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【第47話】計算違いの致命傷

注:この物語は、私の身に起きた「完全実話」ですが、
プライバシーに配慮し、登場人物や企業名等は原則仮名です

(前回より続き)

東山さんが起業当時から準備していたのは、企業向けの人材開発研修だった。

とにかく企業の教育担当者とコンタクトを取り、相手のニーズを聞き出し、固定化されたカリキュラム商品を提供するのではなく、相手のニーズに合わせてカスタマイズして、各種研修を提供する予定だった。

そのためのコンテンツとして、東山さんが事前に準備したものは、人材の適正検査や、企業の組織分析・評価などからコンサルティングや分析ソフトウェアを扱う会社との提携。

また、前にも書いた、「コーチング」という人材育成のスキル。

これは、特に研修を一過性に終わらせず、具体的な行動を促し結果を出すための効果的なフォローとして導入を考えていたもので、今でこそ珍しくはないが、当時はまだ画期的だった電話会議システムを用いて行うことを企画していた。

更に、私や東山さんが退職前にいた能力開発教材の会社とも、各種研修のノウハウ提供で提携を結ぶように話をつけた。

その手順は、企業の教育担当者へアポを取り、ニーズを聞き出す。そして、提携各社のコンテンツの中からカスタマイズし、その企業のニーズにかなった研修を提案する。

研修を実施した後は、各提携先と収益を分配する。

つまり、有効的なノウハウを持つ会社や団体と、企業研修のニーズがあるところをマッチングさせる、営業代行&研修プロデュースというスタンスだ。

そして、東山さんが私を引き入れた理由は、先ほどの各種コンテンツに加えて、私が独自で学んで来た様々な能力開発のノウハウをプラスしつつ、以前の会社で培った私の営業力で受注を取りたい、という目論見だった。

総合的に見て、東山さんの目の付けどころは決して悪くなかったと思う。

しかし、二人とも読みが甘かったのか、経験の浅さ故か、いくつかのマイナス要素が重なり、容易には軌道に乗せることが出来なかった

今になって考えれば、軌道に乗らなかった理由は分かるのだが、その時の若かった自分には、この先のことを的確に予測することは難しかった。

時間が経つに連れ、だんだんと自分たちの視点の甘さに気づき、改善を試みても時すでに遅し…という感じだった。

とにかくこの時点では、自分たちのサービスと、その方向性を信じて、準備に時間を費やした。

東山さんが沢山の企業家や協力者とコンタクトを取る間、私は主に、カスタマイズ研修のための提案書やプレゼンテーション資料などの制作をしていった。

最初の1~2ヶ月は、このような資料制作、戦略会議、協力者との顔合わせなどをし、3ヶ月目に入ろうかという頃、営業の切り口として、テレマーケティング会社と提携を結んだ。

つまり、プロのアポインターに依頼して、各企業の教育担当者にアポを取りつけてもらう、という戦略だった。

この時点で、ようやく私たちは、本格的な営業活動をスタートしたのだ。

前職を退職した私が、東山さんに合流したのは3月のこと。

起業から全く収益を上げることなく、あっという間に時間だけが過ぎ、季節は初夏になろうとしていた

正直、以前の会社で経験した個人の顧客相手のアポイントの難しさとは異なり、企業相手のアポイントは抵抗が少なく、最初の段階からかなりバンバンと入って来た。

私たちは、手分けしてアポイントの取れた企業を回ったり、二人で同行してプレゼンに行ったりと、かなり精力的に営業活動を行った。

しかし、ここには大きな計算違いがあった。

これまでの個人顧客相手とは、アポイントの取りやすさ以外にも、大きな違いがあったのだ。

それは、相手が企業であるがゆえに、成約までの交渉に、想像以上の時間がかかることだった。

企業の教育担当者が、その場で導入を即決することは、ある程度の規模の企業ならまずあり得ない。

まずはアポを取った担当者と会って、その会社の人材育成の研修ニーズを聞きだす。

一旦、持ち帰って提案を作り、改めてアポを取りプレゼンをする。

その後、担当者は導入の有無を検討するために、競合他社からの相見積もりを取ったりもする。

私たちの提案は、そもそも数ある案件の一つや、来年度の研修のための情報収集といったレベルのものだったりする事も多い。

先方も忙しく、いつもこちらの研修のことばかり考えている訳はないので、歩みがとても遅いのだ。

この計算違いは、私たちのような吹けば飛ぶような小さな会社には、致命的な過ちだった。

時間がかかれば、当然、その期間、会社を運営するだけの体力を必要とするからだ。

こんなことは、企業相手の営業マンが聞いたら「当たり前だ」と鼻で笑われてしまうだろう。

しかし、私はそれまで、能力開発教材の会社では、個人向けの営業活動しか行ったことはなかった。

だから、言われてみれば当たり前のこの事実に、実際に営業活動を始めてみるまで気づかなかった

営業活動の件数から、手応えを感じる度合いは、個人顧客相手の時とは、まるで比較にならなかった。

どれだけ準備に時間を費やしても、どれだけ精力的に営業活動を行っても、全く成約に繋がらない。

そんな日々が、ただただ過ぎて行った。

(次回に続く)


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