【第28話】虚構の夢が現実となった日
「田久保は外交セールス部のトップセールスマン」
そういうイメージは、徐々に定着していった。
私が電話で成約する姿を見て、「やり方を教えてくれ」と言って来るような人も出て来た。
私は当初、
「絶対に、条件の悪いB商品課で、今井次長を持ち上げ、花を持たせるんだ!」
そんな気概で営業を行い、その成績をキープし続けた。
だから、私にとっては同じ外交セールス部でも、A商品課の営業マン達はライバルだった。
それがまた、自分を良い意味で奮起させる要因となり、努力も苦に感じない、仕事へのモチベーションとなった。
当然、今井次長からの信頼も厚くなる。
次々と責任のある仕事を任されるようになった。
当時、外交セールス部を拡張する動きが社内にあり、B商品課も、社内の異動だけでなく、外部からの新たな人材の採用が始まった。
最初にB商品課で、私の後輩となった新人が赤坂君だ。
年齢は私より少し年下で、若さ溢れる年齢だった。
痩せ型で妙に高級感のあるスーツを着て、一瞬、歌舞伎町のホストかと思うような風貌だったが、明るく面白い奴で、何より成績には良い意味で貪欲だった。
私も、自分の持つ技術やノウハウを惜しみなく伝授した。
彼は、初月からすぐに頭角を現し、入社2カ月目には目標数字を達成。
私が最初に出した数字には届かなかったが、同じ課ながら、うかうかしてられないと大いに触発された。
また、一月後には高岡さんという人も、新しく入社してきた。
高岡さんは、私よりいくつか年上だったが、赤坂君と同じ様に、私が営業のやり方を指導した。
この人は、赤坂君とは真逆のキャラクターで、誠実で落ち着きがあって、まるで大人びた人だったが、胸の内にはいつも秘めた熱いものを感じさせた。
また、彼は私と同様にユーザーで商品に惚れ込み、入社した人物だ。
この高岡さんは、私が昇進した後も私の下で私を支える存在となり、同じ部署に所属した中では、最も長い付き合いとなった。
彼は、社内でもずば抜けた成績を上げて目立つ様な人ではなかったが、実直な営業で波がなく、成績も安定しており、部署への貢献度は高かった。
また、何かあっても大げさな口調で騒いだりはしないが、
「田久保さんの気持ちは分かっています。やりましょう」
と、力強く言ってくれるような、本当に信頼出来る人物だった。
役者は揃った。
闘争心を燃やす対象があると、人は通常以上に強大な力を発揮することがある。
私を入れた3名は、今井次長を盛り上げ、外交セールス部内において、A商品課を上回る地位を確立しようと意気込んだ。
この4人の結束は熱く、強かった。
夜はよく飲みに行き、「我が社に、外交セールス部・B商品課あり!」ののろしをあげるべく熱く語り合った。
今思えば、この頃の自分達は、まるで大学のサークルか、と思う様な雰囲気だった。
営業の会社だから、どちらかというと社内は常に緊張感が漲り、殺伐とした空気すら感じることもある。
しかし、この部署は違った。
今井次長が業務中にいきなり立ち上がり、気取った顔でどこかの名セリフを吐いては、みんな大爆笑になったり、
夕方、「結束のために大事な打合せだ」と言って、ビルの下の居酒屋に、こっそり集結したりした。
A商品課や、電話営業部からは、半ば白い目で見られていたのではないかと思う。
しかし私たちは、普段は馬鹿を言いながら、でも「やる時はやる」で、成績はきっちりあげる。そんなスタイルに価値を置いていた。
B商品課の営業成績は、みるみる伸びた。
私自身も、以前は金字塔とも思われていた、外交セールス部に異動して初月に取った数字も、その後、幾度となく達成した。
当然、A商品課の営業マンも、黙ってそれを見ていた訳ではない。
私が異動する前は、外交セールス部でトップを維持していたA商品課の小野さんも、私の数字を見て火がついたのか、本来持っていた実力をますます発揮されるようになった。
そして、私より以前に、金字塔と言われていた数字を出した近藤さんも、明らかに、以前よりも本来持っていた実力を出し始めた。
後に、この小野さん、近藤さん、そして田久保の3名で、外交セールス部のトップの座をいつも競い合い、私に取って良きライバルとなり、素晴らしい仲間となった。
こうしてA商品課、B商品課の双方が、互いに抜きつ抜かれつの、良い意味での熾烈な成績争いが繰り広げられ、結果的に外交セールス部全体の売上は、どんどん上がった。
外交セールス部は、一気に活気付いた。
金字塔と言われ、非常に難しいと思われていたその数字は、もはや、営業マンの目標ラインの一つとなった。
それまでは、遅くとも20時には明かりの消えていたオフィスは、夜遅くまで明かりが灯るようになった。
こうして徐々に、外交セールス部の文化が塗り変わっていった。
この頃の私は、会社に行くのが楽しくて仕方なかった。
収入も一気に跳ね上がり、当時、私が新卒サラリーマン時代にもらっていた金額の5倍近くを得ていた。
そして、以前、就職を心配してくれていた彼女とも婚約が決まった。
以前は、工事現場のアルバイトで定職にも付かず、当然収入も不安定で、このままでは彼女を幸せにすることさえ出来ないと落ち込んでいた自分。
この会社に入社後も、なかなか芽が出ず、必死にプラス思考で不安な気持ちを押し殺し、不甲斐ない思いをしてきた自分は、
新部署に異動してたった数ヶ月で、とうとう自他共に認めるトップセールスマンの仲間入りを果たした。
そしてついに、この年の10月に結婚。
新婚旅行では、以前、虚構の夢に描いていた、
「ファーストクラスでハワイに行き、高級車でハレクラニホテルに向かい、オーシャンフロントのスイートルームでシャンパンを開ける」
を、実現した。
まさに、幸せの絶頂だった。
しかし、その僅か数ヶ月後、大変ショックな出来事が、私を襲う。
ダメだった電話営業部時代の私をここまで引っ張り上げ、成功へと導いてくれた立役者、今井次長その人が、突然、異動を言い渡されたのだ。
私は、嘘であって欲しいと何度も願った。
とても大切なものを失ってしまうような、引き裂かれんばかりの悲しい出来事だった。
まるで、心にポッカリ穴が空いてしまった。
自分は一体、どうなるのか。
B商品課はどうなってしまうのか。
私は、この時、自分の目の前に続く道がどんなものなのか、全く知る術を持たなかった・・・。