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❖故郷に錦みたいな気分❖ まいに知・あらび基・おもいつ記(2021年12月12日)

(長さも中身もバラバラ、日々スマホメモに綴る単なる素材、支離滅裂もご容赦を)

◆故郷に錦みたいな気分◆
今年の8月末に、多方面からの多大なる助力もあり、探究学習型アクティブラーニング教材の第三弾を出版したことは、以前に投稿していたが、このたびその出版物が母校の同窓生・作品リストである「知の集積」「創造の森」に新たに追加された。

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去年も第一弾と第二弾を出版した際に、作品リストに掲載していただいていたので、今回は、作品の更新・追加ということになる。私は高校時代、成績はそこそこで、大した特徴もなく、尖った部分もない、印象に残らない生徒だったと思う。進学先も当時の進学実績で見ると、インパクトはなかっただろう。実際、教育実習で母校に戻ったときに、寮生に対して卒業生講話が実施され、実習生は全員が話をし、その後、希望生徒が残って個別質問をする時間があったのだが、私の所には誰も質問に来なかったし、実習生を紹介する新聞部の特別号では「東京学習院大学」という不思議な表記をされてしまっていて、自分が思っているよりも、後輩たちにとって魅力を感じない進学先だったと思い知らされた。確かに、指定校推薦で出願したいと最初に思っていた大学は、生徒会役員が希望を出すというウワサがあり、その人との競合で勝てる自信がなかったので、希望先を変えたのは事実だった(蓋を開けてみると、単なるウワサで、その人は出願していなかった)。だから自分の中でも、やっぱり第一希望に出しておけば良かったという気持ちが心に残ったままであった。そして20歳の時、中学時代を過ごした地元の同窓会があり、その場において、都内の大学にスポーツ推薦で進学していた人から「斉藤くんは、ラ・サールに行ったけど、俺も東京の大学に行けたし、そんなに変わらないね」と言われたことで、自分の中で燻っていたが気づかないようにしていた後悔の炎がメラメラと大きくなった、あの瞬間は強烈に刻まれている。さらに、先ほど述べた教育実習のときの後輩たちの反応は、後悔の炎をさらに大きなものにしていた。情けない話だが、私はかなりの学歴コンプレックスで、こんな年齢になってもその呪縛から逃れることができておらず、その点では何とも寂しい存在なのである。格好をつけて誤魔化そうとしても、それでは何ら問題の解決にはならないので、心が出血しようとも構わずに、その自分の情けなく寂しく、或る意味で幼いままのコンプレックスを引きずり出すようにしている。それを健全な形で解消する術は現在でも見つからないままなので、仕方なく逆手にとって利用しているというのが正直なところである。そのコンプレックスに備わっているネガティブだが絶対値としては大きいエネルギーを利用して、これまで様々なことにチャレンジしてきた。この褒められたものではないエネルギーのおかげで、海外で教員をしようと思えただろし、探究学習の実践を教材化しようと思えたのだろう。コンプレックスから始まる不純な動機かもしれないが、それでもこうして自分の探究学習への思いを具現化することができ、僅かながら誇らしさを感じることができている。高校時代、さほど胸を張れるようなパフォーマンスもできず、先生方からもおそらく期待などされていないような印象のない存在だった自分が、こうして偉大なる諸先輩方が名を連ねる同窓生の作品リストの末席を汚すことになり、とても恐縮している。そして何だか故郷に錦を飾ることができた気分である。しかし、これが単なる打ち上げ花火のような活動で終わらないように引き続き精進をしていきたい。これから先も、継続的に著作を掲載してもらえるように自己研鑽をしていかねばならないと考えると、身が引き締まる思いである。

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