異色トリオが紡ぐ極彩色の恐怖『実話奇彩 怪談散華』著者コメント・試し読み
異色トリオの最凶化学反応。
百花繚乱の実話怪談!
内容・あらすじ
「目が合ったんです。飛び降りる前の男と…」
一〇〇九室の前で起きた投身自殺。
死の連鎖はその後、意外な法則で――
「ギリギリ」より
異色トリオの最凶化学反応。
百花繚乱の実話怪談!
駅で発券中に感じた強烈な視線。視線の主は旅行先で待っているはずの…「件の剥製」
便座で突如感じた肛門の違和感。見るとオレンジ色の毛束が刺さっていて…「オレンジの髪」
ショッピングセンターで見た犬の死体。その後、見えない何かの気配が近くに…「犬の死骸」
一人暮らしの家で起きた冷蔵庫荒らし。ビデオカメラに映っていたのは謎の大蛇…「密室」
初恋の彼氏を事故で亡くしたホステス。店の同僚も目撃した怪現象とは…「散らない華」
飛び降り自殺が出たマンション。そこから始まる不気味な死の連鎖…「ギリギリ」
親戚中が同時に見た亡き祖母の夢。握手をするように手を差し伸べてくるのだが…「厭な話 二編」
空襲で多くの犠牲者が出た地域に立つ病院。深夜に出る黒い看護師の正体は…「黒看・赤看」
ほか、異色トリオが綴る禍々しくも神々しい極彩色の恐怖譚!
編著者コメント
試し読み1話
「水に嫌われているのよ」蛙坂須美
漫画家のタエさんは道を歩いているといきなりへなへなと足腰の力が抜けて動けなくなってしまうことがある。
小さい頃からずっとそうで、御両親は何か筋肉や骨、脳に異常があったり精神的な問題ではないかと色々な病院に連れていったが、原因は分からず仕舞いだった。
だが、大きくなるにつれ、タエさんは自分がそうなってしまう場所の共通性が何となく見えてきたという。
決まって、水場の近くなのだ。
川であったり公園の噴水であったり、あるいは市民プールのすぐ傍であったり。
そうと分かれば水場には近寄らなければよい、というわけにもいかない。そんなことは山の高所とか砂漠の真ん中にでも移住しない限り不可能であろう。
幸い現在のタエさんは、漫画家という職業上、勤めに出ている人よりは外出の機会が少ない。そういうわけで職の特権を生かしつつ日常生活では極力水のたくさんある場所を避けていたものの、それでも限界がある。
最悪だったのは以前の交際相手の家が四方を川に囲まれた地域にあったことで、彼氏の家を訪ねるときには、必ず駅まで迎えに来てもらっていた。どういうわけか、誰かと手を繋いでいればへたりこむようなことはなかったのだ。
あるとき、友人の漫画家に紹介されて、タエさんは一人の霊能者と面会した。
タエさん本人は渋ったのだが、スピリチュアルに傾倒している友人がどうしてもと譲らないので、顔を立てる形で会いに行ってみたのである。
霊能者の事務所は都心の雑居ビルの中にあった。
現代アートの複製画らしきものが壁にたくさん掛けてあり、頭が悪そうだなと思った。
当の霊能者は高圧的な態度のおばさんで、高価そうなネックレスや指輪をじゃらじゃら着けていた。
もうその時点で「胡散臭いな」という気がガンガンにしていたのだが、霊能力を行使したのか何だか知らないが、彼女の考えはすぐに向こうに知れてしまったらしい。
「あんた、あたしのことを信用してないね。詐欺師か何かだと考えているね」
おばさんはどんどん不機嫌になっていく。
友人の手前、怒らせてしまうのは不味い。
そう思いタエさんが下手に出ていると、霊能者はフンと鼻を鳴らした。
「普段は高位の存在を信じていない連中が、困ったときだけはそうやってペコペコと卑屈になる。いい加減、うんざりなんだよね」
などと言いながら、デスクから取り出した木簡らしきものにサラサラと筆を走らせた。
「これを肌身離さず身に着けなさい。あんたの場合、根本的な解決は無理。対症療法しかない。そのうち黒ずんだりひび割れたりしてくるけど、しばらくは大丈夫。文字がかすれて、完全に読めなくなった頃にまた来なさい」
ありがとうございます、とそれを押し頂いたタエさんだったが、結局のところ、何が原因なのかはさっぱり分からないままだ。恐る恐るそれについて訊ねると、霊能者は小馬鹿にするような薄笑いを浮かべた。
「鈍いんだねえ。あんたの血は穢れてるでしょうが。水に嫌われてるのよ」
頭にカーッと血が上った。怒りで全身が火照り、ぶるぶると手が震えた。
自分に外国の血が流れている事実は、タエさん本人でさえ成人するまでは聞かされなかったことであった。大方卑劣な手段で下調べしたに違いない。
激昂したタエさんはもらったばかりの木簡を力任せにへし折り、その場に放り捨てた。
途端に血相を変えた霊能者が「クケェェェェッ!」と怪鳥のような声で叫び出したのを無視して、タエさんは事務所を後にした。
友人からは何度も電話が掛かってきた。応答せずにいると、今度は長文のメッセージを連投してきたので全て削除、ブロックした。手紙が届いたが、読まずに捨てた。
しばらく経って、今度は家にまで訪ねてきた。
そうなれば流石に追い返すわけにもいかず応対したところ、友人は酷く憔悴した様子だった。土下座せんばかりの勢いで謝罪された。
タエさんのほうでもその頃には腹の虫が治まっていたので「もういいよ」と答えた。
友人はひたすら平身低頭していたが、帰り際に、
「あの先生、今入院してるんだ」
そんなことを呟いた。
正直、いい気味である。
「へえ、そうなんだね」
タエさんの返事を聞くと、友人は彼女の顔を上目遣いに窺いながら、こう言った。
「肺に水が溜まる病気なんだって」
タエさんは今も水場の近くで動けなくなることがある。
件の霊能者がその後どうなったのかは聞いていない。
ー了ー
著者紹介
○編著者
高田公太 Kota Takada
青森県弘前市出身・在住。実話怪談「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、元・新聞記者。
主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、共著に『煙鳥怪奇録 机と海』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』「奥羽怪談」シリーズなど。
○共著者
卯ちり Uchiri
秋田県出身。2019年より実話怪談の蒐集を開始し、執筆と怪談語りの双方で活動。共著に『奥羽怪談 鬼多國ノ怪』『呪術怪談』、出演に『怪談のシーハナ聞かせてよ。第弐章』『圓山町怪談倶楽部』等。
蛙坂須美 Sumi Asaka
Webを中心に実話怪談を発表し続け、共著作『瞬殺怪談 鬼幽』でデビュー。国内外の文学に精通し、文芸誌への寄稿など枠にとらわれない活動を展開している。