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【小説】 新説・花咲かじいさん 【ショートショート】

 ろくに働きもせず「水で動くエンジン」を開発しているとかいう隣家のジジイが飼い犬の「ポチ」のおかげで金銀財宝を手にした。挙句、金を配り始めた。将来を案じた俺は婆さんと一緒にポチを盗んで裏山で土を掘らせ、撲殺した。

 けれどあのジジイ、犬が余計な真似をしないように俺がせっかく撲殺してやったというのに、訳の分からない臼を使って今度は餅をつくたびに金が次に湧いて出る奇術めいたことまで始めやがった。

 俺は婆さんと一緒に臼を盗んで燃やしてやった。どっこい、今度はあのジジイがトチ狂ってその灰を撒いて、枯れ木に花を咲かせやがった。
 俺もやけになって真似してみたら偶然やって来た町長の頭に灰をぶっ掛けちまったんで、俺は警察に連行された。

 枯れ木になった山々に花を咲かせたジジイに、俺は何度も忠告したさ。
 絶対に止めろってな。あの犬をぶち殺した件も一方的に俺が悪者になっているが、俺だって理由もなしに畜生を殺す真似なんざしない。
 ジジイは犬に金銀財宝を掘らせた挙句、それを町中の人間に配り始めたんだ。

「いつも世話になってます。金ならいくらでも出ますから、みなさんどうか貰ってやってください」

 そんな風に配り続けていたジジイに、俺は忠告した。

「おう、高木さんよ」
「おや、石松さん。こんにちは」
「あんた、みんなに金なんか配ってどんなつもりでいるんだい?」
「ええ、私が今生きていられるのはみんなのおかげですから。恩返しとして配らせてもらってるんです」
「そうやって馬鹿みたいに金なんか配ったら、今にみんな働かなくなるぞ」
「いいじゃないですか。みーんなハッピーです」
「馬鹿野郎! 次の世代のことも考えろ。金ってのはな、対価なんだ。いいか? 無意味に金を配り続けたら、金の価値そのものがなくなるんだ」
「うーん。私には難しいことはさっぱりで……」

 高木のジジイはそれでも金配りを止めなかった。事実、次から次へと仕事を止める連中が増え続け、町は怠け者で溢れ返った。
 働く者がいなくなったからスーパーやコンビニは閉業し、インフラもめちゃくちゃになった。それでも、よその町から金の力で物資を運ばせる者が現れ始めた。

 ジジイは「みんなハッピー」と言いながら連日、金を配り続けた。
 俺は堕落を食い止めるために犬を殺した。
 犬が死んでやっとこさ金配りが止んだと思ったのに、そしたら今度はあのジジイ、謎の臼で餅をついて、またもや金を生み出して配り始めやがった。 
 臼を燃やした後、灰を撒き散らし始めた。あの灰は「死の灰」だって、うちの婆さんはすぐに気付いていた。

 ヤケクソになって灰を撒いたおかげで俺はパクられたけど、なんであの時止められなかったんだろうって後悔しているさ。 
 こうなることは婆さんが事前に計算済だった。
 納屋に設置した水冷式スーパーコンピューターを使いながら、婆さんはモニターの前でしかめっ面を浮かべていた。

「高木さんが灰を撒き続けるペース、風速、日照時間を計算したんだけどね。あと四日と二時間十二分後に日本の全活動が停止するよ」
「婆さん、それはどういうことだ?」
「極悪性の花粉症さ。それも従来の二百倍の花粉量を持つ、新種の花粉でね」
「おいおい、それじゃあ……」
「あの爺さんを殺す他、ないね」
「よし、犬や臼の時みたいにあのジジイを」
「残念だが、もう手遅れさ。あの謎の灰は微粒子の単位で花を咲かせることは計算でわかってるんだ。あんた、あの爺さんが一体どれだけの灰を撒き続けたと思う?」
「どれだけって……」
「総量十二キロ。この国を滅ぼすのには十分な量だ」
「そんな……」

 婆さんの計算式は正しかった。初めのうちはマスコミも国民もこぞってジジイを称えていた。
 暗い日本に花を咲かせる「花咲おじいさん!」なんて、馬鹿みたいなキャッチフレーズまでついた。

 その僅か二日後。日本全国の至る所で突然死が起こった。屋内だろうが屋外だろうが、突如呼吸困難に陥った人々は成す術もなく死んで行った。
 原因はやはり、あの灰が咲かせた花々だった。
 メディアやインフラは全て停止してしまい、街の至る所で死体が山積みになっていた。

 こんな状況になってもなお、高木のジジイは山のてっぺんで灰を撒き散らし続けていた。
 うちの婆さんは今朝、花粉塗れになったスーパーコンピューターにもたれながら息を引き取った。相当に苦しかったのだろう、首を掻いた血の筋が何本も残っていた。

 もう、死んだっていい。俺は死を覚悟で山を登り、山のてっぺんから灰を撒き散らし続ける高木のジジイのニヤケ面をおもいきりぶん殴ってやった。
 ジジイは「いたい」と笑いながら立ちあがると、再び灰を撒き続けようとした。

