【第10話】遺体の口から出ていたのは… 葬儀屋に降りかかった身の毛もよだつ出来事!【下駄華緒の弔い人奇譚】
―第10話―
葬儀屋さんって「待つ仕事」って言われているんですよ。
何を待つかというと電話なんです。例えばご家庭に伺って「誰か死んでませんかー?」などと葬儀屋さんの方から聞いて回るなんてことはあり得ないわけです。なので、基本的には遺族さんからの電話を待っています。
そして、ある日の昼過ぎです。
会社の電話が鳴ったので受話器をとったところ「すみません…母が亡くなりまして」と中年くらいの男性の方から葬儀のご依頼が来ました。聞くと、亡くなったお母様は90歳を超えるご高齢の方で、今は自宅に安置している、とのことでした。
なので相談を受ける役目の僕と、念のためご遺体の搬送用に寝台車運転係のA君と2人で伝えてもらった住所に向かいました。
向かった先は密集している住宅地で、その中でも年数の経っていそうな(土壁の昭和感のある)二階建ての一軒家でした。
僕がインターホンを鳴らすとガラガラ……と磨りガラスが施された扉が開いて、出てきたのは中年の男性でした。「恐れ入ります、わたくし葬儀社の…」と言いかけたところで「ああ!電話の方ですよね!?」と明るく接して頂いたまさにその人が電話越しに話した中年の男性――亡くなったおばあさんの息子さんでした。
母はここで一人で住んでいた、自分は近くに家がある、など玄関先の立ち話しもほどほどに「どうぞ、散らかってますが中にお入りください」と誘導され「では、失礼します」と僕一人で玄関に入り靴を脱いで前を向いた瞬間……
まず異様な光景が目に飛び込んできました。
まっすぐ奥に続く廊下、の両端に大量に積み上げられたゴミ袋の山。
人が通るためにとりあえず廊下の真ん中を開けたような印象でした。
あれ? もう遺品整理で家を片付けているのかな? と思いつつ、そのまま誘われるがままに男性の後ろをついて廊下を奥に歩いていると、左のドアが少し開いていたので、何気なくふとドアの奥の部屋をみるとそこには天井まで積み上げられたゴミの山がありました。
「ああ、ゴミ屋敷だったんだな」とこの時点でようやく気づいた僕ですが、わざわざそんなことを遺族さんに伝える必要もないので、特に何も言わずに亡くなられたおばあさんが眠る奥の部屋にたどり着きました。
この部屋は特に掃除したのだろう、そこそこ綺麗な畳の間の真ん中に丁寧に敷かれた布団にお母様が眠ってらっしゃいました。
「あの……ところで葬式なんですがウチでしたいんです」と息子さんが僕に話しかけてきました。
え? ここで? と声に出しそうなのをグッと堪えたのですが、なんとなく察知したのでしょう「あ! ここじゃなくて、ここから車で10分くらいのところにわたしの自宅のマンションがありますのでそこで」と言いなおされました。
なるほど、ということでおばあさんを納棺し、寝台車に乗せて息子さんの車についていく形で、目的のマンションに向かいました。
5階建てのマンションはエレベーターが設置されておらず、息子さんの自宅は5階でした。仕方がないので階段から僕とA君とで棺を運ぼうとしましたが、それも不可能だったんです。
なぜかと言うと、階段の踊り場が非常に狭く、どう考えても棺を回して次の階段に向かうことが出来なかったんです。
さて、どうしたものかと考えに考え、息子さんとも相談した結果、採用された案は〈棺からおばあさんを一旦だして、僕がおばあさんをおんぶして5階の自宅まで連れて行く〉という方法でした。
とても小柄で痩せたおばあさんなんですが、完全に力の抜けた遺体は想像以上に重く感じます。
そして僕の顔の左側にはおばあさんの顔、歩くたびにペッタン、ペッタンと冷たい頬が当たります。それと裏腹に、僕を先頭に1階からスタートして2階に上がる頃にはすでに汗だくでした。
これは何としてでも気合を入れて自宅まで…と3階まで上がったところで、あることに気づきました。
どうも、僕の左頬におばあさんの髪の毛? がサワサワと当たって、それがとてもこそば痒く感じたのです。ですが、かと言って顔を背ける姿を遺族さんに見せるわけにもいかず、おばあさんを支えている手を離して頬を払うわけにもいかず、我慢しながらさらに4階へ進みました。
その頃になると、さらに激しくサワサワと髪の毛が当たるのです。
流石に我慢するのも辛くなってきたので、左を向いて顔の真横にいるおばあさんの顔をみると、なんと口の中から数十本もあろうかという髪の毛がフワーっと出てたんです。
え!? と思いつつ、そのおばあさんの口元をよく観察して見ていたら、ふと嫌なモノが頭によぎりました。
(これってゴキブリの触角……)
そう思った瞬間から、さっきまでの疲れはふっとび、5階までたどり着くのはとても速かったように思います。
自宅に到着し、すぐさまおばあさんを納棺し直しつつお口の中を何度も確認しましたが、ゴキブリの姿は見えませんでした。
あれは本当にゴキブリだったのか、それとも心霊的な髪の毛だったのか……。今では確認のしようがありません。
著者紹介
下駄華緒 (げた・はなお)
2018年、バンド「ぼくたちのいるところ。」のベーシストとしてユニバーサルミュージックよりデビュー。前職の火葬場職員、葬儀屋の経験を生かし怪談師としても全国を駆け回る。怪談最恐戦2019怪談最恐位。