見出し画像

❖関ヶ原とゴーストライター❖ まいに知・あらび基・おもいつ記(2021年12月28日)

(長さも中身もバラバラ、日々スマホメモに綴る単なる素材、支離滅裂もご容赦を)

◆関ヶ原とゴーストライター◆
NHKの大河ドラマを毎週欠かさず見たのは久しぶりであった。維新によって幕府を倒した側ではなく、幕府・幕臣側から近代を描いた今回の大河ドラマは新鮮であった。また語り部は、描いている時代に近しい人物が務めるものかと勝手に思っていたが、今回は逝去してから200年以上も経つ人物として徳川家康が担当していたことも印象的であった。この徳川家康の役を演じたのは北大路欣也であり、彼の演技はドラマに深みを与えてくれていた。私は彼の演技がとても好きである。「官僚たちの夏」での池内信人(通産大臣、のちに首相)、「華麗なる一族」の万俵大介(主人公の父親)、「半沢直樹」の中野渡謙(頭取)など、私が好きなドラマに、やはり深みを与えてくれていた。幕末からの時代設定にも関わらず、語り部が徳川家康になったのは、明治の世が維新による根本的な変革によって生まれたものではなく、江戸幕府の枠組みを土台とした発展的解消だとするメッセージが込められていると私が考えていることは昨日も述べた通りである。

「江戸幕府を開いたのは徳川家康である」ということに異議を唱える人はほとんどいないだろう(何をもって開いたかなど細かい話ならば専門的な人から異議があるかもしれない)。しかし、これは「徳川家康と呼ばれる人物」ならば異議がないということである。それは「本当の徳川家康」ということを意味しているわけではない。「徳川家康と呼ばれる人物」は1616年に死去したとされているが、「本当の徳川家康」はそれ以前に死んでいて、その後は別の人物が代わりを務めたという説がある。入れ替わりの時期については諸説ある。一番早い時期は、まだ「松平」と名乗っていた桶狭間の戦いの時期である。他には、1600年の関ヶ原の戦いで暗殺された説や、1615年の大坂夏の陣で真田信繁(幸村)の強襲に錯乱し逃亡している途中で暗殺された説などもある。

このうち関ヶ原での暗殺説が本当だとしたら、江戸幕府の筋書きは「本当の徳川家康」によって立てられたものではなく、別の誰かによるもので、ゴーストライターの筋書きということになる。ゴーストライター候補は、二人の僧侶である。金地院崇伝(以心崇伝)と南光坊天海である。二人とも「徳川家康と呼ばれる人物」をサポートすることになるが、有名な方広寺鐘銘事件での難癖のアイデアを提供したのも、二人のうちのどちらかとされている(諸説あり)。ちなみに南光坊天海は実は明智光秀ではないかという俗説もある。ただし明智光秀の生まれた時期と、南光坊天海が死去した時期を考えると、この人物は120歳以上になり、まあ無理がある。仮にそれが本当だとすれば、羽柴秀吉との山崎の戦い後、敗走中に討たれた(自害の説も)のは、「本当の明智光秀」ではなく替え玉・影武者だったことになる。そして落ち延びて、秀吉の最大のライバルであった「徳川家康と呼ばれる人物」に加担したというストーリーになる。替え玉や筋書きのゴーストライトなどの要素を組み合わせると、秀吉への恨みもあって、方広寺鐘銘事件は南光坊天海と強く結びつくのではと思いたくなる。歴史の「たられば」はタブーとされるが、同時にロマンでもある。

さて次の大河ドラマは三谷幸喜の脚本で描かれる平安末期から鎌倉時代である。この時期の「たらればロマン」の代表格は、何と言っても「源義経はチンギスハン説」だろう。なお、三谷幸喜は様々な脚本を書いてきているわけで、彼にもゴーストライターがいたのではという説がある。私としては三谷幸喜本人が書いたとしても、ゴーストライターが書いたとしても、とにかく次の大河ドラマが見続けられる作品であることを願いたい。

#関ケ原   #ゴーストライター   #日本史がすき
#方広寺鐘銘事件   #大河ドラマ  #テレビドラマ感想文
#三谷幸喜

この記事が参加している募集

#テレビドラマ感想文

21,997件

#日本史がすき

7,361件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?