計画実行に必要な問題のひとつは解決した』とある。ということは、自殺する決意が固まったのだろう。

 しかし、もうひとつの問題はどう解決するのだ、と俺は不安で仕方がなかった。タクシーは田舎道を何事もなく進んでいく。樹海に着いてしまえば、やっぱりやめましょう、とはいかない。

 数時間後にはこの世を去っているというのに、俺は不安と苛立ちを抱えていた。まあ元々、安らかな気持ちで死ねるだなんて思ってはいないが……。


 樹海を数分歩いたところで三人の高校生を見つけた。誰も制服なんて着ていないが、皆が高校二年生であることは掲示板で確認し合っていたので知っている。俺を含め男女二人ずつの合計四人。つまり、誰も逃げ出さなかったわけだ。

「さて、これで全員揃ったな」

 最初に口を開いた彼がどうやらこの場を仕切るらしい。

「まだ問題は解決してないが、せっかくリアルで集まったんだ。あらためて自己紹介でもしようぜ」

 俺としてはさっさと生産的な話をして事を済ませたかったが、荒事は避けたい。残りの二人がただ黙っているのを見て、俺は仕方なく助け舟を出した。

「ああ、いいと思う。同じ場所で死ぬ仲間と掲示板でやり取りしただけなんて少し味気ないからな」

「よし、決まりだ」

 仕切り屋を買って出た彼は浮かれているように見えた。非日常的な状況に興奮しているのだろうか。結局はすぐに死んで終わるというのに。

 すると、俺が来たときから挙動不審だった小柄な女が一歩前に出た。

「私は……早く終わらせたい……」

「馬鹿言うな。抜け駆けは許されないぞ」

 同意だ。終わらせるには条件が揃っていな――いや待て。

 俺たちの解釈が間違っているのかもしれない。こいつは残りひとつの問題を解決するつもりなのではないか?

「――そもそも、私たちが死ななきゃいけないのは、不平等な世の中が悪いの。私たちはただ少数派なだけで……」

 やっぱり、思った通りだ。

 あとは三人で上手く誘導すれば、計画を実行するための条件をクリアできる。

「確かに、俺たちが置かれている状況は世の中の不平等――理不尽さが形になったものだ。彼女の言う通り、俺たちはもっと自由に行動を選択してもいいのかもしれない」

 俺の発言が意外だったのか、当の彼女は目をまたたかせた。

「ちょっと待て! お前まで怖気づいたのか!」

「そうよ! 私なんて、もう後戻りできないところまできてるのよ!」

 うるさいやつらだ。さっさと真意を理解してくれ。

 まあ混乱するのも分からなくはない。俺たちは四人揃っていないと実行できない計画を立てて集まったのだ。

「みんな一回落ち着いてくれ。……そうだな、少し休憩を挟んで、時間を置いてから話し合おう」

 どうやら反対意見はないようだ。

「こいつらが思ってるのとは、逆なんだろ・・・・・?」

 俺はその小柄な女にだけ聴こえるように言った。

「はい、ちゃんと殺すつもりではいます」

 腕時計に目をやると、休憩を挟むと決まってから既に三十分が経過していた。四人とも黙りこくったまま虚ろな目で一点を見つめている。これから起こる惨劇を想像しているのだろう。

 ただ、ヒステリックに叫んでいたあの女だけは、濁った目の奥に、別の色が窺えた。『計画実行に必要な問題のひとつは解決した』という掲示板の投稿を思い出す。

 この場所に着いてすぐ、俺は彼女の投稿の文意を誤認していたことに気付いた。いや、全くの嘘だという可能性もある。もし彼女に自殺する気があるのなら――そう、それだけで計画は実行できる……。実のところ、解決した問題はひとつで、解決すべき問題もひとつだったのだ。だが、男は俺と同様に、問題はまだ残っている前提で話していた。

 そう、何かがおかしい。ズレが生じている……或いは、俺だけが真の計画を知らされていない……。いずれにせよ、このままではまずい。確かめなければ。

「――なあ、順番はどうするつもりなんだ?」

 俺の声に男の肩がビクッと震えた。何を考え込んでいたのか、指揮っていたときの威勢はない。

「ある程度は想定してるんだろ?」

「……その前に、そこの女をどうにかしないと――」

「彼女は予定通り、殺すと言ってる。あんたたちは誤解してるんだ」

「そうか……」

「そうなの? なら問題なしね」

 二人ともあまりにも淡泊な反応だった。俺が説明する以前に気付いていた可能性もあるが、そうだとしたらなぜ今まで黙っていたのか。

 だがここで、彼らを疑っている素振りを見せるわけにはいかない。

 四人のうちひとりが自殺をすれば計画は予定通り実行できる。そうではないと信じ込んでしまったのは、おそらく細かな嘘が掲示板に散りばめられていたからだ。

「さて、そろそろやっちまおうぜ」

「悪い。もう少し時間をくれないか? 色々こだわりたいんでね」

 頭の中を整理する必要がある――。


 俺たちがやり取りをしていた掲示板は、数人で非公開の板を作る機能がある。俺たちの共通点は、誰でもいい、殺人欲求を満たして捕まる前に死にたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・と考えているというものだった。

 そこで、四人が各自一人ずつ殺すことで、殺すことと死ぬことの両方が実現できるという話になった。ただし、それだと一人が死なずに残ってしまうという問題もあった。つまり、最後の一人は自殺しなければならないということだ。

 あの投稿……そうか! 解決したのは自殺者が決まったという点じゃない。樹海に集まる前に、殺人を犯した――殺したいという欲求を満たすことができたというわけか!

 それなら四人全員が目的を達成できる。最初に殺される人物を確定できるからだ。それに――

「あんたらに悪意はない。皆揃って死ぬということがいつの間にか計画の前提になってたんだな」

 その本能的な思考が、俺を混乱させていたのだろう。

「やっと気付いたみたいね。じゃあさっそく始めましょう。私はもう人を殺してるから、最初に殺されてあげないと――」

「待て。こいつはまだ生きたいと思ってるんだぞ」

 俺は隣に座っている小柄な女を指した。彼女は殺人欲求を持つ少数派の自分たちを、世の中の理不尽さにかこつけて生きたいと願ってしまった。

「ごめんなさい……でも、私が死ななくても計画に支障はないはずで――」

「支障はあるさ」

 俺は今どんな顔をしているのだろう。たぶん、相当に歪んでいるはずだ。

「俺たちは仲間だろ? そして何より、人を殺したいと思って生きてきた狂人だ」

「え……」

「計画を変更しよう。そうだな、順番に殺していくのはやめて、シンプルに殺し合いをするってのはどうだ?」


こうしてデスゲームは始まった。四人で奏でるナイフでの攻防戦。俺の耳には心地良く響いた。

―了―

第8話 探偵に咲くアネモネ    第10話 傾き▶               

著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field