「この殺人鬼め! 灰を撒くのをやめないか!」
「はっはっは! これはね、決して私だけの意志ではないです」
「何言ってんだ? ボケてんのか」
「長年この街に虐げられ続けて来た私の過去と、ポチの私怨がそうさせているのですよ」
「私怨だぁ?」
「ええ。私はね、堕落に陥ってみーんなが苦しめばいいとずっと願っていたんです。困った時には何の手助けもしてくれず、見て見ぬふりをしていた癖に金を見た途端に目の色を変えた連中が憎くて仕方なかった。だから、未来永劫人間共が繁栄などしないよう、とことん堕落させて死なすつもりだった」
「だからって無関係な人間まで殺すこたぁねぇだろ! このキチガイめ!」
「はっはっは! 今となっては褒め言葉ですなぁ! 金がない頃、みんなが私のことをそうやって呼んでましたよね。懐かしい響きだ。水エンジンは本当に出来ていたんです。決して嘘なんかじゃない」
「嘘か本当かなんてどうでもいいからさっさと灰を撒くのを止めろ!」
「どうでもいい、ですか。そうですか。ほら、あそこで歩いている親子が見えますか? もうすぐ死にますよ。ほら、母親が死んだ! 今に子供が「おかあちゃーん、おかあちゃーん」って泣きますよ。ははは! ほら、泣いた! やはり人は単細胞です。あの子供もじきに、苦しんで死にます。泣いた分だけ花粉を勢いよく吸い込みますから」
「おい!」
「おや?」
「このひとでなしめが!!」
「石松さんは何故平気なんですか?」
「……あぁ?」
「化学兵器用の防護マスクをしていたって、防げないはずなんです。私は創造主故、抗体がありますけど。あなたは何故平気なんです?」

 そういや、ちっとも苦しくもなければ、クシャミのひとつさえ出ない。婆さんだって苦しんで死んだのに、街の人々も死屍累々の山になっているのに、なんで俺は平気なんだ?
 少し考えていると、耳障りな高木のジジイの笑い声が鼓膜を厭らしく震わせた。

「へぇーはっはっは! なぁーんちゃって……あなたはね、死にません」
「死なない? なんだ、そりゃ」
「あなたは金を受け取らないどころか、私の計画を次々と邪魔をしました。あなたさえいなければみさなん、もう少しマシな形で死ねたんですけどね。ムカつくんで、ポチに頼んであなたには始めから抗体を持たせているんです」
「どういうつもりだ、てめえ!」
「あなたが一番嫌がるであろうこと、それはこの世界で私と二人きりで生きて行くこと。それを叶えるため、あなたは死なないのですよ」

 ダメだ、このキチガイジジイ。今すぐ納屋へ戻って、鍬か鋤で頭を撥ねるしかない。ぶっ殺してやる。

「おっと、あなたに私は殺せませんよ。私に触れたら、あなたには致死量の電流が流れます。発明家をナメないで下さい。万が一でも私は助かるかもしれませんが、あなたは確実に死にます」
「とことんヤラシイジジイだぜ。もっと前に殺しておけば……」
「はっはっは。あなたにとっての悪夢、私にとっての夢がもうすぐ叶います」
「これが夢だと!? 下らねぇ寝言こいてんじゃねぇぞ!」
「夢ですよ。この世界で、あなたと二人きりだなんて」
「……は?」
「ずっと、思い描いていたんです。あなたの隣に居れるあの婆さんが羨ましかった……ここからは、私の番です」

 ジジイが妙なことを言って笑いながら灰を撒いた途端、その頭が潰れたトマトみたいに木端微塵になって吹き飛んだ。
 返り血を浴びてボーっとしていると、肩を叩かれた。
 振り返ると、俺の周りをいつの間にかマスク姿の兵隊が取り囲んでいた。

「怪我はありませんか?」
「は、はい」
「救助完了! ターゲットの死亡、確認!」

 あれよあれよと言うまに俺は兵隊達に担架に乗せられ、山を下りた。
 街には無数の戦闘車両や戦車が集まっていたが、どうやらジジイを仕留める為に軍が動いていたらしかった。
 これでようやく、死の灰が降りやんだということか。
 胸をホッと撫で下ろしながら死んでしまった婆さんのことを思うと、忘れていた悲しみがドカンとやって来た。

「婆さん、ごめんな」

 担架の上でそう呟くと、黒々とした雨雲が急速に発達して行くのが見えた。生ぬるい風が吹き、景色が暗くなって行く。
 やがて雨粒が頬に当たると、辺りに絶叫が響き渡った。
 雨に当たった兵隊達はその場に倒れ、戦闘車両や戦車の中に居た兵隊達が顔を掻き毟りながら続々と這い出て来た。

 雨脚が激しくなると街のあちこちから悲鳴や絶叫が聞こえ始めたが、ものの十秒でその声はパタリと止まった。
 投げ出された担架から身を起してみると、無数の死体が雨に打たれていた。
 ただ、いくら雨に打たれようとも俺だけはなんともない。
 どういうつもりなんだ、あのジジイ。

「おい! てめぇ今度は何しやがった! 答えろ!」

 空に向かって叫んでみたが、雨が強くなるばかりでジジイの声なんかひとつも聞こえやしなかった。

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